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夜はまだ、名を持たない  作者: 玉三


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2/2

1幕

この国では、眠る時間になると窓を閉ざす。


鍵を掛けるためではない。

風を防ぐためでもない。


光を遮るためだ。


家々には、夜のための布が備えられている。

分厚く、重く、染料を幾重にも重ねた黒布。

それは代々繕われ、受け継がれ、家具や食器と同じように生活の一部として扱われていた。


日が傾き始めると、人々はその布を窓に掛ける。

隙間が残らぬよう丁寧に、指先で押し込みながら、光を閉じ込めていく。


すべての窓を覆い終える頃、家の中はようやく薄暗くなる。

それを確認してから、人々は食事を摂り、火を弱め、寝具へ入る。


暗闇を作らなければ、人は眠れない。


それが、この国の常識だった。


子どもたちは、生まれたときからそれを教えられる。

眠る前には、必ず窓を閉ざしなさい。

光を残してはいけません。

夢は、暗い場所でしか訪れないのだから。


もっとも、夢を語る者は少なかった。


昼は長く、夜は訪れない。

太陽は沈みはするが、空は完全には暗くならない。

西の地平はいつまでも鈍く輝き、影は消えきらず、世界は薄明のまま留まり続ける。


人々はそれを、穏やかな時代の証だと言った。


闇が世界を覆わなくなってから、獣害は減り、盗賊も姿を消し、街道は安全になった。

灯りの消えない街は商いを繁盛させ、学者は夜通し研究を続け、職人は手を止める理由を失った。


誰もが、世界は良くなったと信じていた。


だが、布を掛けるとき、

ほんのわずかに手を止める者がいる。


窓辺に残る光を見つめ、

それが消えていく様子を確かめてから、

そっと息を吐く者がいる。


その理由を、本人すら言葉に出来ない。


医師たちは、近年増えた不調について議論している。

原因の分からない倦怠。

理由のない焦燥。

眠っているはずなのに、休まらない疲労。


それらは流行病ではなく、怪我でもなく、まして呪いでもない。

ただ静かに、人の内側を削っていく。


それでも人々は、黒布を掛け続ける。


それが、正しい眠り方だと教えられてきたからだ。


そして、この国には、もうひとつの習わしがある。


年に一度だけ、

その布を掛けてはならない日がある。


その夜、空は完全に闇に沈み、

星が現れると言われている。


それを見たことのある者は、ほとんどいない。

その日だけは誰もが深く、深く意識を沈め眠ってしまうからだろう。

空を見上げようと起きている子もいるが、微睡みには抗えず気が付くとまた薄明かりにいるのだ。


人々は毎年、その日を恐れ、同時に待ち望んでいた。


まるで、忘れてはならない約束のように。

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