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月の宮の攻防

「李関!」

その少し前、維心からの警告を受けて、蒼は防衛強化のため李関を呼んだ。

「御前に、王。」

李関はすぐに蒼の居間へ入って来て膝を付いた。蒼は言った。

「龍の宮から逃げた鳥の残党がこちらへ入ろうとしている。追い詰められておるゆえ、何をするか分からぬぞ。幸い、義心が傍に来ておるようなので、連携して宮を守れ。月の力が戻り次第結界は張るが、今少し掛かりそうなので。」

李関は頭を下げた。

「は!」

そして、すぐに踵を返すと出て行った。

蒼は険しい顔で月を見た。まだ少しは自分にも、月は力を分けてくれている。だが、結界を張るほどの力は来ない…このままでは自分は、無用の長物だ。月の力のない自分なんて…。

蒼は、歯ぎしりした。


義心から離れて残党を追っていた龍の軍神達は、まだ辺りを捜索していた。気を極端に抑えているらしく、気を探っても、それが小動物のものなのか、それとも気を抑えた神なのか、判断出来ずにいた。その上、今は大きく気が乱れて荒れ狂っているため、判断は難しい。

手分けしてその僅かな気を一つ一つ確認しながら飛んでいると、義心が合流した。

「何をしておる。まだ見付からぬのか。」

義心が言った。部下の軍神は頭を下げた。

「申し訳ございませぬ。どうしても気が読み取れず…。」

義心は月を見上げた。もうそろそろ月の力が戻ってもおかしくはないはず。しかし、短剣の焼失に時間が掛かっているようで、まだ赤黒く変色したままだった。

「…このままではらちが明かぬ。とにかく月の宮の王の所へ護衛に参る。」

軍神は頭を下げて、他の軍神達に合図した。

義心を入れて四人の龍達は、本宮の方へと飛んだ。


蒼は、何か近付いて来る気を感じた。複数だ…こんな気の放流の中、ここにたどり着いて宮の中を来れるのは、義心達ぐらいだろう。

蒼がそう思って待っていると、その気は居間の近くで止まった。

「義心か?」

蒼が立ち上がって言うと、少し間があってから居間の戸が、勢いよく開いた。

「…お覚悟!」

いきなり、蒼の知らない力が居間を横切って飛んで来た。蒼は咄嗟に華鈴と娘をかばった。背後で何かがぶつかる音がし、見ると、領嘉が手を上げてそれを防いでいた。

「…王!仙術です!お逃げください!」

仙術は領嘉の専門だ。だが、領嘉を一人置いて逃げる訳にはいかない。

「紫月、華鈴を連れて奥へ!」

紫月は頷くと、慌てて華鈴の手を引いてそこを出た。振り返ると、4人の軍神らしき神がこちらに向かっている。蒼は構えた。本来なら軽く封じてしまえるはずなのに。

領嘉はそれを見て行った。

「無理です、月は今こちらへは力を分けてくれませぬ!」

それでも蒼は構えた。相手の力がこちらへも向けられた。

…強い衝撃があった。

かろうじて受け止めているその攻撃の力は、まるで昔、沙依の神社で初めて闇の欠片と対峙した時のようだった。重い上に、今の自分には精一杯だ。

領嘉がそれを見て、空いた手を上げて攻撃の呪を唱える。元は半神の領嘉から出た力は、相手の一人をとらえて後ろへ弾き飛ばした。

蒼の負担が軽くなったのも束の間、また別の敵から蒼へと、今度は炎の力が飛んだ。これは鳥の専売特許。蒼はこれが鳥の残党だと確信した。

防ぐ蒼に、ジリジリと炎が迫る。蒼は押し返そうと、必死に月の力を呼んだ。

「王!」

領嘉がこちらを気遣い援護しようとした瞬間、気が弛んだのか領嘉は後ろへ吹き飛ばされた。

「領嘉!」

蒼に向かって、吹き飛ばされて起き上がった者も含め4人の軍神が炎の力の放流を向け始める。蒼は両手で月の守りを作り、耐えた。しかしこのままでは攻撃をすることも出来ない。敵は一気に方をつけようと、さらに力を上げた。

「くそ…!」

十六夜…。と蒼は思った。闇と対峙した時、いつも十六夜は見守って力を与えてくれた。今のオレの父親。しかし、その十六夜は今は居ない。

蒼は力の限り月の力を呼んだ。

急に、ドッと力が蒼に向けて流れ込んで来た。それはあまりに大きく大量の力だったので、激しい閃光が走り、宮はビリビリと震え、居間は光で何も見えない状態だった。蒼は驚いて月を見た。…色が戻って来ている。十六夜が戻った!だから月がこちらへ力を回したのだ!

蒼の力に吹き飛ばされていた鳥の軍神達は、必死に立ち上がってまた構えようとした。その時、義心と李関が飛び込んで来た。

「王!ご無事ですか!」

李関は叫びながら、向かって来る軍神を事も無げに斬り捨てた。その間に、義心は目に突かないぐらいの速さで残り二人を斬り捨てていた。

蒼はハッとした。

「領嘉は?!」

李関は、居間の奥に倒れている領嘉に歩み寄った。紫月が傍に心配そうに膝間付いている。

「…ご心配には及びませぬ。気を失っておるだけです。」

蒼はホッとして、自分に出来る限りの結界を宮の領地全体に張った。そして、倒れて既に息のない鳥の軍神達を見下ろした。

「…鳥の墓所に運んでやれ。」

李関は頭を下げ、傍の軍神に合図した。そして、4人の神達の遺体は運び出されて行った。

義心は蒼に頭を下げた。

「蒼様。どうやら月はお戻りのご様子。」

蒼は頷いた。

「つくづく、オレの力がどれだけ月にだけ頼っているのかわかったよ。月が力を送ってくれなければ、オレはなんの力もない。」とため息を付いた。「さっそく明日からでも、李関について武術を学ぶつもりだ。維心様も炎嘉様も軍神なのに、オレは何にも出来ないんだからな…これで王なんて。義心の強さは、他の宮の軍神の中で比べても、並ぶものが居ないって聞いたよ。」

蒼はまた、ため息をついた。義心は苦笑した。

「このようなことは稀でありましょう。ですので、そんなに悲観なさることはないかと。しかし、強くなれるのなら、それに越したことはございませぬな。我も、それで後悔するぐらいならと毎日精進しておったら、この地位におったのです。今では、王に立ち合っていただく機会がある時以外は、皆の練習相手ばかりさせられておりまする。本気で立ち合うことは、ついぞ無くなり申した。」

義心はなぜか寂しげだ。強くなると、そんな悩みもあるのだろうか。しかし、蒼は強くならねばならなかった。

「オレの練習相手もまたしてくれよ。母さんが里帰りの時にでも、お供に付いて来てくれたら出来るじゃないか。維心様に頼んでみるから。」

義心は驚いたような顔をして、心持ち赤くなったように見えた。蒼はどうしたんだろうと思ったが、義心は頷いた。

「…それはもちろん、蒼様のお頼みならば、我はお相手致しまする。維月様は…おそらく近々こちらへ戻られるだろうと思いまするし。」

蒼は首を傾げた。義心は王妃様とは呼ばずに、母を名で呼ぶ…じゃあ、聞いてた通り、義心も母さんを好きなんだろうか。それなら、維心様がうんと言うはずないような気がして来た…。ま、いいか。知らないふりをして言おう。

蒼は微笑んだ。

「ありがとう。では、こちらはもう大丈夫、オレの力が戻ったから。維心様に報告もあるだろう。龍の宮へ帰ってもらっても大丈夫だよ。母さんの様子を知らせてもらえるように、維心様にお願いしておいてくれ。」

義心は頷いて頭を下げた。

「それでは、失礼いたします。」

義心は立ち上がると、他の軍神達に合図した。軍神達は頭を下げて、義心に従って飛び上がって行く。

それを見ながら、神達の間で、ああやって戦っている神であるほど、母さんの気は影響力を持つのだと蒼は思っていた。母さんは、神達の癒しの気を持っているのかもしれない。まるで吸い寄せられるように、たくさんの王や軍神が母さんに寄って行く…。

維心様は迷惑しているようだが、維心様自体も同じなのだから仕方がない。蒼は他人事ながら、なんだか気の毒になった。ほんとの母さんは、すっごく怖いんだけどなあ…。


維心は、不機嫌に居間へ座っていた。維月が気遣わしげに維心を見上げる。

「維心様…そのようにご機嫌を悪くなさらないで。義心も頑張ってくれていたのですわ。蒼を助けてくれたのですもの。それに、長明とも戦って、私たちの術を解く手助けをしてくれました。戻って来て報告したいと申すのですから、それを受けるのは王のお役目ですわ。」

維心はふて腐れたまま言った。

「わかっておる。」

維心はいらいらしている。維月は困ったようにその横顔にため息を付いた。

二人で湯殿に湯あみに行って、約束通り早めに出て来て、既に出て待っていた維心と共に居間へ帰って来たのまではよかったのだが、そこで、侍女が入って来て、義心の帰宮を聞いたのだ。報告は聞かなければならないが、維月と奥の間でゆっくり過ごそうと思っていた維心にとって、それはさらにお預けを食らわされた格好になっていたのだ。

「…我がどれほどに維月と会いたいと思うておったか…まさかあやつ、ワザとではあるまいな。」

維月は苦笑した。義心に限ってそれはない。あれほど忠実に仕えてくれているのに、維心様ったら…。

「維心様…そのようなことをおっしゃってはいけませぬ。義心はとてもよく仕えてくれておるではありませぬか。ご機嫌を直されて…夜は長ごうございますわ。私は逃げは致しませぬから。」

維心はちらりと維月を見た。

「…主の言葉、偽りないの。では、夜が明けようとも文句を言うでないぞ?」

維月はぐっと黙ったが、仕方なく頷いた。

「はい…ですので、しっかり臣下を労わなければいけませんわよ?」

維心はやっと機嫌を直して満足げに頷いた。

「元より、我はそのつもりよ。」

その時、やっと義心が居間へ到着した。維心の前に膝を付いて頭を下げる。

「王、遅くなりました。長明の遺体を、他4名の遺体と共に、鳥の宮墓所へと運ばせておりました。蒼様から命を受けた李関が、飛んでおりまする。それから蒼様から、維月様のご様子を知らせて欲しいと王にお伝えするよう申し付かりました。」

維心は頷いた。

「大儀であった。お蔭で術は解かれ、惨事は避けられた…ようやったの。」

義心は頭を下げた。

「は!」

義心は、維月のいつもと変わらず元気な様子にホッとしていた。術の後遺症などあってはいけないと思っていたからだ。これで我も安堵して任務に集中できる。

維月が言った。

「本当にありがとう、義心。あなたの行動が迅速なので、いつもとても助かっているのよ。」

義心は少し、頬を染めた。

「有りがたきお言葉でございます、維月様。」

維心は少しムッとしたような顔をした。

「では、下がって良い。炎託達は記憶を取ってしもうておるゆえ、処分は明日にする。主はもう、下がって休め。」

義心は頭を下げた。

「は!」

そして、踵を返して出て行った。その後ろ姿を見送って、維心は言った。

「ほんに…我は気の休まる時がないわ。あれはまだ主を想うておるのか。主が話した時の、あの気の跳ね上がり方はどうだ。」

維月はため息をついた。

「維心様ったら…義心は何も言いませんのに。そのような事で腹を立てていてはいけませぬ。」

維心は維月を抱き上げた。

「今の我には余裕がないのだ…察せよ、維月。あのような別れから、やっとであるのだぞ。」

維月は微笑んで頷いた。

「はい、維心様。本日はどのようなワガママも、聞いて差し上げまするゆえに。」

維心は嬉しそうに笑った。

「誠であるな?」と奥の間へと歩いた。「では、我と共に居よ維月…。」

維月は維心の、少し痩せてしまった体を抱き締めた。


月は、やっとその色を元に戻していた。

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