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執着

次の日、維心と維月が寄り添って居間の椅子に座っていると、将維が入って来た。

将維は、その姿に驚いた…まるで記憶が戻ったかのように、父と母は寄り添って笑い合っている。この姿には見覚えがある。父が術で記憶を封じられた時に、同じように翌日には仲睦まじく寄り添っていたのが思い出されたのだ。

将維は、父に頭を下げた。

「父上。」

維心は軽く返礼した。

「将維。」と維月を見た。「今、我が記憶を無くした時のことを思い出しての。あの時維月が我に、婚儀の時の写真を見せてくれたので、それを二人で見ておった所なのだ。」

維月は微笑んだ。

「本当に…維心様はとても凛々しくてあられて。私も早く思い出しとうございますわ。」

維心は維月に頬を摺り寄せた。

「おお、急がずとも良い。少しずつ思い出せば良いゆえな。」

維月は維心を見上げて頷いた。

「はい、維心様。」

やはり、母の記憶は戻っていない。なのに、母の父を見る眼差しには、愛情があった。父が記憶を失った時と、全く変わらぬ様子だった。

「…父上、母上のご様子は如何かと思い参りましたが、機嫌よくお過ごしのご様子。安堵致しましてございます。」

維心は微笑して頷いた。

「心配を掛けるの。だが、母は大丈夫よ。安心せよ。」

維月も将維を見た。

「ありがとう、将維。あなたのことも早く思い出せるようにするわ。」とじっと将維を見た。「…維心様に似ているせいかしら。私、なんだか有りえない記憶が…。」

維月は眉を寄せて首を傾げた。維心が同じように眉を寄せると、維月の肩を抱いた。

「良い。無理をして思い出さなくとも」維心の強い調子に、維月はびっくりしたように顔を上げた。「我のことを思い出せ。維月…。」

維月はためらったように頷いて、将維を見た。将維は思った…母は、きっと覚えているのだ。思い出した記憶は、きっとあの時のもの。でも、全て思い出していない維月にとって、それはあり得ない記憶であった。きっと、そうなのだ。将維は、自分が忘れることなく心に大切にしまってあるあの出来事を、維月も忘れずに心に留めてくれているのだと思うと、うれしかった。だが、きっと父は思い出して欲しくないことなのだろう。将維は立ち上がった。

「では、我は失礼致します。」

将維出て行くのを見送った二人は、すぐに別の気配を窓際に感じた。十六夜だった。

「維月、調子はどうだ?」

維月はパアッと表情を明るくさせると、十六夜に駆け寄ろうと立ち上がろうとした。維心が、ぐっと眉根を寄せて、維月の肩を抱いて止めた。それを見た十六夜は、目を丸くしたが、すぐにフフンと笑った。

「…そうか維心、お前昨夜、維月と過ごしたろう?維月の体が新しくなってたのを知ったな?」

維月が真っ赤になった。維心は言った。

「…我は、月ではないゆえ。主のように途中で止めたりはせぬ。」

十六夜は笑った。

「お前なら、維月が痛かろうがまあ、関係ないわな。オレはそこまでして、アレをしようとは思ってないけどよ。いずれそうなるとは思っていたし、オレはそういうことにこだわらねぇからいいけどよ。だがな」と、維心に一歩近付いた。「お前ら神や人は、誰が最初だの何だの思うんだとは知ってるが、なんか勘違いしてねぇか。そいつはオレの片割れだ。なんなら今すぐ光に変えて、一緒に月に戻ってもいいんだぜ。」

維心は、言葉に詰まった。確かに、維月はまた誰も受け入れたことのない体になっていた。そしてそれを知った十六夜は、無理に維月を抱くこともしなかった。ここへ連れて来れば、我がそうすることはわかっていたはず。でも、十六夜は置いて行った。そういうことにこだわりがないからだ。十六夜が見ているのは、常に維月の心だけなのだ。

維心は、維月を見た。もう、誰にも触らせたくないと、昨夜思った。これで自分だけのものにすると。だが、それは維月が決めることだ。我は後から、二人の間に割り込んで行ったのだ…。維月が、維心に言った。

「維心様…私が十六夜と話すのは、お嫌なのですか…?」

悲しげなその瞳に、維心は首を振った。

「いや…我が悪かった。つい、己の立場を忘れてしもうての…。」

維月はその、寂しげな瞳に苦しくなった。心をつないで見た時、維心様はいつも、十六夜と私の間に割り込んだと苦しんでいた…。それは、いつの時も変わらなかった。きっと、今もそうなのだ。維月は維心の頬を手で包んだ。

「維心様…私はあなたを愛していますわ。記憶を無くしてる今でも。だから、記憶があった時はきっともっと愛していたのだと思いますわ。愛情に先や後は関係ありません。だから、そんな風に悲しげに私を見ないで。」

維心は維月を見た。これは維月だ…前にもこれと、同じことを言った。維心は、微笑んだ。

「大丈夫だ、維月。わかっている…我は主の気持ちも、わかっている。」

それを見て、十六夜はため息をついた。

「あーあ、まるでオレは悪もんじゃねぇか。ま、いいさ。維月はオレのことは忘れていなかった。だから細かいことにはこだわらないんだよ。維月、維心と居るのは、嫌じゃないんだな?」

維月は頷いた。

「私、維心様を愛しているの…もちろん、十六夜のことも小さな頃から愛して来たのだもの、変わらないわ。でもね、記憶が戻っていないのに、とても愛していると思えるの。だから、ここに居るのがとてもホッとするわ。」

十六夜がこちらへ歩み寄って来たので、維月は立ち上がった。十六夜は維月を抱き寄せた。

「分かってる。心配しなくても大丈夫だ。お前の生きて来た間、オレはお前の記憶に常に居たからな…誰を忘れても、オレを忘れないで居てくれるのは、今度のことで立証済みだろ?オレ達は対の命だ…だから、オレのことは気にすんな。」と維心を見た。「維月は大丈夫だな。幸せそうだし、落ち着いてる。じゃあ、オレはまた来るよ。用があったら呼べ。記憶があった時と同じように過ごしていいだろうよ。」

維月は十六夜を見た。

「…もう帰るの?」

十六夜は笑った。

「お前なあ、二人が共にお前の傍に居たら、いくらなんでも争いの元なんだよ。また迎えに来るから、月の宮へ里帰りして来い。近々来るつもりだし、それまで待ってな。」と口付けた。「じゃあな。今度はオレも、我慢はしねぇ。」

維月は窓辺に歩いて行く十六夜を追い掛けた。

「十六夜…。」

十六夜は振り返って、もう一度維月を抱き締めて口付けた。

「維月、お前は覚えてないかもしれねぇが、オレ達は一緒に居るとケンカばっかりしてたんだぞ。少し離れてる方が、うまく行くんだよ。だから、待ってろ。そんな顔したら、連れて帰りたくなるだろうが…。」

維月は笑って頷いた。

「そうね。私も早く思い出せるようにがんばる。」

十六夜は笑い返すと、月へ帰って行った。


維月の記憶は、遅々として戻らなかったが、それでも維心と共に幸せに生活していた。

記憶は、ある時突然に現れては消える。断片的な記憶は、時につながるが、いろいろな所が飛んでいるので、意味がわからず、宙に浮いているような感じだった。

それでも維心は責めることもなく、毎日ただ前の維月と過ごしたように過ごしていた。そして維月も、宮に慣れて来て、記憶が戻らないのに以前の維月のように、さくさくと宮の仕事もこなし、宮になじんで来ていた。

維心への愛情は日々深くなり、いつも仲睦まじく寄り添っていた。若い分、前の維月より行動も早く決断も早く、そして気も強かった。そんな訳で、宮の仕事は思っていたより早く覚えて、以前の維月より処理が数段早いので、かなりの量をこなすことが出来た。

緋月のことも、とてもかわがっていた。子育てには慣れているので、仕事の傍ら、龍達が驚く要領の良さでこなしていた。

「まさに、人とは大したものでございまするな」洪は維心に言った。「お仕事もこなされ、お子様の世話もなされ、その上王のお世話もなど、神の妃では考えられぬ能力であられまする。前々より維月様には皆が感心いたしておりましたが、ここ最近はさらに、さすがは龍王妃よと近隣の宮にまでお噂は轟いておりまする。」

維心は苦笑した。

「そう動き回らずともよいと申しておるのに」維心は言った。「じっとしていては落ち着かぬと申すのでな。我としては、居間に戻ればいつも居ってくれた方が良いのだがの。」

洪は首を振った。

「いやいや、王よ、王は夜もお召しになっておられまするでしょう。あれぐらいお仕事をこなしてくだされば、近隣の神々の不満も無くなるというもの。接見では女神の話をよく聞いて、解決の手助けを親身になってなさるので、王妃様の茶会には物凄い数の参加希望が殺到して、臣下が抽選せねばならぬ始末。こんな妃をお持ちになれるのは、ひとえに王が龍王であられるからでございまするぞ。」

洪があまりに褒め称えるので、維心がどう答えたものか困っているところに、維月が入って来た。

「維心様」と洪を見て、「洪、ごめんなさい、お話し中だった?では、私はまた…」

維月が頭を下げてまた出て行こうとしたので、維心は慌てて止めた。

「良い、もう終わりであった。」と洪を見た。「下がって良い。」

洪はまだまだ何か言いたそうだったが、維心にそう言われては下がるしかない。頭を下げて、維月に微笑みかけてまた頭を下げ、出て行った。

維心は維月に手を差し出した。

「遅かったではないか…待ちくたびれたぞ。」

維月は維心の手を取りながら、言った。

「申し訳ございません。緋月がぐずっておりまして…もう、落ち着きましたので。」

維心は維月を抱き寄せて言った。

「維月…主はほんによう仕えてくれておる。だが、我は傍に居ってくれたほうが良い。もう少し、仕事を減らせぬのか。」

維月は困ったような顔をした。

「まあ維心様…お子様のようなことをおっしゃいます…」と維心の胸に寄り添った。「私はここにお世話になっておりますもの。少しは皆の役に立たねば罰があたりまする。」

維心は眉を寄せた。

「我が妃である時点で、主は役に立っておるのだ。そのように時間も空けずに働く必要はないのよ。」

維月は、どうしようかと考えた。神の世では、王の言うことは絶対だ。それをここ数カ月で学んだ。維心様が駄目だと言えば駄目なのだ。でも、自分の性分ではじっとしている方が苦になって仕方がない。記憶がなかなか戻るきっかけがつかめない今、焦って仕方がないからだ。

維月は維心を見上げた。

「維心様…私は早く記憶を取り戻したいのでございます。ですが、何かをしていないと、じっとしていてはそのきっかけも掴めないのではないかと、落ち着かないのですわ。どうかもうしばらく、このまま様子を見てくださいませ。私は早く、記憶を取り戻したいだけでございます。」

維心は渋々頷いた。維月の気持ちもわかる。この維月でも、我を愛してくれているから…幸せであるし、慌てて記憶を取り戻すこともないかと思っていたが、維月は焦っていたのか…。

「仕方ないの。ではな、一度主の茶会とやらを覗かせてはくれぬか。我も、主の交友関係は知っておきたいゆえ。」

維月はぱあっと微笑んだ。

「まあ!ぜひ来ていただきとうございます。維心様は、あのような女の集まりには興味はないものと思っておりましたのに、嬉しいこと。」

維月が機嫌よく微笑んでいる。少しでも維月と共に居たいと思って言っただけであるのに…。 維心はまた苦笑して、維月を抱き締めた。

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