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古の恋

「王、見えて参りました。」

横を飛ぶ、義心が言った。前を見ると、そこには大きく地をえぐったような跡があって、まだ何かくすぶっているように見える。昨夜遅く、見回りの龍達が結界の外にこれを見つけ、維心に報告して来たのだ。維心は時期が時期だけに、それを自分の目で確かめようとここまでやって来たのであった。維心は言った。

「では、降りて様子を確かめよ。」

「は!」

義心は頭を下げて他の軍神に命じ、共に降りて行った。報告を待ちながら、維心は維月のことを考えていた。


維心は維月となんとか話そうとしたが、維月は居間で座っていても、横を向いて頷くだけで会話として成立せず、聞いているのかどうかも疑問であった。おとなしく傍に座ってはいたが、その心に壁が出来てしまっているのは確かで、維心はいたたまれなかった。月の宮へ里帰りさせようかとも思ったが、どうしても傍を離したくなくて、それを言い出せずにいた。神と人とは考え方が違う。まして自分は王なのだから、もっと違う。わかっていて、それは解決したはずなのに、相変わらず記憶の戻らない維月にとって、自分はただワガママな神の王でしかないのであろう。

それでも、維心は維月を抱き寄せた。愛情が本物であることは分かって欲しい。どれほどに愛しているのか、心をつないで知っておるであろうに…。

維月は、相変わらず袖口で口を押えて横を向いている。炎嘉に捕えられていた頃の維月を思い出した。維月はこうやって耐えていた…。やはり、自分は愛情を失ってしまっているのか。維心は胸が苦しくなって、たまらず言った。

「維月…我が悪かった。主をあのように扱って…だが、何を置いても主だけは失いとうないのよ。我が守って居らねば、主は神にさらわれてしまう。わかっておろう?一人で出掛けるのが、どれほどに危険であるのか。」

維月にはわかっていた。確かに、維心の名を出したからこそ、あの折りは助かった。でなければこの身は奪われていただろう。そしてまた、その名ゆえに狙われるのも知っていた。維心を押さえるため、自分を捕えようとする。なので一人で出掛けるなど、自殺行為なのだ。

でも、あんなことは酷い。話も聞いてくださらず、ただただ責めて叱るだけなんて…。力尽くではいと言わせるなんて…。維心が不器用なのはわかっている。記憶を見たら、それはわかる。でも…。

維月は黙っていた。なんて答えたらいいのかわからない。維心様には愛情が無くなった訳ではない。でも、でも、それを素直に言うことが出来ないように、維心様がしてしまわれるんだもの。

維心はただ、維月に頬を摺り寄せた。どうしたら愛情を取り戻せるのか。我を見て笑ってくれるのか。龍の本性をも理解して愛してくれていた維月。早く思い出して欲しい…。


「王!」

維心はハッとして顔を上げた。宙で浮かんで待つ維心に、義心が近付いて来る。

「あの中心辺りに、何人かの神が倒れておりまする。他に変わった所はない様子。いかが致しましょうか。」

維心はいぶかしんだ。

「神だと?」

維心はそう言うと、自分もそこへ向かって降りて行った。義心が言う。

「男が五人、女が一人。気を失っておるようですが、命に別状はございませぬ。」

維心は頷いて、地に降りたってその現場へと歩いた。軍神の一人が、気付こうと身を動かす一人の横に立って警戒している。維心はそこへ歩いた。

「…無事、戻ったのか」相手は言った。「ここは生者の世か。」

維心は眉を寄せた。

「…何を言っておる。」

相手は必死に起き上がろうともがいた。維心は軍神に頷きかけ、それを手助けさけた。

「あなたは神か…?我らはあの世より、あまりに不憫な女を連れ参ったもの。神の世の、龍神とは、どちらにおわすのか。」

維心は眉を上げた。

「我ら皆龍神よ。我が結界近くにこのようなものが現れたため、見に参った。」

相手は歓喜して維心を見た。

「おお!これぞ何かの導きである!どうかその王にお取り次ぎを。我らはかつて人であって、それで叶わぬことがあり申し、こうしてあの世の術者に頼んで神の姿でこちらへ戻った。あの女を」相手は向こう側を指した。「その王に会わせたいがために…!」

維心は何のことかわからぬまま、そちらへ目を向けた。違う軍神に手助けされながら、頭を振って意識を戻そうとしている影を見て、維心は呟いた。

「…まさか…」

維心は凍りついたように足を止め、その女を見た。相手は、こちらを見て、叫んだ。

「ああ、龍神様!」

駆け寄ろうと必死に足を動かすその女に、維心は刀に手を掛け、ためらった。

「お会いしたかった…!」女は維心に抱き付いた。「ああ、どれほどに…想い申し上げておりましたことか!」

維心は刀に置いた手を、力なく落とした。

「貴子…。」

維心は貴子に抱き付かれたまま、ただ呆然と、夕焼けの空に現れた月を見上げて佇んでいた。腕は我知らず、貴子を抱いていた。


「王…。」

義心の声に、維心はハッと我に返って貴子から身を退いた。これでは十六夜と同じ…。維月がこれを見たら何とするであろうか。

「…なぜに今頃ここへ戻ったのか。しかも転生するならまだしも、このような不自然な形で戻るとは解せぬ。」

貴子は答えた。

「転生すれば記憶を無くし、龍神様のことすら忘れてしまいまする。ゆえに苦労して術者を説得し、神の身でこちらへ送ってもろうたのです。皆は私を不憫に思い、心配して共に戻ってくれたもの達。どうか龍神様のお側に、私を置いてくださいませ。」

維心は目を反らした。

「…ならぬ。我には正妃が居る…主を我の傍に置く訳には行かぬ。」

貴子は途方に暮れた顔をした。

「私は…ただあなたのお傍に居たいがためにこうして長い時を経てやっと参りましたものを…。」

見かねて、傍に居た男が言った。

「この女は、あちらに居る間もずっとこうして龍神様に会いたいとそればかり申して、ただそれだけの為に心砕いておったのです。聞けば、龍神様を想われるあまり自ら命を絶ったとのこと…どうか、妃ではなくとも、せめてお傍に置いていただく訳には行かぬのでしょうか。」

維心は目を閉じた。どうして今更こんなことになってしまったのか。我は貴子を愛してはおらぬ。昔も、維月を愛して思ったが、あれは愛ではなかった。まるで娘のように思っていただけであったのだ。だが、今その娘に乞われ、どうすればいいのか迷う自分が居る。

「…宮には置けぬ。だが、宮の傍に房が点在しておる。そこへ住めばよかろう。」

義心が驚いた顔をした。維心は踵を返して飛び上がった。義心が慌てて後を追って来る。

「王…それでは維月様になんと…」

維心は黙っている。月が、動いたように見えた。

《…維心》十六夜の声だ。《お前、オレの二の舞になるぞ。》

維心は口をきつく結んだ。わかっている。だが、どうすればよいのだ。この荒野へ、放り出しておけというのか。我に会うために、術まで使って記憶を持ったまま戻って来た貴子を…。

《十六夜…我は愚かであろうな。》

十六夜は答えた。

《知っていてやるのは愚かだ。維月を受け入れる男の数を知っているだろう…将維、義心、炎嘉、箔炎。あいつは誰かの所へ行くかもしれねぇ。オレも居らず、お前も裏切り、途方に暮れて世話をしてくれる男の所へ行くんだよ。そうなってから、取り返そうとしてももう遅い。相手は全力でお前を阻止する…維月を誰にも取られないためにな。維月もお前を徹底的に拒絶するようになるだろう。陰の月の力を、侮るな。あいつは自分の力をお前に向けて抵抗しないだろうが。だがな、あいつにはお前を封じる力が、確かにある。その辺の弱い女と一緒にするな。貴子を受け入れるなら、維月を他の男に渡すんだな。》

維心は見えて来た宮に向かって降下しながら、返した。

《維月は誰にも渡さぬ。我は…貴子と何かしようと思っているのではない。》

《それが通用するなら、オレもこんなことにはならなかっただろうよ。》十六夜は言った。《忠告はした。帰ってそれがどんな結果になったか見るんだな。維心、維月は月だ。それを忘れるな。》

維心は急に不安になった。今の出来事は、誰も知らぬはず。義心も忠信が強い男、言わぬだろう。それに、我の隣を飛んでいる。維月がそれを知る術はない。

宮へたどり着き、不安を掻き消そうと居間へと足を向けている間、維心は気が気でなかった。我は、我に絡みついて来る女は斬って捨てると言い切っていた。それが、あんなことに…。抱きしめただけではあるが、維心にはそれが重罪のように思えて、それを維月に知られることが怖くてならなかった。

居間へ着くと、維月が窓際で月を見上げていた。念で話しているような気配はない。十六夜は言っていないだろう…そもそも、維月は十六夜を遮断する膜を張っている。

「維月」維心は声を掛けた。「今帰った。」

維月はこちらを振り返らない。しかし、言った。

「…お帰りなさいませ。」小さな声だ。「では、失礼して休む準備を致します。」

維月は袖で顔を隠して、維心の前を通り過ぎようとした。維心はそれを抱き留めた。

「…なぜに顔を見せぬ。我が帰って来たというのに。」

維心が維月の袖を除けると、維月は顔を背けた。維心はその顎を掴んで自分の方を向かせ、口づけようとして…止まった。

維月は、大量の涙を流していたのだ。

維心は心臓を冷たい手でグッと掴まれたような気がした。…まさか…。

「維月…。」

維心が小さくそう呼び掛けると、維月は維心を見た。

「失礼を致しました。」と月を見た。「月から、全て見えておりました。」

維心は愕然とした。十六夜が言っていたのは、これか。維月は、月だと。

「我は、貴子を愛しておらぬ。」維心は言った。「昔も今も、変わらぬ!」

維月は寂しげに微笑んだ。

「…よろしいのです。ご無理をなさらないで。私は妃として不適任でした。ご迷惑ばかりお掛けして、怒らせて…きっと、維心様のために戻られたあのかたならば、何事も従順になさるはず。なので、私には憤る権利もありませぬ。これは、神の世の理でありましょう。」と、維月は、結婚指輪を抜いた。「なんの因果でありまするか、そのショックで、記憶が戻りましてございます。神の世の理…妃としての務め…それを果たせぬ時の妃の取る道。瑤姫は潔かった。私はこちらを辞して、出て行きまする。そうすれば、房になど囲わなくても、こちらへお呼び出来るはず。維心様、どうかお幸せに…。一番小さな緋月を、よろしくお願い致しまする。」

維月は涙を流しながらそう言うと、呆然として指輪を受け取らぬ維心に、仕方なく傍の机の上にそれを置いて、窓を見た。

維心はハッと我に返って、維月を抱き寄せて止めた。

「維月!記憶が戻ったのであれば、わかるであろう?我は主を失いとうない。愛しておるのだ。あれは違う、我は貴子など愛しておらぬ。囲うつもりでああ申したのではない。主が気を悪くしたなら何度でも謝る。どうか、どうか我の傍に!」

維月は悲しげに微笑んだ。

「維心様…。」

維月は維心に口付けた。維心がそれを受けると、維月は次の瞬間スッと身を退いて、涙を流した。

「愛しておりましたわ。本当に…。お幸せになってくださいませ。」

維心は、その腕を掴んだ。どこにも行ってはならぬ。行かないでくれ!この手は離さぬ!

維月は目を閉じた。足元から光になって行く…光に戻るつもりか!

維心は叫んだ。

「維月!頼む、嫌だ、我は離れとうない!やめてくれ!」見る見る維月は光になって、掴んでいた手は空を切った。「維月!嫌だ、置いて行かないでくれ…!」

維心は涙を流して必死に叫んだ。だが、光は玉になって、しばらく名残惜しそうに宮の宙を舞ったかと思うと、月には戻らず、違う方向へと飛んで、消えて行った。維心が必死で後を追って飛んだが、維心のスピードをもってしても、追い付くことは出来なかった…。

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