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月の目覚め

気はますます激しく乱れ、維心に守られた龍の宮もガタガタと音を立て始めた。

碧黎は首を振った。

「もう、我にも調整しきれぬ。このままでは死人が多数出るであろう…我が子達を月から切り離す。」

碧黎は刀に手を掛けた。維心は叫んだ。

「今少し!どうか地よ、義心は今立ち合うておるのだ。あやつは手間取らぬ。」

「だが…、」

維心は、義心の念に弾かれたように立ち上がった。

「終わった…長明を殺りおった。」と箔炎を見た。「早よう!短剣二つを焼失させよ!」

箔炎は、慌ててそれを持ち出し庭へ出た。中では、宮が燃え上がる。

気の放流が箔炎を襲う。炎嘉と維心は走り出て、箔炎の回りに膜を張った。

「急げ箔炎!」

箔炎は短剣を宙に浮かべ、一気に気を注ぎ込んで炎を出した。

激しい光りに炎嘉と維心は目を背けた。短剣は赤く光り、みるみる溶け出し泡を吹いた。

「…術のせいか。普通ならとっくに形はない。」

炎嘉は唸るように言った。箔炎はさらに気を流し込み、ついにそれは、縁から形を失って蒸発して行く。箔炎は食いしばった歯の間から言った。

「…しぶといの!このような物が存在しよるとは!」

確かにそうだ。炎嘉は膜を張ったのとは別の手を上げ、自らも炎の力を発した。それを見た維心も、同じように手を上げる。

かつての王と、現在の王の三人の力が、短剣を焼きつくそうと力を込め、短剣は悲鳴のようなゾッとする声を上げたかと思うと、ジュッという音を残し、消え去った。


十六夜は、黄泉の空間に浮かびながら、もはや地上までは数センチの所まで降下していた。

維月は意識を戻すことなく、十六夜自身の気も残り少なくなり始めている。張維が気遣わしげに言った。

「今少しぞ。維心が解決法を見つけよった…耐えよ!」

十六夜が頷いたが、それまで碧黎が自分達を切り離さない確証はないと思っていた。地上の乱れは伝わって来る…このままじゃヤバい。

維月が十六夜の手から落ち、黄泉の道へ倒れた。十六夜は力を振り絞って維月を抱き寄せた…と、目の前に門が現れた。

張維が言った。

「いかん、維月がそちら側に吸い寄せられる!月、止めよ!我は手出し出来ぬ!」

わかってらぁ…と十六夜は思ったが、声にならなかった。代わりに維月を抱き締め、踏ん張った。逝く時は一緒だ、だが、まだ逝けねぇよな、維月。十六夜は、最後の力を込めた。これが無くなったら、もう、抗えねぇ。月が必死に助けてくれる。地上の何よりも自分達を守ろうと…。

十六夜は、光の先にあるだろう月を思い浮かべ、見上げた。月、ありがとうよ、オレ達はお前に寄生してるってぇのに、助けてくれようとそんなに必死になってくれて…。

「おお!」張維が叫んだ。「月よ、戻るぞ!術が解けた!」

十六夜はなんのことか最初分からなかった。だが、門は消え、月がぐんぐん自分と維月を引っ張り上げて行く。

「…はらはらさせよってからに。」

張維はホッとしたように見上げている。十六夜は維月を腕に、それを見下ろしながら光の中へ引き上げられた。


「!」

十六夜はハッと目を開けた。回りには、維心、炎嘉、箔炎、それに碧黎と陽蘭が居る。皆、自分を見下ろしていた。

「おお、吾子よ!」陽蘭が叫んで抱きついた。「我らは子を殺さねばならぬのかと、どれ程に…!」

十六夜は面食らった。そして、自分がまだ左手で、維月の右手をしっかりと握り締めているのを知った。十六夜は慌てて起き上がり、維月を見た。

「維月…!」

維月は目を開けた。

「十六夜…戻ったのね。」

微笑んでいる。十六夜はホッとした。

「維心…危なかったんだぞ。オレ達の門が目の前に開いて、吸い込まれそうになってた所だ。遅ぇぞ。」

維心は憮然として答えた。

「これでも必死にやったわ。主はともかく維月だけは失いとうないからの。」

十六夜はフンと鼻を鳴らした。

「なんでぇ、相変わらず口の悪い。」

碧黎が進み出た。

「とにかく、よかった。皆、仙術とやらを深く知っておくべきであるな。まさかこんなことになろうとは、我も思わなんだゆえ。月は正常に戻りつつある。しばらくは我が補正しつつ、地の平常を保ってまいるゆえな。」と陽蘭を見た。「戻ろうぞ。主にも手伝ってもらわねばならぬ。」

陽蘭は頷いて、碧黎の手を取った。

窓の方へ向かって行き掛けて、碧黎はふと、振り返った。

「おおそうよ、月の宮の結界が消失して、丸裸になっておるぞ。蒼には主と同じ結界は張れぬ。」

十六夜は慌てて立ち上がった。

「張り直さなきゃならねぇ!」と維月を見た。「蒼の様子を見て来る。お前ももう大丈夫か?」

維月は頷いて起き上がった。

「何ともないわ。エネルギー体だもの。戻れば何ともない。」

十六夜は頷いた。

「維心、維月を頼む。月の宮に変な気を感じるんだ。」

維心は頷いた。

「維月は任せよ。義心が行っておるゆえ、あれに何でも言えば良い。」

十六夜は一つ、頷くと、窓から飛び立って行った。

月は、柿色にまで色を戻していた。


「維心様。」

維月の声に、維心は駆け寄った。

「維月よ、具合はどうか?そのように起き上がったりして大丈夫なのか?」

維月は微笑んだ。

「まあ、十六夜は飛んで参りましたのに…私も大丈夫でございます。」と維心の頬に触れた。「僅かの間にこんなにお痩せになって…私をお許しくださいませ。もう話も聞かず飛び出したり致しませぬ。」

維心はその手に頬を擦り寄せた。

「維月…我は迷うたのではないのだ。ただ不憫に思うただけで…貴子を愛してなどおらぬ。我が生涯、主だけなのだ。約しておろう?信じてくれ。」

維月は頷いた。

「はい、維心様。愛しておりまする…」

維月が唇を寄せると、維心も受けようとすぐに唇を近付けた。

…咳払いがした。

維月は慌てて顔を離した。忘れていた。

「ふん」と炎嘉が言った。「我らとてどれ程に維月を助けようと努めたことか。のう箔炎よ。」

箔炎も頷く。

「何やら良い気はせぬの。我も女相手にこのような気分になるのは初めてよ。維心が維月に触れると、なぜか腹が立つのだが。」

箔炎が真面目に言うので、炎嘉は顔をしかめた。

「まさか主、本当に維月をめとろうなどと思っておるのではないだろうな。」

箔炎は意外な、という顔をした。

「我は冗談は言わぬ。このように心地よい気は初めてなのだ。傍に置きたい。さすれば毎日心地よいであろう?」

維心は眉を寄せた。

「何度も申すが、維月は我の正妃ぞ。死する時も共と約しておる。いくら待っても主らのものにはならぬ。」

維心は維月を抱き寄せた。冗談ではない。こやつらはなぜ、維月維月とひとの妃をものにしようとするのよ。炎嘉は不機嫌に鼻を鳴らした。

「そのように稀有な気は皆のものとするのが良いではないか。維月は神を癒すために存在すると思うのが道理よ。」と維月を見た。「のう?維月?」

維月はたじろいた。皆のものって…私は癒しの公的機関かなんか?会うだけならいいけれど、このかた達はもっと望むんだもの、それはさすがに無理…。

「あの…炎嘉様、私は維心様を愛しておりますの…。」

炎嘉は手を振った。

「良い。そんなことは気にせぬよ。妃に…いや、妻になってくれるのならの。」

そういう問題ではない。神の世の、男社会、略奪社会の中で、こんな風に気持ちを聞いてもらえるだけでもありがたいのかもしれない。どうしたらわかってもらえるのかしら。

維心が言った。

「我から盗って行けるものか。維月を奪われぬためなら、我はもっと強力な結界を張ろうぞ。」

「どんなに強大な力を持っていようと、隙は出来るものよな。」と炎嘉。

「前にも言うたが、我はかすめ取るのが得意ぞ。」と箔炎。

「なんと言おうと維月は我がものだ」と維心。「絶対に駄目だ!」

維月がたまらず言った。

「あの!」皆が維月のきつい声に一斉にこちらを向いた。「誰のものって、神様にはわからないかもしれないけれど、人だった私から言うと、私が決めますの。神の世では女の発言権とか全くないんですけれど、私は人として育ちましたし、成人しましたから。なので、私がその時に愛しているかたが、私の夫なのですわ。私は維心様をとても愛しておりますから、維心様が私の夫であるのです。十六夜も私の夫でありますが、私が両方を愛してしまったから…。私のわがままだと思っております。」

維心は維月を抱く手に力を込めた。

「それは良いと申しておる。我を愛しておるのなら、我と共に居れば良いぞ。」

炎嘉はため息をついた。

「そのようにはっきり言われてしまうとな。わかってはおるが、気分が沈む。しかしまた、主のそんなはっきりした所も良いのよ。」

箔炎も同じようにため息をついた。

「なんとはっきりとものを言う女ぞ。こんな女には出逢ったことはない。ますます気に入ったではないか…」と肩を落とした。「この歳になって、こんな想いをせねばならぬとは。やはり世に出て来ねばよかったわ。」

箔炎は踵を返して、歩き出した。炎嘉はそれを慌てて追った。

「箔炎、おい、今夜共に飲もうぞ。」

維心はそれを追うような仕草をしたが、すぐに思い直して維月を見た。

「邪魔者が居なくなった。」

維月は微笑んだ。

「ご友人をそのようにおっしゃるものではありませぬよ?」と、維心に歩み寄って両手で頬を触った。「でも…今は私もそんな気分かも。」

維心は笑って維月を抱き締めると口付けた。夢ではないか。維月が再び我にこのように寄り添っておるなんて…。

維心はその甘い気に、酔うように目眩がした。いつも思う。溺れてしまう…何年経っても愛おしい気…。

維月と唇を離した。

「では、久方ぶりに宮の湯殿へ参りとうございます。」

維心は維月を抱く手に力を込めた。

「そのような…我を焦らすでない、維月…。」

維月は困ったように維心を見た。

「いいえ、そうではありませぬ。あの房では、桶で体を洗うよりなく、窮屈でしたの。なのでまず湯殿へ行きたいのですわ。」

維心は思った。そういえば自分も湯殿へなど最近行こうとも思っていなかった…忘れていた。このままでは、維月に厭われるやも…。

維心は渋々頷いた。

「分かった。では、参ろうぞ。早よう出て参れ…我も急ぐゆえ。」

維月はホッとして、維心と共に湯殿へ向かったのだった。

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