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迷ったら月に聞け 6~追憶  作者:
愛するとは
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来訪

志心は臣下と軍神を引き連れ、月の宮を訪れた。

強い月の結界を抜けると、思っていたよりも数段に大きな宮がそびえ立っていた。クリーム色の石造りで、暖かい感じがするその宮は、龍や半神など種族が多く気配が掴みづらいイメージだった。

宮の入り口に案内され、志心が先頭に立って歩いて行くと、玉座から若い男が立ち上がった。人の気配もするような、しかし強い月の力を持っているのは、その気から見て取れた。その男は、こちらへ向かって歩いて来た。

「白虎の王、志心殿。私がこの月の宮の王、蒼である。遠路はるばる、よう来られました。」

志心は軽く返礼すべく頭を傾けた。

「此度はお招き有り難きこと。こちらは我が臣下、(はく)。お見知りおきを。」

蒼は頭を下げる伯功に、軽く返礼した。蒼が瑞姫を呼ぼうと声を出そうとした時、それを見透かしたように志心が言った。

「蒼殿。皇女にお会いする前に、我からお話があり申す。」蒼は驚いて口を閉じた。志心は続けた。「お気を悪くなさらぬように先に申す。我は、妃を迎えるつもりはない。」

蒼は志心に向き直った。

「それは、我が皇女とはと?」

志心は首を振った。

「蒼殿の皇女に限ったことではない。政略的は婚姻は、もうしないと思うておるのだ。お互いに不幸であるだろう。この伯が先走って我に正妃をとこのお話しをこちらへ持って参った。我はそのようなことではなく、この月の宮とは真に心の繋がった友好関係を結びたいと思うておる…妃を迎えたから友好関係、などというような安易なものではなく、お互いを知り合ってと思うておるのだ。なので、我はこの訪問をお受けし、また、蒼殿を我の宮へお招きしようと考えておりまする。」

蒼は、志心を見つめた。この王は、維心様に似ている気がする…しかし、王とは皆こんな感じだから、そう思うのかもしれないが。しかし、志心の姿は真っ白な髪に、アイスブルーの瞳の、色の白い整った顔立ちで、一見キツそうな雰囲気だった。

蒼は、志心に頷いた。

「それは我も願ってもないこと。」と斜め後ろに向けて手を差し出した。瑞姫が出て来て、蒼の手を取り、頭を下げる。「これが我が娘の瑞姫であります。だが、まだ生まれて50年少しにしかならぬので、成人してからにして頂こうかと思うておったところ。では、婚姻ではなく友好関係のある宮の王族として、お見知りおき頂きまするよう。」

志心は微笑して瑞姫を見て、頷いた。

「それでは、そのように。まだそのようにお若いとは…我は今900歳であるので、とても妃になどの。瑞姫殿に気の毒であろうて。」と隣に控える伯を見た。「ほんに我が臣下は何を考えておるのかの。」

その視線に、維心並の迫力を感じた蒼は、慌てて割り込んだ。

「では、お疲れでなければ、さっそく我が宮をご案内致しましょう。こちらは奥の宮の一番手前、謁見の間でございまする。こちらから、我が宮にしかない学校などもお見せいたしましょうぞ。」

志心は頷いた。

「おお、よろしくお願いし申す。」

蒼は愛想よく微笑むと、志心を伴って、お互いの臣下も引き連れて、ぞろぞろと宮の中を歩いて行ったのだった。


夕刻になり、志心はようやく落ち着いた客間に臣下と共に入っていた。臣下は別に部屋があるので、こちらへは志心の荷物を搬入するために来たのだ。

ほんに、公式の訪問は肩が凝る。確かにこの宮は人の世と似た所が多く、そして皆両方の良い所を融合させようと考えて作ってあった。規模も大きく、規律も正しい。龍が多く、思ったより内部の守りも固かった。

あの皇女は確かに美しかったが、美しいだけで妃を選ぶなど、臣下達と同じだ。志心は興味を持ってはいなかった。

「王、噂通りの美女、いかがでございまするか?」

臣下は嬉々として聞いて来る。志心はうんざりとした顔で手を振った。

「主らは聞いておらなんだか?妃には迎えぬ。まだほんの子供ではないか。友好関係は築く。それで良いであろう。それより、我はこの宮を見に参ったのよ。あのような表の顔だけを見に来たのではない。」と手を上げた。「ちょっと行って参る。主らはここに我が居るように見せ掛けておけ。」

志心は白い猫の姿になり、臣下が慌てて止めるのも聞かず、夕方の庭へと出て行った。


維月は、落ち込んでいた。謁見の間のカーテンの隙間から、ひたすらにじっと志心を見ていたが、維心に言われた通り、影から見ているだけでは相手がどんな神なのかわからなかった。公式の場では、皆同じように話すし、同じに見える。だが、妃を迎えるつもりはないと言い放った時は、維心に似ていると思った。

露天風呂から帰った維月は、いったいなん為に来たのかしらとボーッと庭を眺めていた。十六夜は白虎の宮を探索に行っていて今夜は帰らない。今頃維心様はお休み準備をされているところかしら…。そんなことを思っていると、庭に白く小さな影が見えた。

「まあ…!久しぶりだこと!」

維月は慌てて出て行った。そこには、アイスブルーの瞳の、真っ白な猫が居た。維月は猫が大好きで、過去に人の頃飼っていたことがある。しかし維心に頼んでみたら、維心は悲しげに微笑んでこう言った。「あれには我らの本性が見える。怖がって我らには近寄らぬのよ…ゆえ、龍の宮では猫は飼えぬ。」

維月はがっかりしたのだが、維心と暮らす為に諦めていた。

猫は驚いているようだったが、維月は構わず捕まえると抱き上げた。

「なんて綺麗な子なの!見たこともない色の瞳だこと…おいで。お腹空いてない?」

猫は少しジタバタとしていたが、維月はそんなことは構わず猫を胸に抱いて、自分の部屋へと急ぎ戻ると、侍女を呼んだ。

「まあ維月様、その猫はどうなさったのですか?」

侍女は驚いて言う。維月は撫でながら言った。

「庭に居たの。とてもかわいいわ…私、猫が大好きなのよ。ねえ、何か食べ物を持って来て。蒼には内緒よ?」

侍女は苦笑した。

「まあまあ、維月様ったら…。」

侍女は呆れながらも、皿に入れた食べ物を持って来てくれた。維月はそれを、猫の前に置く。猫はそれを見たが、維月を見上げて、そっぽを向いた。

「…食べないの?お腹空いてないのかしら。」と維月はまた抱き上げた。「よかった、もう少しで一人で寝なきゃならないところだったの。あなたが居たら、寂しくないわ…内緒よ?」

維月はそう言うと、猫を抱いて布団に入った。

「一人で寝るのが寂しいなんて、私も変わってしまったこと。ねえ、あなたのお名前はなんというのかしら。って、話さないわよね。フフ。」

維月は猫に頬を刷り寄せた。猫は少し維月から距離を置くようなそぶりをしたが、維月はぐいぐいと自分の方へ寄せて、背を撫でた。そして猫がおとなしくそこに収まっていてくれるようになった頃、維月はすやすやと寝息を立て始めたのだった。


志心は、驚いた。月の宮の作りをいろいろと見て回り、手前から順に部屋を確認していたら、最後の奥の部屋から、女が一人、走り出て来た。あまりに一目散にこちらに向かって来るので驚いて見ていると、相手は自分を抱き上げ、部屋へ連れて行こうと走り出した。

志心はジタバタとした。だが、その女は驚くほどすばしこい手の動きですり抜ける先を封じて、自分を胸に抱いて部屋へと走って行く。仕方なく隙が出来るのを待ってその胸に抱かれて居ると、その女はとても変わった気の持ち主なのだと知った…驚くほど安らぎ、惹き付けられる。こんな気は初めてだった。胸に抱かれていると、その気に包まれてまるで気が遠くなるように心地よかった。

志心がその気に酔ってぼうっとしていると、女は侍女に食べ物がどうのと頼み出した。我をただの猫と思うておるのだな。志心はその女を見上げた。

侍女に維月と呼ばれたその女は、瑞姫ほどではないものの、美しい顔立ちの女だった。抱き寄せられた胸は、その気が最もたくさん湧き出ている場所で、志心は我を失いそうになった…頭がくらくらとする。だが、なんと甘い酔い心地なのだろう。このままこれに包まれて居たい。

突然に下へ降ろされて、志心はハッとした。目の前には何か食物の入った皿…だから、我はものを食さぬと言うのに。志心は横を向いた。維月は、残念そうな顔をした。

「…食べないの?お腹空いてないのかしら。」維月が、志心を抱き上げた。何をされるのだろうと志心が見ていると、維月は歩きながら言った。「よかった、もう少しで一人で寝なきゃならないところだったの。あなたが居たら、寂しくないわ…内緒よ?」

志心は驚いた。確かに我は今猫、だから維月は我を猫だと思うているのだろう。しかし、我にとっては主は神の女であるのだが。

そんなことを思って運ばれて、布団の中へ維月は自分を抱いて入った。志心はさすがに少し距離を取った。もしも後から気付いたりしたら、きっと驚くに違いないし、ショックを受けるだろう。だが、維月はぐいぐいと自分を引き寄せて抱き寄せ、体をくっつけて来た。優しく背や頭を、柔らかい手で撫でている。そして、頬を摺り寄せては額に唇を寄せた。

「一人で寝るのが寂しいなんて、私も変わってしまったこと。ねえ、あなたのお名前はなんというのかしら。って、話さないわよね。フフ。」

志心は、そんな様子を見ていて、フッと思った。良いではないか…このままここに居れば、朝には…。

維月が寝息を立て始めた頃、志心は姿を元へ戻し、維月を見た。

「…我が名は志心。維月よ…主と縁を繋ぎとうなったぞ。」

維月はすやすやと眠り込んでいる。

志心はフッと微笑むと、維月を抱き寄せ、口付けた。



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