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皇帝のバリスタ  作者: Lucy M. Eden


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7/7

<7>

ロンドン中心部、歴史を刻んだ重厚なマナーハウスで開催される『クリスタル・ガラ』。数千個のクリスタルが煌めくシャンデリアに照らされ、会場はシャンパンの泡のように華やかな喧騒に包まれていた。だが、その喧騒は、階段の上に一人の女性が姿を現した瞬間、奇跡のような静寂に飲み込まれた。


クロエ・サマーズは、深いミッドナイトブルーのシルクドレスを纏い、階段に手をかけていた。彼女の白い肌は紺青の布地に映え、その灰色の瞳は、会場のどの宝石よりも気高く、瑞々しい輝きを放っている。これまでカウンターの中で自分を律してきた彼女が、今夜、ジュリアンの手によって「全ロンドンの至宝」へと変貌を遂げていた。


会場の入り口付近で、数人の投資家を相手に数十億ポンドの買収案件を冷徹に指示していたジュリアン・ヴァンスは、彼女の姿を認めた瞬間にすべての思考を停止させた。


「……あとの交渉は秘書を通せ。今夜、私の時間はすべて売約済みだ」


ジュリアンは冷淡にビジネスパートナーたちを追い払うと、獲物を見つけた猛獣のような、それでいて愛しくてたまらないという熱を帯びた瞳で、真っ直ぐに彼女の元へ歩み寄った。


「……来てくれたんだな、クロエ。君のその美しさに、私の心臓が止まるかと思った」


ジュリアンは階段の途中で彼女を待ち受け、その細い腰を強引に引き寄せた。周囲に集まる羨望と好奇の視線を、彼は誇示するように跳ね返す。


「ヴァンス様……。皆さん、こちらを見ています。少し、近すぎませんか?」


「ジュリアンと呼べと言ったはずだ。……それから、視線については諦めてくれ。君が私の唯一のパートナーであることを、今夜は全世界に刻み込むつもりだからな」


ジュリアンは彼女の耳元で低く囁くと、その指先を彼女のうなじへと滑らせた。これまでのプレイボーイとしての余裕など、今の彼には微塵もない。ただ一人の女性を独占し、甘やかしたいという本能的な熱が、彼のネイビーの瞳を紺青に染めている。


会場に響き渡るワルツの調べ。ジュリアンはクロエをダンスフロアへと連れ出し、その手を取り、もう片方の手で彼女の背中を抱き寄せた。


「……君は、私の人生に現れた、たった一つの『真実』だ。金でも名誉でも買えなかった、あの琥珀色の安らぎ……。クロエ、君なしでは、私はもう皇帝の椅子に座ることさえ苦痛だ。君の淹れるコーヒーと、君という存在そのものが、私の命を繋いでいる」


ジュリアンの剥き出しの告白に、クロエの胸は激しく波打った。これまで孤高に生きてきた彼女。誰にもほだされず、一人の力で立ってきたはずの彼女の心が、ジュリアンの圧倒的な熱量と、自分だけに向けられる無防備な独占欲の前に、心地よく崩れ去っていく。


「……ずるい人。そんな風に言われたら……私はもう、あなたのいないカウンターには戻れないわ。私のコーヒーを、あんなに正しく愛してくれたのは……ジュリアン、あなただけだった」


クロエが初めて、自分から彼の胸に顔を埋めた。その瞬間、ジュリアンの理性は限界を迎えた。彼はダンスを止め、全社交界の注目を浴びる中、彼女の顎をそっと持ち上げ、その震える唇を奪った。


それは、どんなヴィンテージ・ワインよりも芳醇で、どんなコーヒーよりも濃密な、真実の接吻。これまで凛として生きてきたクロエの身体が、ジュリアンの腕の中で甘く溶かされ、極限までほだされていく。


会場の外では、雪がロンドンの夜を清めるように舞い始めていた。二人は喧騒を後にし、待機させていたベントレーに乗り込んだ。


「……今夜は、君を私のプライベート・スイートへ連れて行く。君を全ロンドンの男から隠して、朝まで甘やかさせてもらうよ」


車内の最高級のレザーに身を預け、ジュリアンはクロエを自分のコートの中に抱き寄せた。不動産王としての冷徹な仮面を脱ぎ捨て、ただ一人の男として彼女を溺愛するジュリアンと、彼の熱に巻き込まれ、最高の幸せを知ったクロエ。



翌朝。冬の柔らかな朝日が、『エメラルド・ビーン』の磨き上げられたカウンターに差し込んでいた。クロエはいつも通り、完璧な所作で最初の一杯を淹れようとしていた。だが今、その背中を、大きな腕が優しく、かつ強引に包み込んでいる。


「……ジュリアン。離してください。これではお湯が真っ直ぐ落ちません」


クロエが困ったように、けれど幸せそうに微笑む。背後から彼女を抱きしめているのは、既に完璧なスーツを纏った不動産王、ジュリアン・ヴァンスだ。彼はこれから数十億ポンドの契約を控えている身でありながら、出発の直前まで、この「琥珀色の聖域」から離れようとしない。


「いいじゃないか。今朝の私の『ガソリン』は、まだ補給されていない。……コーヒーも、君からの愛もだ」


ジュリアンは彼女の首筋に顔を埋め、その柔らかな香りを深く吸い込んだ。


「……あなたの秘書からさっき電話がありましたよ。会議の時間が迫っているそうです。あなたはロンドンを動かす不動産王なんです。早くお仕事に行ってください」


「ふむ。私の時間を、私以上に気にするバリスタか。……ますます手放したくなくなる」


ジュリアンは彼女を自分の方へ振り向かせ、その指先を慈しむように取った。


「君はここで、世界で一番のコーヒーを淹れていればいい。私は外で、君とこの店が永遠に輝き続けるための城を築いてくる。……そして、一日の終わりには、君が淹れるあの一杯を、私一人のためだけに用意しておいてくれ。……いいな?」


ジュリアンは彼女の唇に、甘く、独占的な名残を刻んだ。


「……ええ。お仕事、頑張って。……ジュリアン」


クロエの呼びかけに、ジュリアンは満足げに瞳を細め、颯爽とベントレーへと向かう。琥珀色の香りと、雪解けの光に包まれて。至高のバリスタと、彼女を溺愛する皇帝。二人の、最高に甘美でラグジュアリーな毎日が、今ここから始まった。

最後までありがとうございました。

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