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迷ったら月に聞け 6~追憶  作者:
愛するとは
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立ち合い当日

その日は晴れ渡っていた。

前日から戻って来ていた維月は、深い青の龍の甲冑に身を包み、少し緊張した面持ちで維心の居間に居た。維心が同じように自分の甲冑を着て、奥から出て来る。維月はその姿に驚いた。

「まあ…維心様も立ち合いを?」

維心は微笑した。

「他の男に立ち合わせておいて、我だけ立ち合わぬとは誰も納得しないであろう。手加減は要らぬぞ。我は絶対に負けぬのでな。」

維月は少し拗ねた顔をした。

「手加減など出来ませぬ。一瞬で勝敗が決してしまいまするゆえ。私はいつも、どれほどに神経を尖らせて向かわねばならないか、ご存知ないのでしょう。」

維心は笑った。

「我に勝とうという意気込みだけは汲んでやろうぞ。さあ、瑞姫も準備が出来ておるようであるし、訓練場へ向かおうぞ。」

維月は頷いて、維心と並んだ。甲冑を付けている時は、手を取るのもおかしい気がして、ただ並んで歩く。だがそのほうが、維心と対等な気がして維月は楽しかった。そしてそっと、甲冑姿の維心に見とれたのだった。

維月を望む相手は、志心の他に炎嘉、箔炎、そして腕試しにと義心と将維が居た。全てが神の世を代表する闘神達で、見物に来た近隣の宮の王族達も楽しみにしている。

一方、瑞姫を望む方は、小さな宮でも若い王や、皇子達で、これは確かに本気で来ていた。人数は多かったが、先に実力のほどを立ち合わせて見、選抜した3人であった。これに、炎託も名乗りを上げて入っていた…それには維心も驚いた。ただ、瑞姫と立ち合いたいだけなのだろうか。だが、これで妃と決してしまうのに、それでよいのか。

炎託は何も言わずに、ただ黙々と将維相手に立ち合いを繰り返していた。将維も一日中それに付き合っていた。あの二人にしか分からぬ何かがあるのかもしれぬ。維心は何も言わずにそれを受諾したのだった。

維心と維月が訓練場へ入って行くと、それまでざわざわとしていた観覧席がシンと静まり返った。控えの席には見覚えのある軍神達が、各宮の甲冑を着て座り、色取り取りに美しかった。貴賓席に入って行くと、そこに居た蒼と瑞姫が立ち上がった。維心はそれを見て少し微笑み、場内へ向き直った。そこに居る全員が立ち上がる。

「我が宮の催しに、遠路はるばる大儀である。これは我が正妃維月」と維月を見、そして瑞姫を見た。「これは月の宮皇女、瑞姫。この二人に軍神としての素質があるのは、皆も知っておることと思う。」

維心は皆に座るように身振りした。全員が席に座る。維心は続けた。

「さて、本日はこの二人を相手に、立ち合いを行う。見事勝てた者があれば、望みのままこれらを取らせようほどに。」と維月を見た。「それと言うのも我の正妃を望むものが後を絶たず、我も面倒になって参った。これが己より強い者でなければと申すので、そのような者が居るものかと我も見とうなった。我が妃に勝てぬのなら、とく、去ぬるがよいぞ。後ほど我が妃が月へ戻って回復した後、我がこれと立ち合おうて見せるゆえ、楽しんで参るとよい。」と軍神達を見て合図した。「開始せよ!」

先に闘技場へ降りたのは、瑞姫だった。瑞姫は維月と違って回復が思うようにならないので、立ち合いの順は瑞姫、維月、維月、瑞姫、維月、維月、瑞姫と行う予定だった。

瑞姫の前に立っていたのは、紫の甲冑を身に着けた、若い闘神だった。見たこともない神だったが、瑞姫は礼儀正しく頭を下げた。向こうも頭を下げる…遠く誰かがこの神の名と宮を読み上げていたが、そんなことは頭に入らなかった。負ける訳には行かない。

維心と維月は上からそれを見ていた。瑞姫の動きは、また速くなっていた。あれでは、すぐに決してしまう…相手は、その見たこともない身のこなしに戸惑っていた。

「…一応、希望者同士を立ち合わせて選抜したのだがな。」維心が言った。「あれでは、5分ともつまい。」

その言葉通り、すぐにその闘神の手から刀は叩き落とされた。瑞姫がその闘神の首に刀を突きつける。

「一本!勝敗は決しました。」

龍の軍神が叫ぶ。それを見た維月がため息をついて立ち上がった。

「これでは私の休む間がなくなるような気が致しますわ。」

維心は微笑した。

「安堵せよ。箔炎の次は義心、少しは手を抜いても負けはせぬわ。」

維月は飛び上がりながら言った。

「そのような。義心もとても手強いのですわよ?」

維月は闘技場に降り立った。そこには、箔炎が歩み出て来た。

「なんと、主は甲冑姿もよく似合うの。」箔炎は言った。「悪いが、手加減せぬぞ。先程の瑞姫ほどであれば、我には勝てぬ。」

維月は微笑んだ。

「まあ箔炎様。私は龍王妃である月ですわよ?」と刀を構えた。「ご心配には及びませぬ。時は掛かりませぬゆえ。」

箔炎は心持ち闘気を湧きあがらせてふふんと笑った。

「来るがよい。」と刀を構えた。「主の立ち合いは見たことがないが、楽しみであるわ。」

箔炎が斬り込んで来る。維月はそれが誘う突きであることは分かっていた。上へと足を向けて身を翻して背後へ回った。それと同時に向けた刀を、ハッとして間一髪で身を退いた箔炎が受ける。維月は間髪入れずにすぐに刀を下へ向けた。

箔炎はたまらず飛び上がって宙でそれを除けて横から維月に斬り付けようとした。しかし、振った刀の先には維月は居らず、気が付けば維月は頭上に居た。

これがわずか一瞬に行われており、見えているものは少なかった。維心はそれを見て、口元を隠してクックッと笑った。おいおい箔炎、防戦一方ではないか。主も負けるの。

箔炎は必死だった。速い。見えてはいるが、知らない動きに着いて行けない…受けるのがやっとだ。それでも、維月は気を使っているのか、まだ全開ではないようだった。

避けるのに手いっぱいで、何かが足についた。気が付けばそこは地上だった。箔炎がハッとして維月に視線を戻した時、維月は背後に居て、自分の首に刀を当てていた。

「一本!勝敗は決しました。」

「まあ箔炎様…他のことに気を取られるなんて。」維月は言った。「私と立ち合っておる時は、私のことだけを見てくださらねば拗ねまするわよ?」

箔炎は刀をおさめて両手を上げた。

「完敗であるな。ほんに大した女よ。」と維月を見た。「この次は主だけを見ておるゆえ。このようには行かぬ。」

維月はにっこり笑った。

「維心様が許せば、いつでもお相手致しまする。」

箔炎は控えの席へと戻って行った。義心が進み出て来る。

「維月様。」

維月は少し緊張した。

「義心、あなたはこうは行かないわね…でも、準備運動はばっちりよ。負けないわ。」

義心はフッと笑った。

「我も前よりは成長致しましてございまする。ですが、お手柔らかに。」

そして、刀を構えた。


そうして、瑞姫も二人の相手を終え、全てを数分で片を付けて来ていた。瑞姫は肩を鳴らした…なんだか、手ごたえがない。龍の宮の軍神達のほうが、まだ立ち合えたのに。そして、維月の立ち合いが決したのを見て、立ち上がった。さあ、自分はこれで最後だわ。せめて最後ぐらい、楽しませてくれたらいいのだけど。

瑞姫が降りて行くと、維月は、炎嘉に言った。

「炎嘉様、そのようなことをおっしゃっても。」

炎嘉は維月を恨めしげに見た。

「主がそのような動きをするなど知らなんだ。しかも、箔炎の時よりも速いではないか。」

維月は苦笑した。

「まあ…それは炎嘉様に合わせてスピードを上げたのです。炎嘉様が、思いもよらず速いスピードであられたので。」

炎嘉はため息をついた。

「まったく…まさか主にコテンパンにやられるとはな。次はこうは行かぬぞ。我も立ち合おうて、練習させよ。」

維月は頷いた。

「はい。維心様が許せばお相手申しまするので。」

炎嘉は瑞姫を見て、仕方なく控えの席へ戻った。控えの席では、将維が炎嘉をなだめている。維月が貴賓席へと飛び去り、瑞姫は次の相手を見て…息を飲んだ。

立ち上がって歩いて来たのは、鳥の赤い甲冑に身を包んだ、炎託だった。


「あれは…!」

維月が貴賓席で息を飲んだ。蒼も隣で身を乗り出している。維心は頷いた。

「炎託よ。すぐに名乗りを上げおった…それで選抜の立ち合いを勝ち抜いて三人に残ったのだ。あやつは第一位であったので、最後の立ち合いになったのだがな。我も見ておったが、なかなかの腕よ…既に義心では相手にならぬ。炎嘉でも危ういかもしれぬて。」

維月は、炎託をじっと見つめた。無表情に瑞姫を見つめるその目からは、何も読み取れない。瑞姫…動揺して手元が狂うんじゃないかしら。それとも…その方がいいのかしら…。

瑞姫は、炎託をただ見つめて、佇んでいた。炎託は瑞姫に言った。

「…久しぶりだの。我も、あの折りよりは強うなったと思うておるぞ。主、我に勝てるか?」

瑞姫は言葉に詰まりながら、言った。

「でも…これに勝てば、炎託様は…我を…」

炎託は刀を抜いた。

「余計な事を考えておる暇はないぞ。我は本当に腕を上げたゆえな。無様な立ち合いはしとうない。」

瑞姫は慌てて刀を抜いた。そうか、我の力を試す為に、ここへ出て来られたのね。わざわざ…そこまでして、己の能力を上げるために…。

瑞姫はグッと柄を握った。

「本気で参りまする。お覚悟くださいませ。」

炎託はフッと笑った。

「良い意気込みよ。参るがよい。」

瑞姫は、炎託に斬り掛かって行った。炎託に勝つために。


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