ゴリラ・ハート~Another~
清坂正吾様主催『ゴリラパーティー』参加作品です。
『ゴリラ・ハート』の別視点のお話になります。
早乙女は精神的ショックを受けるとゴリラになる。
最初は驚いたが、慣れれば俺も周りも「そういうもの」としてあっさり受け入れたものだ。
そんな早乙女と俺、猿渡は名前順ですぐ続くことになるので席も近かった。だから早乙女がゴリラになる瞬間を目にすることも多く、その度に俺は笑いを堪えるのに必死だった。
「変な特性持ってるな、お前」
軽く笑いながら、そう話しかければ「ぽんっ」と音がして目の前で早乙女がゴリラになる。さっきまでの女子の姿から、厳ついゴリラの姿になるとギャップがすごかった。思わずぷっと吹き出してしまえば、早乙女は「ちょっと!」とぷりぷり怒りだす。
「自分でも気にしてるんだから言わないでよ! ほら、ゴリラになっちゃったじゃん!」
「ちょ、悪い悪い。でも本当に頭のてっぺんから爪先まで見事にゴリラになるんだな。ちょっと腕触ってみていいか? うわ、毛はふさふさだしムキムキじゃん」
「ちょっ、やめてよ!」
そんなやり取りをしていれば、自ずと他のクラスメートも面白がって集まってくる。次第に俺は早乙女に絡むのが日常になって、その度に俺はゴリラになる早乙女をまじまじと観察することになった。
当たり前だが、ゴリラになっていないときは普通の女子。ちょっと大柄だけど、スタイルはいい。顔はまぁ可愛い、と言えなくはない見た目で……だからこそ、雄々しい姿のゴリラになるのが面白くイジッてみたくなってしまう。
「もう! 猿渡の馬鹿! 今度ゴリラになったら、ゴリラの握力で全力パンチするからね!」
そう言い返す早乙女だが、声は明るく笑い交じりで……だから俺は、ゴリラになってもそこまでショックを受けていないのだと思っていた。あくまで「ネタ」として流してくれるのだと、そう思い込んでいた。
「早乙女って、犬塚と仲いいよな」
「犬塚と早乙女ってそんな接点あったっけ? なんか、いつの間にか仲良くなったよな」
それはたまたま、誰かがふと思い出したように口にした話題。咄嗟に「は?」と声を漏らした自分に驚いた。だがクラスメートたちはちょうど当事者である早乙女や犬塚がいないのをいいことに、あれこれ好き勝手言い始める。
「ひょっとして付き合ってんじゃねーの?」
「なんだ、お前ら知らなかったのか? あの二人、もう両想いらしいぞ」
「うっそ、マジで!?」
その一言に、どくんと胸が高鳴る。
顔は周りに合わせて、適当な笑みを浮かべている。けれど俺のそれは今、引きつったものになっているだろう。だがクラスメートたちは追い打ちをかけるように、ぎゃあぎゃあ言いながら犬塚と早乙女のことを囃し立てる。
「そういえば早乙女って犬塚と一緒にいる時はゴリラになんねぇよな」
「好きな人の前ではゴリラになりたくない、ってか? 早乙女、ゴリラになるの制御とかできんのかよ」
「そこはほら、『愛の力』ってヤツ?」
「うわ、ラブラブかよ」
お熱いねぇ、なんてはしゃぐクラスメートを前に俺は茫然と立ち尽くす。
あぁ、早乙女がゴリラになる時はきっとこんな気持ちなんだ。
ようやく理解したそれを、飲み込んだところで俺はようやく自分の気持ちに気がつく。
好きな子にちょっかいをかけるなんて、ガキのやることだと思っていた。自分はそうならない、そんな馬鹿なことはしないと妙な自信を持っていた。けれど、今の俺の喪失感はそうとしか言えないもので……平静を装い、何事もなかったような顔で話を聞く俺の中でただもどかしい気持ちだけが燻っていく。
俺も早乙女と同じ特性を持っていたら、きっと今ゴリラになっていただろう。
そんなことを思いながら、俺は思い切り拳を握りしめることしかできなかった。




