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六の話 呪術師はパンを食う


一週間は、瞬く間に過ぎていった。

その間、コウヤは剣を執り続け、可能な限りの研鑽を積んだ。とは言え、所詮は極短期間での付け焼き刃にすぎないが、彼は乾いた大地に雨が吸い込まれるようにしてメキメキと腕を上げていた。


生来の素質と、聖霊の加護。

そこに聖剣の支援が合わさった時、コウヤは一時的ながら師であるヴァロンに迫る力を発揮した。


当のヴァロンはその事実を笑って受け入れ、流石勇者だと称賛する一方で、天狗にならないようにと更に熱の入った指導を行う。

城の練兵場からは、気炎と剣檄の音が絶えることはなかった。


また、コウヤはこの世界──メイガルテンの基礎的な知識面についても学んでいた。王が用意した識者やメルティーア等に教えを乞い、必要分の学習を詰め込んだ。


その勢いは誰もが感心するほどて、貴族や周囲の人々は「さすがは勇者だ」と口を揃えた。

しかし、そうして彼を突き動かしたのはいかにも勇者的な使命感などではなく、純粋な危機感によるものだった。


コウヤは鈍感ではあるが愚鈍ではなく、人並みの危機察知能力は存在する。

たしかに使命感がないといえば嘘になるが、彼はこの一週間、鍛えれば鍛えるほど、学べば学ぶほど自らがただの一般人でしかないと痛感したのだ。


それが、周囲に期待をかけられ、大願を託されている。

自らのためにも、周囲のためにも、彼は強くなることに貪欲になろうとしたのだった。


そうして、彼は旅立ちの日を迎えることとなった。

城内の自室にて、勇壮な、しかし実用的な設計をされた旅衣装を見に纏い、勇者は目を閉じて静かに座っていた。


まだ、始まってもいない。

すべてはようやく始まるのだ。

不思議と心地よい静かな高揚感を、コウヤは感じていた。


一つ、気掛かりがあるとすれば、この一週間で一度もフィオレに会っていないことだ。


「どこに居るんだろうなぁ」


よもや謁見の間での一幕以降顔すら会わせないとは。果たして大丈夫なのだろうか。

打ち合わせとか要らないのか。

国家の大事の割には案外ずさんな計画性だと、コウヤは一人頭を悩ませた。


「勇者様、お時間に御座います」


二つ程のノックが鳴り、ドアの向こうから声が投げ掛けられた。


「ああ、分かった」


今さら悩んでも仕方がないと、コウヤは頭を切り替える。

どう転ぼうが、旅はこれから始まるのだ。

その中でよい関係を築いていこう。そう決めて、コウヤは傍らの聖剣を背負った。


部屋を出ると、声の主であるメイドが待っていた。

召喚された翌日の朝に初めて会った彼女も、この一週間で随分と顔馴染みとなったものだった。


「式典の準備が整いましたとのことです。皆様、城門にてお揃いで御座います」


「うん、了解した」


淡々と事務的に告げる口調も、慣れればそれなりに個性が見える。


コウヤは、異世界人である。

この世界には、守るべき者、縁深き地の無い異邦人だ。

だが、こうして世界に親しめば、守りたいものは見つけられるのだ。


「──行ってらっしゃいませ、勇者様」


「ああ、行ってくるよ」


守るべきはここにある。

城の人間たちには、よくしてもらった。

ならば、彼らを守ることの何が悪い。悪くない。むしろ、望むところだ。


魔王を倒すためにどれだけの試練が待っているかは分からない。しかし、そこに至るまでの一歩は、確実に踏み出さねばならない。


今まさに、その一歩を、踏み出すのだ。






(なんてことを考えていた時期が、僕にもありました)


出発の式典は恙無く終了した。入念な装備に身を固めた仲間たちと並び立ち、王の激励を賜り、イリーナ姫の微笑みを背中に受け、楽隊の勇猛な演奏をその身で感じながら、沿道いっぱいに手を降る都の民に送り出され、王都をあとにした。


彼らは、勇ましく旅立つ勇者一行を希望とし、差し迫る魔王の恐怖を退け、日々を強く生きるのだろう。

そして、勇者の帰還の際には今日以上の盛大な祝福でもって出迎える。そんな日を夢見るのだろう。


それは、素晴らしいことだ。


しかし、万人の期待を裏切るかのように。旅立ってより三時間、勇者は既に馬車を降りたくなっていた。


(くそぅ、思ったよりもキツかった。誰だ、追々頑張るとか考えたやつ……)


兎に角、馬車内の空気が悪かった。

馬車の通気性が悪いというわけではない。乗り心地も最高な二頭立ての高級車なのだが、乗っている面々の空気が酷いのだ。


王国全面サポートの元の旅であるため、物資や装備はどれも一級品。物語の勇者のように、ひのきの棒とはした金だけを手に放り出されないだけ、ましかもしれない。


しかし、流石にこれは無理だと、コウヤは仲間たちを眺めた。


メルティーアは続けば今にも破裂しそうな風船といった雰囲気で、一定方向に殺気混じりの視線を送り続けていた。

ヴァロンは、傍らの剣にいつでも手が届くよう、身じろぎ一つせず黙していた。メルティーアとはまた違った威圧感が滲み出ている。


それに対して。ちらり。コウヤは、反対側に目をやった。

馬車の座席は左右に別れ、対面に座す配置となっている。

右側には、ヴァロン、コウヤ、メルティーアの順で座り、向かいにはこの空気の原因とも呼べる二人──


「あ、あのさ、フィオレ」


「──なんでしょうか?」


この空気の中で平然としている少女、フィオレ。

閉じていたまぶたを開けば、綺麗な青の視線がコウヤへと注がれた。


「最初の目的地までは、どれくらいかかるんだったけ?」


「……そうですね。現在位置からですと、明日の昼過ぎには到着しているかと……あの、これ先ほども聞かれましたよね」


「そ、そうだっけ?あ、そうだったな。アハハハ」


「……?」


コウヤの勇気を振り絞った会話も、続かない。さもありなん。あれやこれやと似たような話題を振ったあげくに不発に終わるのは、三時間で五度目である。

馬車内で唯一まともに話しかけられそうなのが、彼女ぐらいなものだ。


コウヤには、フィオレの隣の──呪術師に話を振るほどの気概は無かった。そうすれば、左右の二人が爆発する気がしたからだ。

今朝がたの、出発前の顔合わせでの惨状が、彼を臆病足らしめていた。


(ヤバい……胃潰瘍になりそうだ……くそっ、休憩地点はまだか!?取り敢えず動きがないままだとずっとこの空気だ……!!)


「オィ」


声が上がる。呪術師だ。よりによって、抱え込んだ爆弾に火が着いた。

コウヤの両翼で、敵意が急激に渦巻き始める。


「昼飯ァまだか?」


時国は昼飯時。太陽は南天に座し、空はカラカラ晴れている。

絶好のランチタイム日和。


しかしその発言は、爆弾が爆弾を投下したのと同義だった。


「#иё〆*¥‰◆@♂△〜ッッ!!?」


メルティーアも爆発した。

見事なまでの、誘爆であった。




「メル、メル。そう怒るなって。ほら、丁度腹も減ってたし、いいじゃないか別に」


「別によくありませんわ!!あの不届きものと来たら!神聖なるコウヤ様の旅路の初めに泥を塗るような真似を!!」


「いや、俺は気にしてないし。ちょっと昼飯にするだけじゃないか。旅もまだまだ始まったばっかなんだし、抑えて抑えて」


「同じ空間に存在するだけで汚らわしいというのにッ!罪人風情がコウヤ様の覇道を停めるだなんて許すまじ許すまじィ……」


「いやいや怖い怖い。抑えて抑えて」


宥め透かしてメルティーアを落ち着かせながら、コウヤはちらりと後ろを振り返る。

結局、あの発言で馬車は止まった。

馬車としては速い一行の車は、王国中央部を離れ、街道と草原が広がるなだらかな丘に差し掛かっており、そこで停車し、休憩と相成った。


呑気なものだと笑われそうだが、コウヤからすれば、空気が入れ換えられるのは有り難い。

たかだか三時間の疲れで情けないようだが、彼の心境は、久々のシャバの空気を堪能するくたびれた出所者のそれに近かった。


彼ら二人の後ろでは、ヴァロンとフィオレが黙々と昼食の準備を行っている。ルクリューは、少し離れたところでボケッと空を見上げていた。



「準備ができましたよ」


「あ、はーい。ほら、お昼だ。取り敢えず今は行こうぜ、メル」


それでもブツブツいい続けるメルティーアに戦々恐々としながらも、コウヤは手を引いて歩きだした。

いつもならその行為だけで至福に満ちた顔を見せるのだが、それも無いというのはよほどの重症だ。


辺りはのどかな平原で、見張らしもよい。万が一敵が来ても即時対応できるという理由もあったが、コウヤはその風景に癒されていた。

昼食を摂りながら、彼は決意する。


(現状を、打破しよう……!)


このままでは身が持たない。現に、誰もが口を閉ざし昼食を口に運んでいる。

場所はピクニックなのに、漂う空気は葬式か敗戦国だ。


「あのさ、皆」


三人分の視線がコウヤを貫く。見てない一人は押して知るべし。しかし、今からコウヤが口に出すのは、その一人についてだった。


「フィオレはともかく、ヴァロンさんとメルに聞いてもらいたい。その、彼のことなんだけど」


そう言ってコウヤがルクリューに目をやれば、メルは露骨に、ヴァロンは密かに嫌そうな顔に変じる。

年長者の威厳というべきか、コウヤの言いたいことを察したらしく、ヴァロンが口を開く。


「……コウヤ殿の言い分は分かる。しかし、私は奴の侮辱を赦すつもりはない」


「そうですわよ!いくらコウヤ様のお願いとは言え、わたくしはアレを視界に収めることすらお断りですわ!!」


二人が頑なに拒むのも、なにも感情論が先だったわけではない。発端は、今朝の式典直前のことだ。


コウヤの心配をよそに、フィオレは普通に式典に姿を見せた。後ろに、黒ずくめのルクリューを従えていたが。

コウヤ達三人がルクリューと顔を会わせるのは二度目であり、一度目が悪印象だったことを回復しようと、コウヤは皆で自己紹介をしようと言ってしまった。

ややあって三人が名乗り、それに対する返しが、以下である。


『成る程、成る程。今回のバカ共はこの面子か』


『相変わらずの洟垂れと』


『ひょろ長いへっぴり騎士。腰の古くせぇ剣が格好いいぜ』


『喧しい小娘、だな。いや、キャンキャンウルセェから雌鳥だ』


『それに嬢ちゃんか。ヒャハハ、前の奴ら並みの阿呆共なら、今回のことも楽しくなりそうだなァ、オイ』


唖然であった。そして、爆発した。ヴァロンなどは、最早抜刀も辞さないどころか抜刀していた。コウヤが聖剣のブーストを駆使して阿鼻叫喚の場を何とか納めたとき、犯人は早々に馬車に乗り込んでいる始末。

申し訳なさそうなフィオレの表情に、何故だか親近感を感じたのは、コウヤが三時間後を予測していたからかもしれない。


そうしたことがあり、一行の空気からは『和』というものが死滅しているのである。


と、腰の剣の塚尻に指を伝わせ、ヴァロンは言う。


「私自身をなんと言おうが、そんなものに拘るほど若くはない。しかし、それが例え王であれど、この剣を侮辱することは、我が恩人に対する冒涜であり、看過はできん」


眦に確かな怒りを湛えながら、ヴァロンはルクリューへと視線を移した。

詳細は不明だが、彼の愛剣には相当の思い入れがあるようだ。彼にとっての、地雷である。


怒気に晒されたルクリューは、しかしどこ吹く風でパンを咀嚼していた。不老の呪術師も、普通に飯を食うのだ。


「ましてや呪術師風情に、この剣の誇りを汚されたのだ。許されるならば、その素っ首今すぐにでも叩き斬ってやりたいよ」


「ごちゃごちゃ喧しいンだよ、へっぴり」


「何だと……?」


火に油が注がれた。

ヴァロンの額に、くっきりと青筋が浮かんだ。剣の鯉口は今にも切られんばかりである。


「ち、ちょ、アンタ!」


「謝罪なぞは端から期待していなかったが、よくもまぁ口が減らんな。流石は歴史に謳われる悪党だ。見下げ果てた性根だな、呪術師」


「だから理屈がましいッてんだ。悪口一つに女子供見てぇにぐずぐずと。笑えんぜ。それで騎士サマってんなら、いつの間にかお前ンとこの国は随分と残念なことになってんなぁ」


「その口、今すぐ閉じろ。さもなくば」


「殺すぞォ、ってか。いいね、やってみな。殺し切れたらご褒美やるぜ、へっぴり?」


一触即発どころではない。まさに、殺し合いの前哨である。

コウヤも知らないほどに、ヴァロン・ライナーは激甚たる怒りに震えていた。

それは空気を圧迫し、仲裁すべきコウヤの体がすくむ程であった。


「ルクリューさん」


「……ぁン?」


「ヴァ、ヴァロンさんも落ち着いてくれよ!」


そこに、水を差す凛とした声。それに刺激されたか、コウヤも慌てて間に入った。

その間も、フィオレはルクリューに目を合わせ、訴えるように視線を交わし続ける。

一寸の緊張感が、場を満たす。


「……はん、分かった分かった。ここは、そうさな、俺が引くぜ。なに、ちょっとした挨拶代わりさ、気にせず流してくれや」


なんとも理不尽なことを、ルクリューは平然と言った。口では引き下がった体で、より喧嘩を売っている。

当然、それで収まるヴァロンでもない。


「それで済むとでも思ったか!」


「熱くなんな。旅ァ始まったばっかだろうがよ。それに、テメェも剣士なら、槍働きで示してみせろや。俺に嘗められねェように、なァ」


もっともらしく言うルクリューを、ヴァロンは一層皺を深めて睨み付ける。しかし、これ以上は本当に殺し合いになるだろう。

僅か一日も待たずして喧嘩別れなど、期待をかけてくれた王に対して申し訳がたつはずもない。

ヴァロンとしても、それは本意ではなかった。


「貴様なぞに、言われるまでもない……!!」


彼は深く息を吐くと、ゆっくりと鯉口を納めた。しかし、苛立ちは消えないのか最後に舌打ちを一つ吐き捨てた。


(なんとか、収まった、か……)


コウヤは、安堵の息を吐く。

そして、事態がより悪化したことに気がついた。ルクリューはともかく、ヴァロンの彼に対する印象は、最早修復不可能では……?


(いや、まだ諦めないぞ。そうさ、先は長いんだ……あれ?)


ふと、首をかしげた。今の一幕で、聞きなれた甲高い声が一切しなかった。

コウヤがメルティーアをちらりと窺えば、そこには、相変わらず不機嫌極まっている美少女が。


しかし、見ている先にいる者が、呪術師ではなかった。

メルティーアの苦りきった視線の、その先にいるのは──


(フィオレ?)


飄々と昼食に戻ったルクリューに向けて、何事かを小さく言い含めている。

端から見れば、年の離れた兄妹にも見えるような気安さが、垣間見得た。


(あの二人は、仲悪くないのか……?さっきもフィオレの言葉で引き下がったし)


意外だと、コウヤは思った。 真面目な少女と悪辣な悪党の関係にしては、刺がない。


ふと、イリーナの言葉がコウヤの頭に浮かんだ。


「宜しく、か。俺、要らなさそうだなぁ」


メルティーアの視線の意味も気になったが、今のコウヤに更なる騒動を乗り越える気力はない。


(まだ、先はある。そう、明日やろう。そう、明日……)



結局、ギスギス感が増したままに昼食は終わった。

コウヤが次に場の不協和音から解放されるのは、夜も暮れた後のことであった。




tobecontinued……

明日やろうは、バカ野郎だ!

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