契約書なんて作った事ないんだが
自己紹介を終えた2人。続けて300万を融資の条件を取り決める。有栖川は無事借りれるのか…?
「大体お互いの事は分かったし、次は融資の内容ちゃんと決めるぞ」
部屋には僅かに夕陽が差し込んでいる。ニコニコファイナンスの支払いを控えている俺は本題の融資の話に取り掛かる。
「借りる側なのになんでそんな偉そうに仕切ってるんですか?融資やめちゃおうかな…??」
冗談っぽく言うが、それだけは…やめてくれ。死ぬぞ。
さよなら絵梨。雛か。
「申し訳ありませんでした。胡桃沢様」
「露骨すぎてなんか逆にムカつきますが!」
そう言うと、ごそごそと胡桃沢はバッグから白いノートパソコンを取り出しテーブルの上に置いて起動させた。手際よくWordを開き、パチパチとキーボードを打ち込み始めた。
「じゃあ今迄のお話を整理して書いていきますね。まず融資額は300万。えーと…融資に当たっての条件は下記に記すものとする。っと」
ぱちぱちとタイピングを続ける
そこそこ打ち慣れているようだ。たどたどしさはない。
1.融資を受けた後甲が代表の法人に完済まで勤務するものとする。尚途中で退職した場合、残額を一括で返済するものとする。またその他いかなる事情でも退職て一括返済ができなかった場合、裁判を実施するものとする。
「ここまでで違和感ありますか?」
咄嗟に打ち込んでる割にはちゃんとしている。学生なのに大したもんだ。
「うーん…違和感はないけど。仕事辞めたら終わりだしなんか胡桃沢に生活の全てを握られてる気がするんだが…?」
「女の子の連絡先を追加する時は必ず私に報告して、あと飲み会に行ったら必ず現場の写真を共有して下さいね?」
「それは本物の束縛彼女な」
実在するのかな。たまにSNSにいる束縛彼女。GPSを常に持たされるとかいう。韓国のムショ出?
「まあ、確かに仕事と生活は一体になりますけどね…それぐらいは頑張ってほしいかもです。」
胡桃沢入力続ける。
2.3年以内に完済するものとする。万一契約終了時点で残額が生じていた場合、返済方法は協議するものとする。
「返済期間は3年間ってこと?」
「ええ無限にしてしまうとキリがないですからね。逃げられても嫌ですし」
300万÷36ヶ月だからええと。月約9万かぁ…
割と引かれるな。大丈夫かな。
ていうか給料どれくらいなんだろうか?
「確認なんだが、俺の会社の給料ってどのくらいなんだ?」
この9万が現実的かどうかは月給にかかってくるからな。
「はぁ」
「おいおいなんだよその反応」
「それは有栖川次第ですよ。だって稼いでくるのは有栖川さんで私は資本金提供するだけですから。」
「じゃあ場合によっては収入0か?」
「どのみち、今有栖川さん収入が0だったとしても今と大差なくないですか?副業してもいいんで、暇な時間はバイトしてもらえれば」
「手厳しいがその通りではあるな…」
「私も頑張りますが、有栖川さんは死ぬ気で頑張ってほしいです。まあそれでも、もし家賃すら払えない状況になったら私の部屋で暮らしてもらっても構わないですよ」
「え、本気かよ」
「ええ、廊下で生活はなかなか窮屈かと思いますけど…でも牢屋での生活してたころよりはマシかと。」
「俺に逮捕歴はないぞ」
「お風呂も洗面もトイレも使えないのは厳しいかもしれませんが」
もうそれは牢屋以下だと思った。
「あくまで雇用条件と融資条件は別だからな。雇用条件はまた会社の設立時に話そう。一旦融資条件要約すると、胡桃沢の会社で働く事、辞めたら一括返済、3年以内原則返済だな。あとは何かあるか?」
「まとめるとそうですね。さらっとしてますけど大丈夫でしょうか。有栖川さん借用書マスターですよね?違和感ないですか」
まあ、正直極めている。
常に金を借りれるよう印鑑を持ち歩いているし。
緊急連絡先のために両親の電話番号も暗記している。
改めてワードファイルを覗き込む。
意外と様になっている気がするがどうだろう…
「…あ、分割の返済日と利息の記述がないな」
「そうですね。でも利息なんて言わなきゃいいのに」
「折角貸してくれるのに、利息払ってあげないと失礼だからな」
「なんなんですかその謎の正義感。かっこよくもなんともないですよ?」
「別に胡桃沢にかっこつけてもしょうがないだろ。ただのポリシーだよ。どうする?利息と分割返済期日は」
「そうですね…じゃあ利息は無し、分割返済日は給料日合わせにしましょうか。最低3万は返済という事でどうですか?」
「えっ…利息は無しでいいのか?」
ん?胡桃沢って慈善団体様なのか?
「さっきも言いましたが別にお金儲けは目的はないので。会社で頑張って成果上げてくれればいいのです」
「そうか…ありがたいが…なんか利息無しも、気が引けるんだよなぁ」
そういうとまたソワソワし出したが、恐る恐る提案をしてきた。
「じゃあ…あの、代わりに毎月お部屋の掃除手伝ってくれませんか?それが利息でいいです。」
は?こいつ怠惰女子と自認してるだけはあるな。
利息にハウスキーパーとはどういう発想だ。
「大喜利?」
「違いますよ…さっき掃除の時手際良かったし意外と綺麗好きな感じがしました。少なくとも私よりは」
胡桃沢よりなら、大半は綺麗好きに分類されてしまうんだが。
「まあ…それでいいならいいぞ。でも俺の掃除をあてにして、自分でやらなくなって怠惰が加速しても責任取れないからな」
「なるほど…じゃあこの条項だけ私が死ぬまで有効にしようかな」
コクコクと頷きながら呟く胡桃沢。
「一生怠惰でいるつもりかよ」
というか一生は流石にきついんだが。
俺の質問に対して、笑顔で答える。
「そうですよ、だってポリシーですから!」
ドヤ顔で放つポリシー。内容はダメ人間宣言。
「そんな事でカッコつけられても困る」
「カッコなんかつけてないですよ。有栖川さんにカッコつけたとしても、ノーベル賞受賞者が専門チームを組んで研究して、ようやくバクテリアレベルの有益性が発見できるかどうかですから」
そんなに暇なノーベル賞受賞者がいてたまるか。
「その頭脳が集まれば流石にミジンコくらいの意味は見出せるだろ」
「えっ…ミジンコの方が大きいんですか?」
「ミジンコはバクテリアの1000倍以上大きいぞ」
「へぇーどうでもいい事詳しいですね。バクテリア未満の知識かもですが参考になります。」
この会話の意味の小ささをもう例えようもなかった。
「なんか胡桃沢と話してると話が進まないな」
「私は怠惰ですが、無駄なことは意外と好きなんです」
「俺との会話は無駄なんだな」
「ええ、だから意外と好きですよ?」
嬉しそうにそう言った。
胡桃沢は恥ずかしい事を平気で言う時がある。
天然なのかもしれない。
「じゃあ掃除も契約書に書いて良いぞ。特別だからな。」
「ありがとうございます!もし頑張る気になったら掃除は免除してあげますからね」
そういって契約書再びにタイピング開始した。
乙は、月1回迄甲の希望に応じて甲の住居の掃除の手伝いをするものとする。この条項に限っては、債務が消滅した後も有効とする。尚、甲が当条項を不要と認めた場合は、この条項は無効とする。
「これでいいですかね?有栖川さん」
「ああ…OKだ。」
その他保管方法や日付など細かいところは修正を指示して完成させた。
「じゃあ早速印刷して…」
プリンターから印刷した紙に俺は押印し署名した。胡桃沢も引き出しから、そそくさと印鑑を取り出して続けて押した。
「よし…じゃあこれで契約成立です。」
謎の達成感に包まれながら、胡桃沢は紙袋に入った札束を100万の札束を3つテーブルの上に置いた。
「はい。300万です!どうぞ!」
ぷはーっともう一度ビールを飲む。良い飲みっぷり。
300万を手にする俺。ああああああああ…
ありがとう胡桃沢様…感謝しても仕切れない
「本当にありがとう胡桃沢。俺会社頑張るから」
改めてお礼を伝えた。
俺もビールをぐびっと飲んだ。なんて美味しいんだ。
「一応もう一回お金数えますか。額も額ですし。」
「それもそうだな。一緒に数えよう」
2人とも結構酔っ払っていたようだ。
札束はきちんと300万だったのだが、
何回やっても金額が合わず確認できた時にはすっかり夜になっていた。
胡桃沢の家にあった雑貨屋の紙袋を貰い300万を詰め込んだ。
「もう大分遅いし、会社の話はまた今度にしよう。」
時間も遅いし今日は疲れた。一旦リセットしたい。
支払い手続きも終えたいし。
「もう20時ですもんね。そうしましょうか。あ、じゃあLINEだけ交換しておきましょう」
慣れた手つきでQRコードを差し出されたので、読み取り友達追加した。
「有栖川さんアイコン初期のままですね。つまらないな。」
「別にこだわりないからな。困らんし」
「どうせなら300万の札束にしたらどうですか?」
「闇バイト勧誘アカウントと勘違いされるぞ」
「勧誘された事ないのでそのツッコミはわかんないです」
そりゃそうだな。俺がおかしい。
「お前のアイコン…意外と陽キャだな。」
フェスでビールを片手に笑顔の胡桃沢たった。
「いやだから周りにはズボラ隠してるんですよ。カモフラの為です。
なるほど、これなら周りはズボラ女子とは思わんな。
大分キャラ違うが。
「だから今話してる本物の私は結構レアですよ?」
「それはラッキーって喜ぶのが正解なのか?
そんな事で運を使いたくないんだが」
「そんな事って言わないでくださいよ!」
運を使いたくないのは、本心ではあったがやっぱり陽キャの胡桃沢よりは怠惰な胡桃沢の方が気を遣わなくていいかもな。
キラキラ輝く偽胡桃沢のアイコンを見ながらそう思った。




