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第4話

 異世界に行ったらとか、どんな超能力を使うとか、そんな誰かが僕の心を読んだら「くだらない」と一蹴されることについて、授業中はいつもそんなこと考えていた。でも、今ほど心が読まれたくないと思ったことはない。だって今日は吸血鬼のことばかり考えていた。いや、それは僕が中二病ってことではなく、アッシュと......その......キスをしていたということが脳味噌から離れないのだ。

あー、何を考えてるんだ僕は!

不思議なことにキスをする前の僕は、アッシュのことを何も思っていなかった。ただ化け物として見ていたということではなく、自分が吸血鬼になっていたという高揚感にただただ溺れていた。吸血鬼になっただけで何かを成し遂げたわけではないのに、ただそれだけで満足感があった。そしてあの血が吸えないダサいあれで、自分がどれだけ何もできない人間かわかってしまった。そうなってやっとアッシュという人間が急に見え始めたのである。恥ずかしさで暴れ出したいくらいには恥ずかしい。


 今日の朝も目が覚めるとアッシュが横で寝ていた。アッシュという人間はビックリする程美形でそして、本来僕の近くにいるはずが無い異性だった。僕はびっくりして叫んでしまった。そこで気にする訳でもなく、二度寝し始めたアッシュに対して文句の一つもつけることが出来ず、学校の時間が迫っていた僕は、家を出ざるを得なかった。学校に来る途中で、あれ吸血鬼になったのって病気みたいなものだし、ていうかお腹が裂けてるんだし、休めばいいのでは? と気付いたがもう遅い。休んだ気が一切しない休日は、もうなくなった。というよりも僕にしては珍しく家にいるより学校にいたほうがリラックスできた。家には、アッシュがいて気が休まらない。だから、いつも通り妄想に耽って学校の時間を寝ながら過ごそうと思ってはいた。いたのだが、妄想の中に登場するのは、決まってアッシュだった。

 気づけば唇を触っていた。

そして昨日のキスが頭を過る度に頭を振った。

いや、何触ってんだ!

自分自身でもわかる。今日の僕は目に見えておかしいんだろうな。でも、友達がいないからノーダメージだ。ていうか普通の女の子ってキスをされた時ってどうするんだろ。ああ、友達に相談するのか。

 気分が落ち込む状態と何とかいつもの状態に戻す状態を繰り返している。いつもの自分であろうとなんとか努力しても、そこにアッシュが入り込んでくる。

 僕は、僕の中に存在していなかったこの得体のしれない感情を目の前にして動揺していた。自分のことをもっとつまんない人間だと思ってたし、そのなんというか、今となっては恥ずかしいんだけど、「感情がない」と自分のこと思っていたのだ。そして昨日の一晩で、僕の情緒が急速に成長してしまったのだ。「感情がない」みたいなのが、恥ずかしく思えるくらいに。

僕ってこんな単純な人間だったの? その、キスされたくらいで『好き』になっちゃうなんて。

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

顔を隠すように机に突っ伏す。だって絶対にニヤけてる。やばい僕ってこんなにキモかった?

昨日までの僕は僕の中に『僕』を内包していたけど、今日の『僕』は、僕から溢れていた。

ああ、もう何言ってんだ。誰かに相談したいのに、友達がいない。そして友達がいないことなんて今まで気にして無かったのに、気になり始めてしまったのだ。吸血鬼になって人間の道から外れてしまったのに、何で人間としての生き方を気にしだしているんだ。

 「でも」と勝手に盛り上がる脳内に冷水をかける様に急速に冷静になる。

アッシュは何も思っていないんだろうな。昨日の夜も今日朝もそれくらい何って感じだった。これは単にキスされたくらいで情緒が急速に発達したボッチの女の子の妄想の話だけで、アッシュは何も思って無さそう。本当に親鳥が雛に餌を与えているのと変わらない感覚なんだろうなって。恋愛に疎い僕だってわかる。

家に帰ってもいつも通りにしよう。そう思う心とは裏腹に体は熱を持っていた。


 どうして僕がボッチって気付かされちゃったんだろう。周囲が気づいたという意味ではない。僕自身が僕自身がボッチだって気づいてしまった。

今までは気にも留めなかった。周りのざわめきが僕を馬鹿にしてるんじゃないかって凄い気になる。実際は僕なんて気にしてないのに。頭ではわかってる。馬鹿過ぎるって僕。もう誰が友達で、誰が友達じゃないって決まっているクラスの中で、友達の必要性に気づいてしまった。きっとアッシュまでもいなくなったらただ孤独に気づいた孤独な少女が残されるだけだ。僕の残り半年は、厳しいものになりそうだった。


 今日一日中熱を帯びていたのは、未だに閉じない腹の傷のせいだと学校の帰り道で結論付けた。そう納得しないとおかしくなりそうだった。そう、だからアッシュに対して恋なんてしていないし、今日考えたことは、吸血鬼になったことでアドレナリンが分泌されておかしくなっただけなのだ。

 冷静になって考えてみればおかしいこと極まりない。人間キスされた程度で好きになるなんてないのだ。そんな人間、少女漫画くらいのもので、普通、そんなわけない。だから家に帰っても普通だ。関係ないけど僕の部屋にある漫画は隠しておこう。


 そう、だからアッシュと親しそうな女の子が一緒に喋っていても何も無いはずだ。


「あッ!———」

何故かその光景を見ると口が自然と閉じた。名前を呼んでいた筈なのに、まるで見間違いだったかのように声がか細くなる。

 いや、見間違いでもなんでもなく、ただアッシュと親しそうな女の人がいただけ。近い距離でベンチに座っていただけ。それを見ると踵を返すように反対に歩いた。

 アッシュとは、別に仲が良いわけではない。ただの吸血鬼にしてくれたという関係性なだけ。というだけなのに焼き付いてしまったように、アッシュと並ぶ女の子の姿が目から離れない。背丈は僕と同じくらいだった。でも化粧っ気が違う。所々スカートの裾が解れている僕とは違い、清楚で綺麗でお洒落でかわいい。別にこれは友達の近くに知らない友達がいただけ。だからこれは男女のあれこれではなく、ただ気まずいだけと誰に言われるでもなく、言い訳をする。そこから背を向けるように早く歩き出した。


 家に帰るとアッシュがすでにいた。

「遅かったじゃないか」

「———別に」

「あと公衆電話使ったから、机にあった10円借りた」

言い訳はそこかよ。

「別に———」

良いけど。

どうしてアッシュが先に帰っているのかと思わないでもないが、それを口に出したら駅にいたこともバレるので黙っていた。

「今日も行くの?」

「お前の怪我が治るまでは一緒に行くよ」

僕としては血を吸いに行くのか、どうかという意味だったが、アッシュの言葉が引っ掛かった。「一緒に」という言葉が引っ掛かる。ああ、そうか。この関係もずっと続くものじゃないのか。そりゃあそうだ。アッシュにとってはただ治しただけで、本来なら面倒をみる必要もあまりない。そう考えると危機感をそろそろ覚えなくちゃいけないのかも。だって未だに血も吸えて無いんだから。

「今日こそは吸えるようになるよ」

「———がんばれ」

こっちの吸血鬼生命に関わるっていうのにアッシュにやる気は見えない。というよりも出来ると思ってないような感じがした。

「もう、あんなことはしなくてもいいんだから」

わざわざ食事を「あんな方法」でやるなんて馬鹿なことやる必要がないんだから。


 しかし、現実は上手くいかなかった。

血が溢れ出さないようにクロスさせるように唇と唇をくっつける必要があった。

「んん~」

ロマンチックなんてない。親鳥が小鳥に餌をあげる様子にロマンスなんて感じないだろう。身長差的に上を向かないといけないから体勢がキツイし、これをやるときは呼吸すらできない。息苦しくて、アッシュを引き離そうとするのだけれど、力強くて引き離せない。結局、血を吸うことは出来ず、こうやってなされるがままになっている。

「ぷはっ」

アッシュの口移しが終わると唇と唇の間に、血の混じった唾液の橋がかかり、すぐに落ちた。唇に付いた血液を服で拭おうとするのだが、「馬鹿」と止められた。アッシュはティッシュを取り出すと丁寧に口の周りを拭いてくれた。

これじゃあまるで———

「赤ちゃんみたいだな」

思わずアッシュをボスッと殴った。一緒のことを思っていたからでは決してない。しかし、アッシュは気にしていない様子で自分の口の周りを舐めた。なんでかわからないけど、少し大人な感じがしてドキッとした。

「次はきっと上手くいくから」

唇と唇をくっつけることをキスと言うそうだけど、これはノーカンだ。これはただの給餌。親鳥が小鳥に餌を与えているだけ。

「頑張ってくれ。俺も変態みたいで嫌なんだ」

「僕だってしたくないよ!」

変態? 言われてみれば人間で例えるなら食事を口移しで与えているようなものか? しかも、恋人でもないのに。いや、恋人でもしないだろ。知らんけど。

「君がきちんと教えれば問題無いだろ」

「ちゃんと教えたって。お前だってどうやって食事をすればいい? って聞かれたらスプーンから口に持っていくだけって答えるだろ。そこからできないって言われても知らないよ」

「う~」

何だかアッシュの言っていることは正しそうで言い返せない。何だか僕が悪い気がしたので、話を変えた。

「アッシュってさ。なんでそんな人間っぽいの?」

「人間っぽい?」

「いや、よくわからないけど。なんか僕より人間に慣れてる感じするじゃん」

上手く言葉にできないけど。

「お前がボッチすぎるだけじゃなくて?」

「それはあるかもだけど!」

「じゃあ、人間と同棲してるからじゃないか」

それを言われた時、直ぐに誰かわかった。あの人だ。駅前でアッシュと一緒にいた女の人だ。僕と同じくらいの背丈でお洒落な女の子。昼前に焼き付いた像がまだ残ってた。駅前にいた人か聞こうとして止めた。だって僕には関係ないし。

「アッシュってここらへんに住んでんの?」

「いや、東京」

じゃあ、あの人は東京から追いかけてきたんだ。やっぱりあの女の子とアッシュは付き合ってるのかな。じゃないとわざわざこんな田舎まで会いにこないだろ。

 で、その田舎で恋人でもない奴とキスしてると。

 かぁーと顔が熱くなった。変な感じだが「行為」の間は恥ずかしくないのだ。だってこっちは食事をするために必死なのだから。いや、そう。むしろ恥ずかしいことは何も無いはずだ。これは恋人同士でのキスではなく、ただの———ただの口移しなのだ。口移しという行為そのものがどれだけ罪深い行為なのかは考えないことにした。

 今目の前にいない彼女に弁解するも、実際目の前にいたら後ろめたさで何も喋れないだろう。間違っているのだ。この関係性は。どうにかこの関係性をやめなきゃいけない。そう止めるんだ。こんな関係性。

「こんな変な関係すぐにやめてやるんだから」

そう、この日は誓った。


「んっ、んん~、ぷはっ」

そう思ってから1週間。吸血行為の上達は全く見られなかった。

「ぷはっ、お前———キスだけは上手くなったな」

「うるさいよ!」

アッシュの言う通り、人間回数を繰り返していればうまくなるもので、こんなことを言うのはなんだが、本当に自分で言うのもなんだが、キスが上達した。

キスが上手くなるのに反比例して、後ろめたさが大きくなっていった。キスの上手さって何って言われると言語化できないんだけど、息は長く続くし、上手に血が食べられるようになった。さて今まで目を逸らしていた事実に目を向けるとしよう。

これってどう考えても浮気だよね。

キスはどんどん上手くなるのに、吸血行為がうまくならないのが、拍車をかけるように僕を焦らせる。こんなんじゃ自立なんて夢のまた夢。しかし、不思議なことにアッシュが焦る様子もない。

彼女じゃない女の人とキスをしているのに焦る様子どころか、気まずくなっている様子もない。

なんというか、アッシュが何を考えているかわからないのだ。恋人がいながら、恋人じゃない女とキスしたり、いや、羅列すると最低な男だが、その理論で言うと僕も最低になるので、考えないことにする。だがアッシュは遊んでいるという感覚でもなさそうなのだ。中途半端な感じがする。どんな名前の関係性にも落ち着いていないふわふわとした不思議な関係性。「浮気」という名称が付いていなければだが。アッシュは一体何を考えているんだ。

「お前さ、ありがとうとごめんなさいと挨拶は言えるようになっておけよ」

俺には言わなくてもいいけどと付け足した。

「うるさい!」

本当に何を考えているかわからない。

あと本当は説教できる程できた人間じゃないでしょ!

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