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第9話

 嘘みたいな話だが試験には合格していた。元々選んだ学校も偏差値はそこまで高くなかったが、夏休みの頃の僕からすれば夢のまた夢。偏差値は低くはない普通の高校。普通以下の僕からすれば、大成功と言って良いに違いない。きっと、もう中学時代の人達には会わないだろう。友達と呼べる人もいなかったし。いや、いないだろう学校を選んだんだけども。

 当然卒業式にも出ないつもりだった。

「それは駄目!」

お母さんの剣幕にびっくりした。

「いやいや、卒業式に出なくったって高校入学には影響出ないよ」

「そういう問題じゃない! ちゃんと出るの!」

僕も流石に出ないのは不味いとは思っていたので、そこまで本気では言っていない。半分冗談、叶ったらラッキーくらいな気持ちで言ったのだが、本当のことを言ったと思われたようだ。信頼があると言っていいか、ないと言っていいか。

まあ、出たらお母さんが満足すると言うのであれば、出ておいて損はないだろう。

 卒業式はお母さんに言われた通りに動いた。まず朝早く美容室に行った。お母さんがよく行く美容室みたいで、おそらくお母さんはいつもここで喋っているのだろう。お母さんからあなたのことはよく聞いていたとか、友達はどうとか、今どきの女の子の話をされるが、専門外のことはわからない。早く終わってくれと思いながら、されるがままだった。もう何を喋ったか覚えていない。だけど、苦行が終わると見違えたとまでは言わないが、そこそこ見た目がよくなったと自画自賛できるほどにはよくなった。少し見た目が改善した。自分で言うのも何だが見た目は元々悪くない。平均よりやや上だと思っているが、お母さんからはもっと化粧っ気を覚えて欲しい。娘にやり過ぎって注意したかった。と言われたが、そういうのは妹にお願いしたい。アイツはきっと陽キャの才能がある。

 何でお母さんがここまでやる気を出しているかわからないが、別に従いたくないと思う程ではない。わざわざ車で学校まで送ってくれたし、悪い気はしない。

「卒業式終わったら何かイベントあるの?」

「え? 知らないよ。あるんじゃない? 行かないけど」

「お友達と何処か行くとか」

「そんなことしないって」

まるでお母さんが冗談でも言っているみたいに僕は笑うが、実際冗談みたいな話だ。

「僕に友達なんていないって」

僕は笑うが、お母さんは何も答えなかった。

お母さんのことだから外食に連れて行ってくれると思うけど、入ったお店に卒業式の後に集まった同級生とかいたら気まずいな。


 車から降りると他の生徒達を見た。僕と同じく髪をセットしてきた人達で一杯だ。制服の着用義務がある以上、それ以上遊べない為、髪を整える以外に見た目を良くすることはできないのだろう。ここに紛れるという意味では、セットして良かったと思う反面、実際僕が見た目を良くした所で意味があるのだろうか? だってこういう人達は親とか友達とか先生に見せるんだろ。じゃあ、僕は? 親は見るだろうけど。そうなるとこれは親の満足か?

「———」

何故か一瞬アッシュの顔を思い出した。いや、今のは見て欲しかったとか、そういうのではなく、ただ思い浮かんだだけだった。


 僕の卒業式は出なくても良いという予想は当たっていた。いっそのこと出なければ良かったと思うくらい空虚な卒業式だった。感動的なBGM、いきなり泣き出す女子生徒、感極まって泣き出す先生。知らない人が作ったアーチを足早に通り抜けようとしても、目の前の人達が誰かに引き留められて、止まる度に渋滞が起こった。当然僕を引き止める人はいない。

これ僕いる意味ある?


 親と校門で再会するといつ帰ろうと切り出そうか迷った。

「———アキラ」

「なに?」

「いや、何でもない。あんたがそれで良いなら良いよ」

お母さんは何かに悩んでいた。

今なら帰ろうと切り出せるか?

「ねえ、学校はイジメられてたりする?」

「え? されてないんじゃない?」

恐らく嫌がらせはされていないとは思うけど。気づいていない可能性はあるか? ならいっそのこと気づいていない方がいいか?

「そ、そう⋯、友達とかいないの?」

「何言ってるの? いないよ。朝も言ったでしょ」

「ゲームとか私が知らない内にやってるとか?」

「受験勉強頑張ってたじゃん。やってないよ」

「ほら最近はオンラインのお友達とか⋯」

「いやいや、知らない人と話さないでしょ。ネットなんて何があるか分かんなくて危ないんだよ」

お母さんのネットリテラシーには困ったものだ。そういうゲームとかから闇バイトの募集はやってくるんだよ。

ていうか何で今更僕に友達がいないことに驚いているんだろ。

「そ、うだよね」

お母さんは言葉を選んで優しい言葉をかけようとしているのはわかる。

でも、途中で諦めたみたいだった。

「⋯⋯ごめん」

「え!?」

友達いなすぎて謝られた!

流石にそれはショックかもしれない。いや、お母さんの方がショックかもしれないけど、謝られたってどうしようもないじゃん。強いて言うなら僕が確かに悪いよ。でも、巡り合わせとかが介在するしさ。謝られたからって直る訳じゃないし、むしろ謝られたら困るっていうか、純粋に謝らないで欲しい。

「これ隠していたの」

お母さんのスーツから封筒が取り出された。全く見覚えがない。

「何これ?」

宛名は書いていない。

中にはチケットが入っていた。

チケット?

「お母さん⋯⋯」

誰が送ったかはわかる。

「ごめん。でも———」

「ありがとう!」

多分今日初めて笑顔になった。

「いや、そうじゃなくて———」

チケットを見ると今日の日付が書いてあった。

「危な! 今日じゃん」

「うん、だからね———」

意味ない卒業式なんて行っている場合じゃない。

「帰るね!」

「ええ!?」

急いでお母さんに送って貰おうとするが、お母さんは中々動こうとしなかった。そうこうしていると山下さんが来た。

「あのアキラさんのお母様ですか?」

「え? はい!」

そんな笑顔になってないで送って行ってよ!

「すいません。この後クラスの皆で集まるんですけど」

「本当ですか?」

「是非アキラさんも」

「ええ、行き———」

「行かない!」

そう言うと山下さんもお母さんも驚いた顔で見てきた。

「(行けなくて)ごめん。(誘ってくれて)ありがとう。用事あるから」

ああ、お母さんが送ってくれないなら良いよ。もう自分で帰るから。

「じゃあ」

そう言って校門を飛び出した。


 学校を背景に走るのは気持ちがいいのだと初めて知った。

「あばよ。もう来ねえよ」と高らかに宣言しているみたいだった。つまんない卒業式だった。つまんない学校だった。お母さんはきっと普通の人生を送って貰いたかったのだと思う。いや、普通とすら思っていないかもしれない。普通以下で良いから誰かが敷いたレールの上を安全に歩いて欲しかったんだと思う。

 多分アッシュのチケットはお母さんが隠していた。

多分今日僕が普通にしてたら、ずっと閉まっていただろう。ここで言う普通の定義は大人しくしろとかそんな意味じゃない。ただ普通に友達と喋って、普通に誰かと卒業式の写真を撮っていれば、お母さんはよかったのだ。たぶん本当に今日それらしき行為をしていたらチケットを隠し続けていただろう。でも、そんなに難しい行為期待しないでほしい。多分今日隠したあと、しばらく経ったら罪悪感に負けて謝ってきたかもしれない。だって今日耐えきれなくて僕に渡したくらいなのだから。僕はそうなったらお母さんを流石に許せない。お母さんが謝っても聞きたくない。謝ったってどうしようもない関係性もある。だからそうなる前に人は「ありがとう」って「ごめんなさい」って普段から言うのだ。

別にお母さんを悪く思いたい訳じゃない。

だって僕が悪いから。僕が普通じゃないのが悪いから。

ごめんね。

お母さんが思う普通の生活は僕にとっては非日常だ。

吸血鬼と戦ってる方が親近感が湧く。戦いたい訳じゃないけど。

アッシュは言ったよね。

非日常じゃなくて日常に戻れって。

違うよ。僕にとっての非日常は今で、僕にとっての日常はアッシュが隣にいたことなんだ。

「はあ、はあ」

家に辿り着くと制服を脱ぎ捨てた。

パーカーを着て、チケットと財布とスマホを持って家から飛び出した。


 自慢じゃないが、1時間くらい電車に乗っていれば着くのに、東京にすら出たことない。だって必要ないからだ。東京って一人で行っても楽しくないでしょ。スマホで時刻表を何度も確かめながら電車に乗り込んだ。昼時ということもあり、電車が空いていたので、端っこの方に座る。封筒を取り出すとチケットをもう一度見た。店へのアクセスが書いてあるのでグーグルマップを開いて確かめた。駅が合っているか、店の見た目はどうか、初ライブの生き方、調べれば調べるほど、緊張してきた。チケットを封筒から出し入れしているともう一枚メッセージカードが入ってることに気付いた。

『ごめん。もし良かったら来て』

文を読んで笑ってしまった。僕に言葉が足りないっていつも言う癖にこの文章は何だよ。でも、お母さんに今日このチケットを貰ったことに感謝したい。だってこんな文章貰ったら、きっとずっとソワソワしていただろう。

だって、電車に乗り込んでなお、アッシュに何を言えば良いかわからないのだ。ごめんって言いたい。ありがとうって言いたい。でも、どんな顔して会えばいい? 「久しぶり」で何とかなる? わからない。あれだけアッシュと一緒にいたのにいざ再会しようとするとどんな距離感かわからなくなってしまった。僕は駅に近づく度に、何故か着かなければいいとすら思っていた。


 いざ電車が着くとあっさりと駅から降りてしまった。僕は重大なことに気付いた。ライブの会場は18:30、現在時刻は16:00なのだ。急いで来なくてよかったか?

マックでも寄る?

でも、僕のお財布には三千円と小銭しかなかった。元々は五千円持っていた。でも、東京に出てくるまでで1000円程使ったし、帰り道分も考えて残り三千円。

三千円って東京で生きていける金額なのか? カツアゲにあったらどうしよう?

取り敢えずコンビニでお茶を買って近くの公園のベンチに座った。東京のベンチは変な形で座りづらい。

ちょっと歩いて30分くらい時間を潰したけど、まだ2時間近くある。ソシャゲでもやるか?

「———ねえ」

心配なのは充電が持つかという一点だ。

「ねえ」

いくら暇でも充電が無くなった時は考えたくもない。

「ねえ!!!」

「え!? 僕?」

流石に僕が話しかけられているとは思わなかった。

スマホから顔を上げて見るとそこには見覚えがある顔がいた。

「あ、アイリ———さん」

アイリさんは僕と同じくらいの身長だったけど、僕よりも大きく見えた。存在が大きいのかもしれない。僕より綺麗で、着てる服も格好良くて、自信に満ち溢れている。

「「どうしてここに?」」

綺麗にハモった。

どうしようか迷っているとアイリさんが先に答えた。

「私はライブがあるの。あなたは?」

「あっ、僕もライブ行きます」

「出るの!?」

「いや、見に行きます」

「あっ、そうだよね。ヴァンを見に来たんだよね」

「⋯⋯あっ、はい」

「「———」」

何だ。この会話。

状況を確認したい。確かアイリはアッシュと付き合ってる? んだっけ? それで僕のことを不倫相手だと思ってるんだ。付き合ってないけど。アッシュが僕に吸血鬼を辞めさせたのは、恐らくこの人のせいだ。普通に考えて不倫を疑っているのだから、この人は僕を嫌っていてもおかしくない筈だ。

「ライブ初めて?」

「———はい」

なのに。

「そっか、良いライブになるといいね。ってか私が良いライブするのか」

なのに何でこんな楽しげに話しかけてくれるのだろうか。

「あの」

「なに?」

「ライブに来るなって思わないんですか?」

「え? なんで?」

僕が思っていた人とは違うのかな? でも、最初に会ったアイリは何と言えば良いかわからないけど、怖かったのだ。僕を追及する様に見てくるから不倫を疑っているのだと思っていた。でも、今はそんな感じはしない。

「初ライブがヴァンって中々玄人好みだけどね」

小動物みたいに笑うので、不思議と毒気が抜けてしまった。

「そうなんですか?」

「うん。だってヴァンのギター超絶技巧派だし、うちインストバンド、あっ、ボーカルがいないってこと、だし、ライブ初心者が聴いて面白いと思うか分かんない」

明るく言うので、冗談で言っているかわからない。

「あっ、ていうかヴァンと会う?」

「え?」

この人からそんな選択肢が出るとは思わなかった。

「い、いえ、いいです」

急に来たから断ってしまった。もしかしたらライブが終わってからじゃ話す機会もないかもしれないのに。でも、何を話して良いのかわからない。

「そう?」

小動物みたいに可愛らしく首を傾げた。

本当にこの人はどういう関係なんだろう。アッシュと一緒にいて欲しくないから僕に厳しいのだと思っていた。でもさっきから真逆だ。アッシュと喧嘩したことも知らない?

「あの———」

僕は聞くべきだと思った。

「うん?」

「アッシュとはどういった関係なんですか?」

色々聞きたいことを考えたが、シンプルにこれにした。

「ただのバンドメンバーだよ」

朗らかに笑う様子が、一層アイリさんの感情をわからなくさせる。まるで用意していた答えをそのまま言った様だった。

でも、嘘を言っている様にも、何か裏がある様にも見えない。

「アキラちゃんはどんな関係なの?」

「え!?」

「あっ、いや、聞かれたから聞き返しただけなんだけど」

どういう関係?

そう言えば僕達はどういう関係?

吸血鬼の親と眷属?

でも、その関係はもう終わってしまった。

じゃあ、一体なんだ。

「あっ、ごめん。そろそろ戻らないと」

アイリさんは手を振りながら帰っていった。

「あっ、はい。なんかすいません」

なんか謝っておく。

アイリさんは笑顔のままどこかへ行ってしまった。きっと、恐らくアッシュがいる場所に帰るのだろう。

スマホを握ったままずっと考えていた。

僕とアッシュの関係ってなんだろうって。

考えても考えても答えは見つからなかった。

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