1幕
この国では、眠る時間になると窓を閉ざす。
鍵を掛けるためではない。
風を防ぐためでもない。
光を遮るためだ。
家々には、夜のための布が備えられている。
分厚く、重く、染料を幾重にも重ねた黒布。
それは代々繕われ、受け継がれ、家具や食器と同じように生活の一部として扱われていた。
日が傾き始めると、人々はその布を窓に掛ける。
隙間が残らぬよう丁寧に、指先で押し込みながら、光を閉じ込めていく。
すべての窓を覆い終える頃、家の中はようやく薄暗くなる。
それを確認してから、人々は食事を摂り、火を弱め、寝具へ入る。
暗闇を作らなければ、人は眠れない。
それが、この国の常識だった。
子どもたちは、生まれたときからそれを教えられる。
眠る前には、必ず窓を閉ざしなさい。
光を残してはいけません。
夢は、暗い場所でしか訪れないのだから。
もっとも、夢を語る者は少なかった。
昼は長く、夜は訪れない。
太陽は沈みはするが、空は完全には暗くならない。
西の地平はいつまでも鈍く輝き、影は消えきらず、世界は薄明のまま留まり続ける。
人々はそれを、穏やかな時代の証だと言った。
闇が世界を覆わなくなってから、獣害は減り、盗賊も姿を消し、街道は安全になった。
灯りの消えない街は商いを繁盛させ、学者は夜通し研究を続け、職人は手を止める理由を失った。
誰もが、世界は良くなったと信じていた。
だが、布を掛けるとき、
ほんのわずかに手を止める者がいる。
窓辺に残る光を見つめ、
それが消えていく様子を確かめてから、
そっと息を吐く者がいる。
その理由を、本人すら言葉に出来ない。
医師たちは、近年増えた不調について議論している。
原因の分からない倦怠。
理由のない焦燥。
眠っているはずなのに、休まらない疲労。
それらは流行病ではなく、怪我でもなく、まして呪いでもない。
ただ静かに、人の内側を削っていく。
それでも人々は、黒布を掛け続ける。
それが、正しい眠り方だと教えられてきたからだ。
そして、この国には、もうひとつの習わしがある。
年に一度だけ、
その布を掛けてはならない日がある。
その夜、空は完全に闇に沈み、
星が現れると言われている。
それを見たことのある者は、ほとんどいない。
その日だけは誰もが深く、深く意識を沈め眠ってしまうからだろう。
空を見上げようと起きている子もいるが、微睡みには抗えず気が付くとまた薄明かりにいるのだ。
人々は毎年、その日を恐れ、同時に待ち望んでいた。
まるで、忘れてはならない約束のように。




