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ヒーロー

 

この日は友人と森林公園のアスレチックに行く約束をしていました。そこのアスレチックは種類が豊富だったのと、体を動かすのも久しぶりだったので楽しみにしていました。アスレチックに行くようになったのは、なんとなく「アスレチックに行こう」ただの僕の思いつきでした。それが今日の始まりでした。


 朝、私の家で友達と合流して、私の車で楽しく話しをしながら森林公園に向かいました。まるで遠足に行く小学生のようにはしゃいでいました。


 車を駐車場に入れて、アスレチックの入り口までストレッチをしながら歩いていきました。最初は簡単な遊具から始まります。ただくぐるだけ、またぐだけ、背負って歩くだけ、でもだんだんと進むにしたがって難しくなっていきます。それでも私は順番にクリアして行きました。


 アスレチックのコースは山の中に作られていて、散歩気分でワイワイ楽しめて運動が出来るので家族で来てる人も沢山いました。友人と私はコースを半分終わり後半に入っていました。すり鉢状の中を走ってグルグル回るという遊具をしていた時でした。私は「…?、なんか聞こえたような…」何が聞こえたのかはわかりませんでしたが、何か嫌な予感が残りました。私は走るのを止めて耳を澄ましてみました。ですが、何も聞こえません。気のせいかと思い、走り出そうとした時、また嫌な感じがしました。友人に「すぐ帰ってくるから先に進んでて」それだけ言い残し、私はその嫌な感じのする方に走り出しました。アスレチックのコースを外れて、落ち葉の積もる斜面を滑りながら走りました。私は自分が走っている理由さえわかりませんでしたが、夢中に走りました。


 2、3度転げながら走ると林道にでました。よく見るとアスレチックのコースの終盤でした。

丁度、道がカーブになっていて上に行くか、下に行くか、少し迷いました。その時、声がはっきり聞こえました。私が感じたことは間違いではなかったが自分でもわかりました。その声は子供の声で泣き喚きながら叫んでいました。

「お父さん…お父さん…」

その声は泣き声に混じっていたので近くでないと聞き取れなかった程でした。私はすぐさま、声のする方に走りました。何があったのかはわからないけど、鳥肌が立つ程、寒気を感じていました。運が良かったのか、直感が正しかったのか、幸いすぐ近くまで来ていたので、子供の所まですぐに着きました。


 私は子供の姿が見えた時、さらに鳥肌が立ちました。子供が降りられなくなっていて、今にも落ちそうになっていたのです。一番上の丸太にしがみついてなんとか落ちないようにしていました。下にも子供が1人いて、その子が泣きながら叫んでいました。

「助けて…お兄ちゃんを助けて」

私は全速力で駆け寄り、猿のように遊具を駆け上がり、今にも落ちそうになっている男の子の体を支えました。この遊具は丸太を組んでいて、高さが3メートルぐらいあって、登って乗り越えるという遊具だったので、掴む所も、足を掛ける所も限られていました。私は左手で丸太を抱えて、右手で男の子(兄)を支えました。

「お兄ちゃんが来たから、もう大丈夫だよ!」

私は息が上がっているのを堪えながら優しく声をかけました。

男の子は小さくうなずきましたが丸太にしがみついて離れません。恐怖がその男の子を支配していて手と足が固まっていたのでしょう。私は男の子の体を支えたまま、下にいる男の子(弟)に聞きました。

「お父さんはどこにいるの?」

下にいる男の子(弟)は泣きながら、

「下にいる」

かろうじて出た声でした。

私は男の子(弟)に安心するように優しく話しました。

「お兄ちゃんはもう大丈夫だから、下に行ってお父さんを呼んで来てくれる?」

「うん」

男の子(弟)は、うなずき、階段を走っていきました。下までは遠くはありませんでしたが、斜面が急で階段を上がってくるのは大変な所でした。

 私はしがみついている男の子(兄)の体をギュッと抱えて「もう大丈夫だからゆっくり手を離してごらん」と優しく声をかけました。男の子(兄)は泣きながら「うん」と言ってそっと手を離しました。男の子は丸太の代わりに私にしがみついてきました。恐怖で泣いていた男の子に「よく頑張ったね!強い子やな」と笑顔で言うと、男の子は泣き止み、小さくうなずきました。それを見て私は、さて下に降りようと思い、足を延ばしました。ですが、一段下の足場までは離れていて届きません。左手だけで支えていましたが、右手は男の子(兄)を抱えているので持ち変えることも出来ませんでした。私は男の子(兄)に「お兄ちゃんと一緒にジャンプしよな!」と不安にならないように笑顔で優しくいいました。男の子(兄)はその時には恐怖感は薄れていて私に身を任せていました。

 遊具の高さは3メートルぐらい、私の足が掛かっている丸太は2メートルぐらい、普段ならジャンプしても平気な高さでした。ただジャンプするには半回転しないといけません。男の子を抱えて体勢を変えることが出来なかったのです。私は男の子(兄)に「1、2、3でジャンプするからね」と言って1、2、3でジャンプしました。

私は自分の左手を離すと、すぐに男の子(兄)の右脇に入れて男の子(兄)を支えました。着地する時の衝撃を私が吸収する為、男の子(兄)を上に持ち上げ、着地した時に私は体全体を使い、男の子を受け止めました。たった2メートルだったのに空中にいた時間が長く感じました。


 私は男の子(兄)を無事に助けることに成功しました。男の子をギュッと抱きしめ、「よく頑張った」と褒めてあげました。

階段の下から急いで走ってくるお父さんが見えていました。男の子(兄)はお父さんの方に歩こうとしましたが、足に力が入らず座り込みました。私はもう一度男の子を抱きしめ、お父さんが来るのを待ちました。お父さんが到着して息を切らしながら私にお礼を言ってきました。

「息子を助けてくれてありがとうございます」

「いえいえ、私はたまたま居合わせただけで当然のことをしただけですよ」

笑顔で返した私にお父さんは戸惑いながら、

「本当にありがとうございます。今から子供とお昼ご飯食べるのですが、お礼に一緒に行きませんか?」

お父さんはお礼がしたかったのでしょうが、私は丁寧に断りました。

「そんなにたいしたことしていませんから、子供と3人でご飯を食べに行ってください!子供と好きな物をいっぱい食べてくださいね!私はまだアスレチックの途中ですので少し戻ってきますから」

お父さんは頭を深く下げて、お礼を言って階段を降りて行きました。お父さんが男の子(兄)を抱きかかえていく姿を見て私は、親子の愛を感じていました。


 私が階段に座って見送っていると、横に友人が座ってきました。私はびっくりしながら「いつ来たの」と聞くと友人は、「お父さんがお礼を言っているときに着いていたけど入り込むタイミングがなかった」と笑っていました。

私は友人に少し時間がほしいと言いました。友人は「いいよ」と言いながら質問をしてきました。

なぜ、突然走り出したのか。

なぜ、男の子が降りられなくなっていたのがわかったのか。

私は笑いながら答えました。

「ただなんとなく嫌な感じがしただけだよ。ここに来るまで男の子が降りられなくなっているのはわからなかったしね」

友人は「超能力か」と、ツッコミながら、不思議そうな顔をして、

「僕には何も聞こえなかったし、何も感じなかったからびっくりしたよ。やから追いかけてきた。でもせっかくやからご飯食べに行けば良かったんやない?」

ここに来たことも不思議で、お礼を断ったのも不思議そうでした。私は、

「実は、着地した時に右足をくじいたんだよ。それと膝が痛いし。もしそのことをお父さんが知ったら病院に連れていくって言いかねないやんな。本当のヒーローだったら颯爽と立ち去るとこやのにな」

笑って話す横で友人は私以上に笑いながら「ヒーローにはなかなかなれんな」と言っていました。


 私は特別なことはしていなかったけど、ただ、子供を助けられて本当に嬉しかったし、言葉では言い表せない満足感がありました。ひとつ計算外だったのは、ジャンプした時に子供を前で抱っこしていたので地面が見えなかったことでした。着地する時に足が伸びていて、膝に負担がかかり、足首をくじいてしまいました。でもそんなことどうでもいいと思えました。子供を助けることが出来た喜びは痛みさえ忘れさせてくれました。それから少し時間をとって、友人と一緒にゆっくり車に帰りました。

 

 誰かを助ける喜び、人の温かさ、家族の温かさを教えてくれた出来事に今私は感謝しています。

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