0.プロローグ
昔、人々は暗闇を恐れ、或いは崇めていた。
朝日が昇り、世界に明るさが満ちると、得体の識れぬ恐怖が遠ざかっていくように思われた。
光は輪郭を与え、色を生み、道を示した。
人はそれを祝福と呼び、疑うことはなかった。
だが、陽が沈むと世界は形を失う。
何も見えない暗闇では、身動きが取れない。
人はただ身を寄せ合い、耳を澄まし、息を潜め、眠るしかなかった。
夜は静寂をもたらしたが、同時に、何かが潜んでいると信じられていた。
それが獣であったのか、精霊であったのか、それとも己の心が生み出した影であったのか。
その正体を知る者はいなかった。
それでも人は、夜を見上げることをやめなかった。
暗闇の天に散る無数の光は、恐怖の中でただひとつ、手の届かぬ慰めであった。
――そしてある日。
闇の中に、眩しく、熱を帯びた明を見つけた者がいた。
火。
それは夜に抗う最初の光であった。
小さく、脆く、それでいて確かな力を持つ灯火。
人々はその光を囲み、震えながらも笑った。
影は揺れ、暗闇は押し退けられ、夜は少しだけ遠ざかった。
そうして人は、夜を灯す小さな明かりを手に入れた。
やがて火は増え、光は広がり、闇は退いた。
人は暗闇の奥へ踏み入り、恐怖を名付け、理解し、征服していった。
そしていつしか、人は思い始めた。
夜とは、本当に必要なものなのかと。
光があれば、恐れるものはないのではないか。
闇があるから、人は震えるのではないか。
夜があるから、人は星に手を伸ばせないのではないかと。
その問いに、答えを与えた者がいた。
それが、祝福であったのか。
それとも、最初の罪であったのか。
その時代を生きた者は、もう誰も語らない。
ただひとつだけ、古い言い伝えが残っている。
星に触れた者は願いを叶える。
だが、その代償を支払うのは――夜であると。




