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迷ったら月に聞け 6~追憶  作者:
愛するとは
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維月は朝の光に目を覚ました。何かが自分を抱いている…十六夜ではない。維心様…?

維月が目を開けて顔を上げると、そこには白い髪の男神が自分を抱いて寝息を立てていた。維月は一瞬息を詰まらせ、慌てて身を退いた。

相手は目を覚まして維月を見た。

「おお、目が覚めたか?維月よ。」

維月は訳が分からず、宮に響き渡るほどの悲鳴を上げた。

「きゃー!」

途端に早朝の宮が何やらばたつくのが感じ取れた。一瞬にして十六夜が姿を現し、蒼が中途半端な格好で駆け込んで来る。その後ろには軍神達が通路狭しとひしめきながら、駆け付けて来ていた。十六夜が維月の寝台に居る志心を見て維月を引き寄せた。

「なんだ、お前どうしてここに居る?」

と維月を見た。襦袢が乱れた維月に嫌な予感がしながら、十六夜は急いで袿を着せかけた。

志心は面倒そうに肘を枕に横になったまま、言った。

「我は悪くはないぞ?昨夜維月が我を寝台に抱いて入ったのよ。我は距離を置こうとしたが、体を撫で回すわ身を刷りよせるわ、我を抱いて離さなんだゆえの。このように美しい女からあのように誘われて、断れる訳はあるまい。」と維月を見た。「我は無責任ではないゆえ。それなりの覚悟はあって妃に迎えたつもりよ。主を正妃に迎えようぞ。」

維月は混乱した。昨夜?昨夜って何もなかったはず。私は猫を拾って…猫…。

維月はそのアイスブルーの瞳を見た。まさかあの、猫?!

「昨夜、まさかあの、猫?!」

志心は頷いた。

「我は気を使わせてはならぬと、猫の姿で庭を散策しておったのだ。すると主がすごい勢いで我を捕らえて部屋へ連れ帰ったのであろうが。まあ、良い思いをさせてもろうたので、我はそこは問わぬがの。」

蒼が困ったように維月を見た。

「母さん…十六夜の結界があるのに、普通の猫がこんなところまで迷って来れる訳ないじゃないか。」

志心は心の中で驚いて蒼を見た。月の宮の王の母と?では、これは龍王妃ではないか。すると、青銀の髪の男が維月に言った。

「お前なあ…猫好きなのは知ってたが、こいつは白虎の王だぞ。それを捕らえて部屋へ連れ込むたあ…。」

維月はぶんぶんと首を振った。

「そんな!昨夜は何もなかったはずよ!だって私、何も覚えていないわ…猫が横で寝ていたことぐらいしか…。」

志心はフッと笑った。

「ほんに主は眠りが深いよの。覚えておらぬのも道理ぞ。しかし、何も無くて我が正妃になどと言わぬわ。」

蒼は慌てて言った。

「志心殿、母は龍王妃であるのです。それにこの陽の月である十六夜の片割れでもある…今更別のかたに嫁ぐことなど…。」

志心は寝台から降り立った。

「この略奪の世で何を言っておられるか。維月は既に我が妃。我が宮へ連れ帰る。心配せずとも正妃として遇し、何ら悪いようにはせぬ。」

「しかし…!」

「いや、待たれよ!」

蒼の言葉を遮って、別の声が飛んだ。ひしめく軍神をかき分けて、伯がこちらへやって来た。

「聞き捨てなりませぬぞ、月の宮の王。我が王は心ならずこのようなことになったというのに、そのおかたを正妃として遇すると誠意を見せておられるのです。それをそのように反対なされるとは、何をもってそのような態度に出られておるのか。我が王を侮辱なさるおつもりか。」

蒼は言葉に詰まった。確かに母さんが知らなかったとはいえ志心殿を捕まえて部屋へ連れて入ったのは事実。それで、母さんは何もなかったと言うけれど…人の頃、雷が三回落ちても起きなかったことのある母さんだから、確かに信用ならない。眠っている間に、志心殿が何をしてたって…。

蒼は十六夜を見た。十六夜はため息をついた。これは今外交の始めにあたって、確かに断ることが出来ないことだ。だが、すんなり志心に維月を渡す訳にも行かない。これは自分の個人的な感情だが。

「維月…まったくお前は、一夜でも離れたらこれだからなあ。維心が心配するはずだぞ。」

蒼は、軍神達に通常業務に戻るよう指示した。人が少なくなったその回廊を、大きな気が早足で歩き抜けて来るのか分かる。蒼は確信した…これは維心様だ。

維心が部屋へ入って来た。伯はその気に萎縮して慌てて頭を下げる。維心は真っ直ぐに志心を見た。

「…志心。久しいの。」

志心はその目を見返した。

「維心殿。この早朝にお出ましとは。」

維心はちらりと維月を見た。維月は十六夜に肩を抱かれながら、申し訳なさげに維心を見ている。維心はため息を付いた。

「我が妃が世話になったそうだの。話はここへ来る間見ておったので知っておる。我が妃の悲鳴が龍の宮まで響いたのでな。急ぎ来たという訳よ。」

妃のことを常に気で探っておるのか。志心は聞いていた通り、維心が妃を溺愛していることを悟った。これは維月を得るのは至難の業であるな。

「…それは一歩遅かったのではないか、維心殿。来るなら昨夜来ねばならなんだのに。」

維心は眉を寄せた。

「我は妃と気を繋いでおるゆえ、これに異変があればすぐに分かる。仮に眠っておろうともの。主、昨夜これに手出ししておらぬであろうが。」

志心は軽く息を付いた。

「なぜにそうも言い切れるのであろうの。月の宮の結界は、主であろうとも破ることは困難であろう。気の繋がりも薄まる。眠っておれば尚のことわからぬ間に事は済んでしまうものよ。維心殿、神の世の理であるぞ。まして我から望んだ仲ではないゆえの。ここは一度退いてもらねばならぬ。わかっておろう。」

維心はじっと黙った。退くつもりなど全くなかったが、外交上ここは退かねばならない。月の宮と白虎の宮との関係にも、龍の宮との関係にも関わって来る…そして、このままでは、維月を巡って戦になる。白虎まで滅ぼす気は、維心にはなかった。謀反であったならいざ知らず、妃を巡っての戦で一つの種族を滅ぼすなど…。

まして、維月は光になって月へ戻ることも出来る。そこまでせずとも良い。

維心が何も言わないので、志心は自分も袿を纏った。

「…では、我は部屋へ戻りまする。」

志心は伯を連れ、その場を後にした。

その後ろ姿を見送って、維心は維月に向き直った。

「…ほんに主は…一人にすると、ろくなことはないの。十六夜もなぜに早く帰らなんだのよ。」

十六夜はばつが悪そうに言った。

「思ったより入り組んだ宮で、細かく頭に残すのに時間が掛かったんだ。さあ帰るかと思った時、維月の悲鳴が聞こえて一気に月に戻ってすぐに月の宮へ降りたら、これだった。」と、維月を見た。「白虎が猫になるなんて、お前は知らんわなあ。小さい頃からよく猫を拾って美咲に叱られて泣いてたってのに、懲りねぇ奴だ。」

維月は両手を前に組んで、祈るように立っている。泣きそうな顔をしていた。

「だって、龍の宮では猫が飼えなくて、諦めていたところに、庭に迷い込んで来ていたから…。何も考えられなかったわ。あんなに小さくなるなんて…炎嘉様だって、前世の鳥に戻られたのを一度見たけどすごく大きな鳥だったんだもの。まさかあの猫が…」維月は思い出して鳥肌が立った。自分はなんてことをしたのだろう。「…絶対、何もなかったと思うのに。志心様はどうしてあんなことをおっしゃるの…。」

維心はまたため息を付いた。

「主が気に入ったのであろうよ。あやつは我のように宴席などでも傍に女を置かない神。二人居る妃にも宮に来た日一度通ったのみ。そう聞いておる。おそらく臣下が勝手に据えた妃であろう。瑞姫のことも断ったらしいではないか。なのに主は一夜にして正妃にするとぬかしおった。臣下も必死であろうて…やっとヤツが正妃にすると言った女、逃してはなるものかとな。どこの臣下も、跡継ぎの子が欲しいのよ。まして志心はもう900歳、我や箔炎のように姿は変わらぬが、いつ老いが来てもおかしくはないゆえな。」

蒼が横から言った。

「どうしたらいいのでしょうか。母さんは何もなかったと言うけれど、志心殿は我が妃と言う。宮と宮との事と言われると、オレもどうしていいのかわからないのですが…。」

維心は蒼を見た。

「外交と言われると、維月をあちらへ渡すよりないの。その後我の妃である以上、我はあちらへ攻め入って取り返すことになるであろうな。そうすると、また戦になる。我が来た時点で志心が退いてくれればよかったのだが、その様子はなかった。何がなんでも維月を連れ帰るつもりでおるわ。」

維月は顔色を変えた。真っ青になっている。

「そのような…!私一人にために戦など!」

維心は維月に向き直った。

「維月、主の立場とはそういうものぞ。それを分からなければならぬ。主は我と我が宮の運命も背負っておるのだ。我は主を取り返すためであるなら、戦を起こす。犠牲も少なからず出るであろう。分かるか?」

維月は悲しくなった。自分は一人になってはいけないのだ…宮を背負っているのは、維心様だけではなかった。共に背負うのだ。それが正妃なのに。

「維心様…本当に何もなかったのですわ。だって、体に異変も感じません。気も私の体に残っておりませぬもの…。それにいくらなんでも、目が覚めますわ。」

維心は頷いた。それは分かる。維月からは志心の気は感じられない…体を繋いでいれば、絶対に残るはずの気がないのだ。なので、志心は維月に手を出してはいないだろう。自分と維月の気の繋がりも、十六夜の結界がいくら強力でも遮ることは出来ないもの。維月に異変がなかったことは、自分が知っている。だが、志心がああ言う以上、あったということにするしかないのだ。

「どうしたものか。主は一度、あちらへ行かねばならぬな。その後、自分で戻って来れば良い。さすれば攻め入る必要もない。」

維月はホッとしたような顔をした。

「それでいいのなら、光に戻って龍の宮へ帰りまする。」

しかし、維心は険しい顔をしている。

「…問題はその後のことよ。やつらが主を取り返そうと攻め入って来る可能性はある。そうなると、我は迎え撃たねばならぬぞ。犠牲は出したくないの。」

維月は十六夜を見た。十六夜は言った。

「維月が月に居たらどうだ?誰も月までは攻め入って来れねぇ。本体に戻って居たらいいんだ。あいつも寿命が来るんだろう?」

維心は眉を寄せた。

「確かに名案だがな、その間我は維月に会えぬではないか。」

維月は考えた。もう、これしかない。志心様がどれぐらいのかたかは分からないけど、神の王なら約束は守るはず。維月は決断して顔を上げた。

「…十六夜、私、輝夜姫になるわ!」

十六夜は一瞬はあ?という顔をしたが、しばらくしてああ!という顔をした。

「そうか、望みを叶えた者の妃になるってあれか。そうでなきゃ、月に帰るってヤツ。」

維心は眉を寄せた。

「なんの望みぞ?我は大概の望みは叶えるがの。」

「維心様はもう満たしていらっしゃるから関係ないのですわ。」と蒼を見た。「瑞姫も呼んで。」

維心はそれを聞いて維月を見た。

「…志心と立ち合うつもりか。」

「はい。」維月は頷いた。「私は私より強いかたにでなければ、嫁ぎませぬ!なのでお受け頂きますわ。」

維心は呆れた。確かに維月は我と立ち合うより他、十六夜ぐらいしか相手が出来ぬほどの腕前だ。だが、本当の立ち合いは気弾も伴う。大丈夫であるのか…。

維心の心配を余所に、志心にも知らせが送られた。

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