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命を懸けて

十六夜は、維月の房で寝台に横になりながら、維月の肩を抱いて言った。

「なあ維月…オレさ、知ってるから言うんだけど。」

維月は顔を上げた。

「…なあに?」

十六夜は真剣な目で維月を見た。

「維心だ。あいつ…べつに貴子を囲おうとしてたんじゃねぇぞ?」

維月は視線を落として黙った。十六夜は続けた。

「あいつは頑固だからな。お前だけしか愛してないのは変わらねぇ。貴子のことは、愛してないとオレと維月があんなことになった時に話してたんだ…だからつまり、ツクヨミに対する、貴子って話しになってな。」と十六夜は説明しづらそうに言った。「あれから一回も会ってないのはオレとツクヨミと一緒だ。おまけにあいつは、今日を限りに自分の結界の外へ貴子を放り出すつもりでいる…。維月を思い出すのがつらいって、回りの侍女達まで男に変えたぐらいだ。オレが言えた義理じゃねぇと思うが、もう許してやってくれないか。娘みたいに思ってただけなんだってよ…愛してなんかいねぇって。オレもたいがい辛かったが、維心はもっと辛そうだ。痩せちまって着物の中で泳いでるような感じになっちまってるんだぜ?」

維月はその様が目に見えるようだった。維心様も…私、きっと先走ったのだわ。十六夜のことですら、あんなことになって…。もう、何も信じられなくなっていたのは、確かだもの。もしかしたら、維心様の言うことを、少しも聞かなかったかもしれない…。

でも、同時期にこんなことが起こるなんて。ツクヨミの生まれ変わりの覚醒と、貴子の黄泉がえり。

維月は、顔を上げた。

「十六夜…いくらなんでもおかしくない?どうしてこんなことが、連続して起こったのかしら。ツクヨミだって、これが初めての転生だったのかしら。もし何回目かの転生だったら、なぜ今回思い出したのかしら。貴子も、どうして今現れたのかしら。維心様の記憶の中では、何百年も前の人なのに。もっと前に戻っていてもおかしくないじゃない?どうして十六夜と維心様、二人の過去の女性が、今この時に同時に現れて、二人に近付こうとするのかしら…。」

十六夜は、維月に言われてハッとした。そう言えばそうだ。月と龍。二大勢力の王が、同時に過去の女にまとわりつかれる…維月が去って、そんなことに気を回せなくなる…。

十六夜はガバッと起き上がった。

「…特に維心は相当に弱ってる。お前が愛想尽かして出てってから、気の補充もまともに出来てねぇのに。今襲われたら…」十六夜は思い当たってゾッとした。「…自分から首を差し出すんじゃねぇか…。」

その時、なんの予告もなく、戸がバンと開いた。

「維月!居るか?急ぎ宮へ…」

炎嘉は十六夜と維月を見て、固まった。まさかここに月が居るとは思っていなかったらしい。炎嘉の背後には箔炎も居て、両眉を上げて視線を横へ向けた。

なんでかしらと維月は自分の格好を見て、びっくりした。襦袢だけな上に前が肌蹴ている。十六夜に至っては、襦袢も着ていない。

十六夜は慌てて維月の前合わせを閉じて帯を渡した。

「お前らな!声ぐらい掛けろ!」

炎嘉は後ろを向きながら言った。

「主が来ておるなど思いもせなんだからの。」と皮肉を込めて付け足した。「しかもこんな昼前に。」

箔炎が炎嘉に言った。

「まあまあ、良いではないか。仲直りしてもらわねば、これから大変であったゆえの。」とちらりと後ろを見た。「それに良いものを見せてもろうたわ。」

「まだ見るな!」

後ろでは、維月が必死に着物を着ている。十六夜も自分の着物をさっさと着ていた。

「維月は競争率が高いのう。だが我は獲物をかすめるのが得意ぞ。」

それには炎嘉がムッとした表情で答えた。

「駄目だ。維月はもう満員だ。我は人の世で言うキャンセル待ち状態ぞ。主も最後尾に並ぶが良いわ。」

箔炎は眉をひそめた。

「待つのは性に合わん。」

そこで、維月と十六夜が二人の方へ小走りに駆けて来た。

「待たせたな。こっちでも、ヤバいんじゃないかと気付いたところだ。」

「ならば話しは早い」炎嘉は飛び上がった。「急ぎ宮へ参るぞ。維心が心配よ。やつは今、その辺の女にでも簡単に刺される状態ぞ。無抵抗ゆえな。」

維月は十六夜につかまった。十六夜は維月を抱き上げて空へ舞い上がった。箔炎が後ろからついて来る。

4人は七夕の来客溢れる、龍の宮へと飛んだ。


月鈴は、龍の宮の広間の中を見回した。

やはり、月の姿はない。これを逃したら、またいつ機会が訪れるか分からないのに…。

そんな風に思って、気落ちした顔で座っていると、誘ってくれた近隣の宮の皇女が近付いて来た。

「まあ月鈴様、どうされましたか?何やら浮かぬ顔をなさってらっしゃるわ。」

月鈴は無理に微笑んだ。

「前にお会いした、月のかたにお会いしたいと思っていましたの。なのに、今日はお姿が見えぬので…。」

相手は頷いた。

「本当に。でも、きっとすぐに来られますわよ。だって、龍王様とお友達なのでしょう?」

確かに、そのはずだ。だが、龍王様は月の恋敵だ…本当なら来たくはないはず。でも、龍王妃が現れたら、来るかもしれない。月鈴は期待を込めて、懐の短剣をソッと握った。


維心は広間に座って、ぼんやりと来客達を眺めていた。何がそんなに楽しいのか分からないが、笑って話している。維心にはそんなことが、皆遠くで起こっていることのように思えた。

「龍神様…。」

女の声に呼び掛けられ、維心はビクッとした。貴子がそこに立っていた。

維心はその姿に、あの出来事が思い出されて、思わず顔を背けた。話したくない。

貴子は構わず隣に座った。

「そのようにお辛そうな顔をなさらないで…直に楽になりまする。」

維心はふと、気付いた。貴子の懐に、短剣が刺さっている。そうか。主は我を連れに参ったのか。

維心はどちらにせよ、楽になるのだと思った。この剣からは、術の臭いがする。おそらく確実に死ねるだろう。貴子が短剣を抜くのを、維心はただ見ていた。

…ふと、維心の脳裏に覚えのある気が結界をかすめたのが感じられた。この気…。

維心は貴子を押さえて立ち上がった。この気は維月。何をしに来たのだ。何をしに来たとしても、今一目、会いたい…!会うまでは、死ねぬ!

維心が窓の外を凝視して自分を見ないので、貴子は叫んだ。

「龍神様…!最後の機会なのですわ!」

その声とほぼ同時に、維月が広間へ宙を舞って飛び込んで来た。

「維心様…!」

維心は自分を呼ぶその声に、夢を見ているのかと思った。しかし、腕を差し出した。

「維月…!」

維月には貴子の手にある短剣が見えていた。今にも突き立てられそうになっている維心の胸に飛び付き、横ヘ転がった。

広間は、突然の事に騒然となった。維心は驚いて維月を見た。

「維月…?どうしたのだ?」

維月は貴子に対して維心を自分の背に回した。

「維心様…お気を確かに!私が間違っておりました。後でいくらでも謝りまするので、どうかお命を大事になさってくださいませ!」

貴子はもはや、正気ではなかった。

「…龍神様はお辛いのに!なぜこの世に縛り付けようとするの!私がお連れするのよ!」

貴子が前に進む。維月は剣の前に立ちはだかった。

「あなたに維心様は渡さないわ!私が維心様と共に逝くのよ!約束したのだもの!」

貴子は剣を構えて維月に向かって来た。あまりに近すぎて軍神達も手が出せない…剣の柄が維月の手に触れ、維月が覚悟をした時、目の前の貴子は、急にバッタリと倒れた。

維月はびっくりして目を上げた。貴子は、ほぼ真っ二つに斬られて果てていた。顔は、驚いたような表情まま、目を見開いている。維月が思わず目を背けて維心を見ると、手に抜き身の刀を持ち、そこに立っていた。剣からは、まだ血が滴っている。

「…忘れておった。」維心は言った。「我らは共に逝く。他の女の手に掛かって死ぬなど、主に顔向け出来ぬではないか。」

やつれてはいたものの、その目はしっかりとした光を宿していた。維月は涙ぐんだ…私は、なんて辛い思いをおさせしたものか…!

維心は義心に合図した。軍神達は、共にいた男達全てを捕らえた。

維月は、維心に抱き付いた。

「維心様…!お辛い思いをおさせしてしまいました…お許し頂けますか…?」

維心は刀を鞘に戻し、維月を愛おしそうに抱き締めた。

「我の責であるのに…維月、我を許してくれるのか…。」

「愛しておりますわ。本当に…。」

十六夜も炎嘉も、その様子に困ったように微笑んでいる。維心は維月を抱き締めながら、ふと、手を見た。

「維月…怪我を致したか。」

維月は手の甲を見た。少し切れて血が出ている。

「かすりキズですわ。私はエネルギー体ですし、このようなもの…。」

維月は、目眩を感じた。体の中から何かが襲い掛かって来るような…。

倒れる維月を、維心は慌てて抱き留めた。十六夜がこちらに向かって叫んだ。

「維月!」

維月に駆け寄ろうとした時、鈍い感覚が背に走った。見たことがなかった自分の血が滴って落ちる。

十六夜は後ろを見た。月鈴が…ツクヨミが…微笑んでいる。

「共に逝きましょう。」と、引き抜いた短剣を自分に突き刺した。「あちらはとても居心地がいいの…。」

十六夜は膝を付いた。力が抜ける。何が起こった。十六夜は必死で維月に這い寄った。

「維月…維月…。」

十六夜は維月の手を握った。

そして、暗闇の中へ落ちて行った。

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