序の話 異世界トリップ
連載六本目
私なんて死ねばいい
「―――暗い、暗いぞぉ、誰かランプ持って来い」
光という存在を忘れ去ったような暗黒の空間。
そこに響く声が一つ。
「あ、やっぱランプいらねぇ。そうだ、暇だ、暇すぎる。なんか暇つぶし持って来い」
人間の精神とは簡単なことで異常を来す。
常人ならば数分もいれば気が狂う、暗黒の冥府。
だが、その声は何ら揺れることはない、『普通』の声色。
―――それこそが、最大の『異様』
「退屈だ。退屈すぎて死にそうだ。何回言ってんだよ、コレ。知るかよ。数えてるわけあるか阿呆が。誰が阿呆だ!あぁ、俺か。
アル、アルはどこ行った?あぁ、そうか。死んだんだった………あー、退屈だ。退屈すぎて死ねる―――まぁ、死ねないんですけどー」
ハハハハハと、乾いた嗤いを漏らす声の主。
闇の中にそぐわぬ緩んだ声が、一層の異様を煽り立てる。
「ふぅ………虚しい、俺は虚しいぞ、ハーロック。とうとう独り言で会話しちまったよ………うむ、寝るか」
何一つ変化をもたらさない停滞する闇。
その中で停滞する声は、やがて宣言通り眠ろうと静かになり――――
「―――あぁ?」
何かを感じ取った。
「―――ははぁ、コレはコレは………楽しそうなことしてやがるなぁ。イイねぇ、イイねぇ」
変化の及ばぬ空間にありながら、『外』の小さな変化を感じ取り、声の主はそこに喜色の色を混ぜる。
先ほどまでの気怠げな、諦観と退屈にまみれた声音はそこになく、あるのは昂揚と期待に彩られた悪辣な声音。
それが響いた瞬間、声の主の『存在』はがらりと一変した。
闇を塗りつぶす勢いの闇。暗黒の更なる深みを行く深淵の黒。
『彼』の体が、気配が、感情が。
闇の中で、より強大な闇を纏う存在として蠢いた。
「―――なぁ、俺も混ぜろよ」
まるで『呪い』のように響いたその言葉。
そう呟いて何時間、何日経っただろうか?
しかし、悠久と言っても過言ではない時をそこで過ごした『彼』にとっては刹那の時間。
そうして、その時は来た。
その呟きが聞き届けられたように。
閉ざされた闇の空間に、場違いな一筋の光が射し込んだ。
世界に『深淵』が解き放たれた瞬間だった。
――――闇の変動より時は遡ること三日間。
時は現代、場は日本。
そこに生きる一人の少年が、不可思議な現象に巻き込まれていた。
「な、何だよこれって……!?」
黒髪黒目の日本人然とした容姿ながら、あらゆる人間の目を引くような凛々しい顔立ちをした少年。
それなりの身長を有し、鍛えられた引き締まった体は、強さだけでなく美しさすら感じさせる。
彼の名は石蕗 昂矢。
齢は17。現在高校二年生の少年だった。
どこにでも居る、普通の高校生を自称する少年。
だが、彼はひどく狼狽していた。
何故なら、それまでの人生ではついぞ体験しなかったような事態に今まさに巻き込まれていたからだ。
家へ帰ろうと学校を出てすぐ、歩道橋を渡った彼の目の前に、幾何学的な紋様が突如として現れた。
『空中』に描かれるという異様なソレ。
更に言うならば、それがすさまじい速度で彼に迫ってきていた。
「ちょっ、待っ―――」
少年――コウヤは為す統べなく、それに飲み込まれた。
そして、少年はこの世界から姿を消した。
sideコウヤ
「お待ちしておりました、よくぞ我等にお応え下さりました、勇者殿」
「は――――?勇、者?」
訳の分からん模様に飲み込まれた次の瞬間。
俺の目の前にはアニメみたいな格好―――魔法使いっぽい?―――をしたオッサンが立っていた。
しかもその口から飛び出したのは『勇者殿』なんていう時代錯誤な言葉。
格好と言い、言動と言い、この人はそういう遊びでもやっているのだろうか?
「どうかなされましたか?」
「えっ?いや、えーと………」
停止していた俺に声をかけるオッサン。
それにちょっとびっくりした俺は、目線を辺りに散らす。
そして気づいた。
見るからに豪奢な内装。
オッサンの後ろに立ち並ぶ似たような格好の奴ら。
立ち並ぶ兵士みたいな格好の奴ら。
そして、玉座のようなもの―――と、そこに座る王様みたいなオッサン………あ、その隣にいる女の子可愛いな………って!!
「どこだよ此処は!?」
少なくともさっきまで居た歩道橋とは似ても似つかないだろ!
思わず叫べば、魔法使い(仮)のオッサンが説明しだした。
「此処はメイガルテンと呼ばれる世界、ファージール王国でございます。異界の勇者殿。私めは宮廷の筆頭魔導師を勤めさせていただいております、ガインスと申します」
メイガルテン?ファージール?何言ってんの?
つーか魔導師って、オッサンやっぱり魔法使いだったのか。
オッサンは更に言葉を続ける。
「此度は被害を増す魔王の脅威に対して、勇者召還の儀が執り行われたのでございます。魔王を討ち滅ぼすことのできる英雄を。そして、貴男様は我等の呼びかけにお応え下さったのです」
―――何か知らないが、これは、よくある『異世界召還』という奴だろうか?
魔王やら討ち滅ぼすやら物騒な単語が出てきたな。
アレ?マズいんじゃないか?俺が勇者ってことになってるなら………
「ガインスよ、話は付いたか」
「これは、陛下……!勇者殿は未だ此方のことをお知りではないようです」
玉座っぽいとこに座っていたオッサン。
陛下……つまりは王様か。その人が魔法使い(仮)もといガインスさんに話しかけている。
「よかろう、我が直々に話してやろう。勇者よ、こちらに」
「勇者殿、前へどうぞ」
ガインスさんに押され、王様の前に引き出された。
えっ!?いきなり謁見イベント?
まぁ玉座の間で行われてる儀式っぽいし、手間を省いてんのかな?
「まずは聞こう、勇者よ、そちの名はなんと申す?」
「……昂矢、石蕗 昂矢です」
いきなり一国の王と対談とか、やめてほしい。
俺は平凡な高校生だぞ?
上流階級の作法なんか、わからないって!!
「ふむ、ツワブキ コウヤか……先代と似た響きだ。やはりそちは同じ世界より召還された勇者で間違いないな。では此方も名乗ろう、我が名はエドワース・フィル・バレス・ファージール。ファージール王国の王である」
王様は、いかめしく立派なお名前をお名乗りになった。
いや、その前な。
何やら先代とか同じ世界とか聞こえたぞ?
同じ境遇の人が居るのか?これは会った方がいいだろう。
「あの、先代と言うのは?」
「ふむ、千年前、先代魔王の脅威に際し、当時の王が召還させた勇者のことだ。彼は見事魔王を討ち、世界を平和に導いたと伝わる」
千年?千年前?
はい死んでますね。
ちくしょう、のっけから躓いた気分だ。
この後、王様は今再び魔王が現れ悪事の限りを尽くしているとか、
その被害がヤバいことになってきたとか、
勇者こそが魔王を討ち果たせる唯一の存在だとか、
そちに期待しておるだとか言って来た。
「では、勇者コウヤよ!世界の命運はそちにかかっておる!頼んだぞ!」
おおっ!みたいな感じで王様が締めて、謁見イベントは終わった。
俺ほとんど喋ってないよ。
すごい勢いで勇者として持ち上げれたよ。
気づいたら玉座の間から退出して、なんか客室に案内されていたよ。
「では、こちらでおくつろぎ下さい、勇者殿」
「あ、どうも………」
案内をしてくれた侍女はぺこりと礼をして去っていき、部屋には一人、俺だけが残された。
「おいおいおい、展開早いよ。普通は『勇者よ、世界を救ってはくれんか?』『はい/いいえ』ぐらいあるだろ?」
部屋にあったふわふわのベッドに横たわりながら、俺はひとりごちる。
「なんなんだよ、もう………」
急な展開に頭は着いていかず、その日は流されるままに眠りについていた。
俺がこの世界の現実を受け入れ、勇者として旅立つのを決意したのは、翌日のことだった。
そして、この世界で一番タチが悪くて、一番訳が分からなくて、ある意味一番厄介な存在に出会うまで、後三日………
―――深夜、玉座の間にて。
そこにはファージール王と一人の大臣が居た。
「陛下、やはりもう『あの牢』の術式は限界かと………」
「ふむ、よりにもよってこの時期に厄介なものだ……待て、そうだ、この時だからこそ………『アレ』は、御せるのではないのか?」
「その業はあると聞きますが……危険が過ぎるのでは?」
「多かれ少なかれ『奴』は何をどうしても危険だ。だからこそ、かの大賢者はその秘術を残したのだろう。それを今使わない手はない」
「確かに………では勇者殿に『アレ』の手綱を握ってもらうので?」
「うむ、勇者には大賢者の血筋も供に付ける。それで『奴』は飼い殺せるだろう。魔王辺りとうまいことつぶし合ってくれれば、それだけで我が国にとっての禍根は断たれるのだからな」
「ではそのように手配いたします」
「うむ、抜かるなよ」
「御意……」
そして、一人の影―――牢番を司る刑部の大臣が退出し、そこには王一人が残った。
王は、玉座に背を預け、召還されたばかりの勇者の顔を思い出す。
「勇者は手にした、大義は得た……これで『奴』を御しきることが叶えば………」
ニタリと歪んだその顔は、自国に、自身の元にもたらされる『力』を悦ぶ喜悦に染まっていた―――
To Be Continued ………
まだ主人公は出てきませんが
次も出ません
次次回出るはず