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迷ったら月に聞け 6~追憶  作者:
愛するとは
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立場

将維と炎託は、将維の対の居間で月を見上げ、酒を飲んでいた。将維が飲むことはあまりなかったが、今日は炎託の祝いだと持って来させたのだ。

「…主の父は、難しいの。我の父はあんなに厳格な感じではなかったゆえ…しかし、偉大な父であるには変わりないが。」

将維は微笑した。

「そうよの。しかし、似ておるのだぞ、あの二人は。やはり王よ。主の父は今、王ではないが、それでもやはりあの力は隠しようもない。王の器よな。」

炎託は頷いた。父は我が一番父に似ておるという…いったいどこなのだろう。炎託は首を傾げた。将維がそれを見て言った。

「主、己の父の元で仕えたいか?ならば我は父にそのように進言するがの。」

炎託は少し考えて、首を振った。

「…いや。あれはもう父ではない。そう思ってはいかんのだ。我は…まだ何も決められぬ。4日後には死すると思っておったのに。」

将維は頷いた。確かにそうだ。しかし龍に仕える事が、炎託に出来るのだろうか…。

将維が考え込んでいると、炎託は思い出したように言った。

「…そういえば主、あの母とは実の母であるのか?」

将維はいきなりのことに面食らった。

「なんだ、突然に。あれは確かに我を生んだ母よ。」

炎託は眉を寄せた。

「いや、今日月の宮での。とても母のようには見えなかったゆえ…主の母は若いゆえに。我の気のせいであるの。」

将維は月を見上げた。

「…そうか。我の母は月であるゆえ。昔から姿は変わらぬのだ。」

炎託は将維を見た。やはり、気が跳ね上がっている。炎託は将維を見つめた。

「…将維…主の気…。」

将維はハッとして気を抑えた。炎託は心配そうに眉を寄せている。将維はため息を付いた。

「…誰にも話したことはない。あれはの、我を生んだが、我とは血が繋がらぬ母なのだ。」と、炎託を見た。「我は父に瓜二つであろう?母は元は人であっての。最近まで体は人のものを使っておった。人では神の子は生めぬゆえ、それでも我を生んだ母は…月の命の種と、父で我を成しておったのよ。つまりはほとんどは父、あと少しは月よ。生んでもらったにも関わらず、血は繋がらぬ。つまりはほとんどは父の我は、幼い頃からなぜか母に惹かれておった。それが母に対しての気持ちではないと気付いたのは最近のこと。その意味も、その時知った。」と、将維は目を伏せた。「我はこの気持ちを、死ぬまで持って行くつもりだ。しかし妃はめとらねばならぬ…父との約束でな。今は母として、大切に守り抜くつもりでおるよ。」

炎託はただ頷いて将維を見た。将維の心は炎翔とは違う…炎翔も同じ父の妃を取ろうとしたが、将維はそんな感じではない。それは、悲しげな感情でもあり、幸福な感情でもあり…伝わって来る感情は、複雑過ぎて炎託にはなんと言えばいいのかわからなかった。

「…主はそれで良いのか…?主は頑固そうゆえ、なかなかにそのような女はもう見つからぬのではないのか。父はもう、かなりの歳であると聞く。寿命を迎えたら、あれほどに若い妃であるなら、主が迎えても良いではないか。主を嫌っておるようにも見えぬ…むしろ大事に思うておるのだからの。」

将維は寂しげに首を振った。

「父は命を司っておる。逝く時は、母も共にと聞いた。それは叶わぬな。」と無理に微笑んで炎託を見た。「主は気にするでない。主のほうがつらそうな顔をしよってからに。我はもう慣れておるゆえ、大丈夫よ。なるようになる。我が王座に就いて後、また考えるわ。もしかしたらもっと恋うる女に出逢うかもしれぬぞ?…まあ、今の所そんな暇はないがな。」

炎託は窓に映る自分の顔を見た。確かに泣きそうな顔をしている…将維のほうがあっさりとした顔つきだ。炎託は慌てて表情を引き締めた。

「まあの、そっちのほうなら我はたくさん集まる所を知っておるぞ?なんなら今度行こうほどに。ただ」と炎託は顔をしかめた。「父はそこに通っておって、妃が25人にもなったのよ。そのうち2人はたちが悪うて斬り殺し、二人は寿命で死んでなあ。」

将維は眉を寄せた。

「我はそんな出逢いは良いわ。母が言っておったが、運命とはなるべくしてなる。引きこもって居ようと、運命なら必ず出逢うものとの。我は今の生活をしておるよ。慣れぬことをして、取り返しがつかぬことになったらたまらぬわ。」

炎託は頷いた。

「そうよなあ。我も言うてから思うたわ。生活のために媚を売って来る者がおるゆえ、注意せよと父には言われておったのにの。我だって妻はそんなに要らぬ。面倒そうよ…女が傍でうろうろするなど。」

将維は苦笑した。

「主はまだ子供であるのよ、炎託。そのうちに分かるわ。」

炎託はフンと横を向いた。

「何を言うか。我より200歳も若い癖に。ちなみに我の母はきちんとした貴族で…まあ貧しい貴族だったんだがな。庭でせっせと縫物をしておった。侍女も満足に居ないような小さな屋敷だったからの。そうしたらそこへ、父が舞い降りたのだそうだ。母はびっくりして、縫っていた着物を頭から被って顔を隠したのだと。それでぶるぶる震えておったら、いつの間にか父は居なくなっていて、次の日に宮から臣下一同が打ち揃って、宮へ迎えたいと挨拶に来た…あんな小さな田舎の屋敷にな。」

将維は驚いた。普通なら、そんな小さな屋敷の娘なら王であるならさらってしまうだろう。それを、炎嘉は正式に迎えようとしたのか。将維の表情を見て、炎託は頷いた。

「王が礼を尽くしてくださっているということで、屋敷ではすぐに母を宮へ上げた…父は、その際の衣装も何もかも準備したのだそうだ。結納もすごい量だったらしいぞ。屋敷も大きくなり、侍女も一気に増えた。全ては父の力…父は一目で母が気に入ったのだそうだ。なので母は、他の妃は、仮に生んでも一人であった父の子を、二人生んだ。それだけ母は美しかったのだ。」

炎託は自慢げだ。将維は微笑んだ。

「ほう…会ってみたかったの。」

「華鈴はそっくりだぞ?まあ、雰囲気は父譲りのところがあるがの。母はもっと儚げだった。主はさすが美神の多い龍よの。あれほどの美姫を月の王に譲るのだから、見慣れておるのだろう。」

将維は首を振った。

「我は父と同じで気が強いゆえ…仕方がなかったのよ。華鈴を殺してしまう所であったわ。母に指摘されねば、今頃どうなっておったことか…。」

将維は、そこで黙った。炎託に気取られるのではと警戒したのだ。あれは、我が心に潜めて死ぬつもりのこと。誰にも話すつもりはない。

炎託は、特にいぶかしむ事もなく言った。

「気が強いのも不便よのう。主の父が長く独り身であったのも頷けるわ。」

将維はホッとして頷いた。

「そうよの。ま、うるさい臣下達に断る口実があって良いがの。」

炎託は笑って、フッと息を付いた。

「のう、将維よ。」真面目な顔だ。「また休みができたら我と領地内を飛ぼうぞ。もしかしたら母のように、偶然見掛けた女が運命やもしれぬぞ?母は父が生きておる間、幸福そうであった…儚げだが、いつも微笑んでおっての。嬉しそうに父との事を我らに話してくれたわ。父は父なりに大切にしてくれたからの。快活で明るい父が、母には眩しくて仕方がないようだった。こちらからは愛せずともな、相手を幸福にすることは出来る。我はそう思うた。なぜなら成人してから父を見ていて、父がどの妃も愛してはいないことを悟ったからだ。いつも何かを探しているようだった…が、母にそれを気取らせず、幸福にさせたのだからな。父はすごい男よ。」

将維はまた月を見上げた。炎嘉殿は確かに回りを気遣う神だ。饒舌で快活で世話好きで父とは正反対なのに、しかし、同じ感じを受ける。父は他を頑なに拒んで内に篭って寄せ付けないのに対し、自分を偽ってでも外へ向かう。確かにすごい男だ。

将維は言った。

「…また炎嘉殿に会いたくなったわ。そうよの、今度の休みに共に出掛けようぞ、炎託。炎嘉殿にも話に参ろう。なかなかにこんな話は出来ぬ。我も今日は有意義であったわ。」

炎託は笑った。

「我もよ。」と同じように月を見上げた。「こんな話はしたことがなかったわ。何やらスッキリとしたの。不思議なものよ。」

将維は頷いて、杯を干した。そうか、きっと父に対する炎嘉殿とはこんな感じなのだ。わかった気がする。

月は、十六夜の気配を宿して光輝いていた。


維月は一人居間で月を見上げていた。

《…まあ、友達が出来て良かったんじゃないのか?あいつは自分と同じ立場のヤツが居なかったから、今まで対等に話してくれるヤツが居なかったじゃないか。炎託ならいい。オレもあの場に居たが、僅かの間に大したもんだ。さすが血は争えないってことか。》

維月は頷いた。

《あの子ならいいかなと私も思うの…だから、少し話してみたかったのに、維心様に湯を使って来いと放り出されて、戻ってみたらもう居なかったんだもの。酷いと思わない?》

十六夜は笑った。

《ははは、維心らしい。未だにお前が誰かに取られるとか思ってやがるんだよ。確かに将維は強敵だもんな。なんてったって自分のコピーじゃないか。しかも若いし、お前の気持ちがあいつより分かると来る。》

維月はぷうと膨れた。

《何よ十六夜までそんなこと言うの?将維は愛する息子よ。比べられる訳ないじゃないの。蒼みたいなもんよ。》

十六夜は首を振ったようだった。

《いや、違うな。お前の気が、将維と蒼だと違うからな。きっと将維は子供らしくないから、お前もそうなっているんだろうけどよ。維心は騙せても、オレは騙せねぇぞ?ま、オレから見たら維心でも将維でもどっちでも同じだ。そっくりなんだもんよ。お前が選びな。》

維月は慌てて手を振った。

《ちょっと十六夜!維心様が夫なのよ!そんなややこしくなるようなこと言わないで。特に、維心様の前ではやめてよね。大変なことになるから。》

十六夜は笑った。

《面白いことになるような気もするが、オレは黙ってるよ。維心はお前に執着し始めるときりがねぇからな。鬱陶しいし、何も言わねぇ。だが、気を付けろよ。お前あっちこっちから狙われてるから。上から見てると気が気じゃない。》

維月はため息を付いた。

《私はあなたと維心様が居たらそれでいいわ。このまま維心様の寿命までゆっくりしたい。ごたごたはイヤ。》

十六夜は少し黙ったかと思うと、ため息交じりに言った。

《…そうは行かねぇようだぞ。お前、維心に来週月の宮へ帰ると言ったろう。》

維月はきょとんとした。それは許可をもらったんだけど。

《言ったけど、それがどうしたの?》

《オレ見てたけど、今蒼から使者が来てたんだ。》確かに今、維心はその使者と会いにここを出ている。《何を話してるのかお前と話しながら聞いてたんだが、蒼はお前に義心を連れて来させろと言ったみたいだな。この前の襲撃で何も出来なかったのが不甲斐ないから、軍神の訓練を始めやがったんだが、どうもそれのことみたいだぞ。維心は激しく不機嫌になってたから、多分帰ったら…》と一旦口をつぐんだ。《お、戻って来るぞ。》

維月は慌てて振り向いた。そこに、維心が立っていた…十六夜の言った通り不機嫌だった。

「…十六夜と話しておったのか。」

維月は戸惑いながら頷いた。

「はい。」と維心を見上げた。「どうかなさったのですか、維心様?」

維心は居間の定位置にどっかと座った。

「蒼が、来週主が帰る時に、義心を共に来させて欲しいと言って来おった。」維心は頬杖をついている。「武術指南に来てもらうように、前に頼んで置いたからと。」

維月は控えめに言った。

「よろしいのではありませぬか…?蒼も強くなりたいようですし、義心なら良い師になりそうですわ。」

維心はキッと維月を見た。

「それでなくとも、あそこには十六夜が居るのに、なぜに義心まで付けて送り出さねばならぬ。我の我慢にも限界があろうぞ。」

維月はため息をついた。

「維心様…。」

維心は維月に手を差し出して自分のほうへ呼んだ。維月は仕方なく維心の方へ歩いた。

「やはり里帰りは日を改めよ。我の傍に居れ。」

維月が困って何か言おうと口を開くと、十六夜の声が後ろから飛んだ。

「維心、そいつはワガママが過ぎるだろうが。そいつはオレの妃でもあるんだと何度言ったらわかるんでぇ。なんなら、今すぐ連れて帰ってもいいぞ?お前が何か月かに一回会いに来な。それでも文句は言えねぇはずだ。それとも各月にするか?ちょうど半分ずつだ。平等だろうが。今が不平等なんだからな。」

実体化した十六夜は、維心を睨んでいる。維心は言葉に詰まった。維月を引き寄せ、腕に抱く。

「…それはわかっておる。だが、主だけならまだしも義心まで…。」

十六夜はフンと鼻を鳴らした。

「オレがついてるのに、あいつに何が出来るってんだ。オレは無敵だぞ?」

維心は眉を寄せて横を向いた。

「そんなこと分かるものか。主は武術はからっきしであろうが。あやつも簡単には封じられぬ。」

十六夜は心外だと言うように維心を見た。

「なんでぇ、あんなことぐらい。オレにも出来らぁ。」

維心はフンと鼻で笑った。

「ほほう、面白いの。では、我と立ち合うか?もちろん、気は使わぬ。剣の技術だけよ。でなければ世が滅ぶからの。」

十六夜は不機嫌に頷いた。

「やってやるよ。その代わり、お前が負けたら維月を来週帰せ、義心と一緒にな。」

維心は立ち上がった。

「いいだろう。今からか?」

十六夜は維月を見た。維月は大きく頭を振っている。駄目!もうお風呂入ったし明日にして!

十六夜はため息を付いた。

「…維月が明日にしてくれってさ。確かにもう寝る時間だな。明日朝一番に来るから、準備して待ってろ。」

維心は維月を見て軽くため息をついた。

「そうか。残念だの。では、明日の朝。」

十六夜は、窓から月へと戻って行った。

維月は不安になった…そういえば、十六夜が剣で戦っている所なんか見たことがない…。

維心は何事もなかったかのように、維月の手を引いて、奥の間へ帰った。

維月と将維のエピソードは、迷ったら月に聞け5~闘神第22話約束をご参照ください。

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