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第2話

 目が覚めれば、知らない天井なんてことはなく、知っている天井で、自宅の自室の天井だった。ぽけーっとベッドの中から自室を見渡すとそこはいつも通り、何ら変わらない日常生活が続いていた。

「ああ、夢か」

そう、夢だった。化け物に追いかけられたり、体を真っ二つにされたりなんてただの夢だった。こんな怖い夢を見たのは初めてかもしれない。昔、ネットの記事で見たことがある。化け物に追われる夢は現実に対して不安があるとかなんとか。受験生が見たただの夢。そう、現実に化け物なんているわけがない。お腹を触ればいつもと変わらない触りごこちのお腹があるに違いないのだ。そうしてお腹を触ってみると包帯が巻かれていた。

「包帯?」

それを理解すると眠気で靄がかかっていた頭がだんだんと覚醒してきた。寝る前には包帯なんて巻かれていなかったはず。「もしや」と、悪い想像をしてしまう。まるでこんなの夢じゃなくて、本当に真っ二つにされたみたいじゃないか。

「・・・・・・」

包帯を軽くなぞっては直ぐに手を引っ込めた。自分の身体だと言うのにまるでわからない。不安を漠然と抱くが、包帯の中を見る勇気はない。もし、包帯の中が真っ二つにされたままのお腹だったら? それはホラー映画みたいな嫌な想像だった。痛みこそないが、まるでカイロでも入っているかのようにお腹は熱い。少しだけ、包帯の上から少しだけ触ってみようと手を伸ばした時だった。

「ただいま~」

間延びした呑気な声の持ち主が、部屋に入ってきた。包帯のことは忘れて叫んだ。叫び声がお腹に響いて痛かった。

「おっ、いいスクリームだね」

見たことがない人だった。生まれてから15年の人生で一度も男の子を部屋に入れたことのない僕は、しどろもどろになりながら、必死になってお母さんを呼んだ。

「おかっ、お母さん!」

お母さんは、不審者が家にいるということも知らず、ゆっくりと階段を上がってくる。そして呑気なことに、不審者の横からひょっこりと顔を出した。

「アキラちゃん。どうしたの?」

一瞬、自分がおかしくなって、見えない男の人が見えるようになったのかと思った。

「お母さん、大丈夫ですよ。どうやらさっきまで寝てたみたいで、男の人が部屋に入ったのにビックリしたみたいです」

「まあ、アキラは男の子っぽく育ったけど、やっぱり思春期の女の子だったのね。ほら、言ったでしょ。部屋はいつもキレイにしなさいって。アッシュさん。それじゃあよろしくお願いします」

「任せてください」

僕は目の前でお母さんに裏切られる様子をポカーンと見ていた。見えてはいけない人が見えているのではなく、良かったんだけど。それ以上にお母さんがおかしくなってた。じゃあ、良くないじゃん。

「まあ、そういうこと」

どういうことかもわからない疑問を残しながら言った。

「今のでわからない? まあ、わかりやすく言うと催眠術みたいなものでお母さんに、俺がアキラちゃんの家に居てもおかしくないって認識させたんだ」

「・・・・・・」

その情報は、なかなか頭に入ってこなかった。理解自体はしたんだけど。

「で、どんな感じ?」

と僕の服を捲る。咄嗟に捲る手をどうにか抑えようとするが、巨木みたいにビクともしない。

「お、ちゃんと出血は止まってるね」

「———やめ、やめて」

「包帯のなか開けていい?」

僕の辞めろという言葉は無視する癖に、同意を求めてくるのは、なんでなんだ。

「その前に貴方が誰か教えて」

駄目というのは無駄な気がしたので、せめての抵抗に情報を貰おうとした。意外にもこれに関しては無視せずに、服を捲っていた手をおろした。

「改めまして、俺は、吸血鬼のアッシュです。そして、あなたを吸血鬼にした吸血鬼です」

やけに品の良さを感じさせる挨拶をした後、そのまま服を捲ってくる。お医者さんみたいにそのまま無言で継続するので、さっきほどは抵抗できなかった。いや、抵抗しようと思えばできたかもしれないが、元気が出なかった。このあっさりとしてふざけた挨拶を受けても、吸血鬼とか馬鹿にするなとか、漫画みたいなこと言うな、なんて言えなかった。すでに昨日の化け物のことが、現実だと思ってしまったのだ。目の前の、アッシュとか名乗る男を完璧に信じていたわけではなかったが、嘘だと断ずることもできなくて、抵抗を辞めてしまっていた。それに包帯の中がどうなっているかも気になっていた。自分で包帯を解くよりも他人にやってもらったほうが気が楽だった。だからと言って男の人に解かれるのは途中で止めたほうがいいかと思い直したが、それに気づくよりも早く、包帯が解かれた。包帯を解くと切られた生々しい傷が晒された。それは僕に昨日の出来事が現実ということを知らせるように傷を残していた。しかし、一つ疑問があった。今ですら痛々しい傷だが、昨日はもっと酷かった。僕は半身が真っ二つになったと思い込んでいた。

男は、傷の痕を確認すると包帯を取り替えた。さっきまで感じていなかったが、包帯をするとむず痒く感じる。

「あっ、そうだ。ポカリ買ってきたから飲んで」

そう言って手渡された。

「ポカリって成分的には血液と同じらしいんだよね」

だから、なんだよと思ったが、この人が吸血鬼だと言っていたのを思い出す。人から貰った物を飲むのは気が引けたが、喉が渇いていたので、受け取って蓋を開けた。ペットボトルの蓋を開けるのが、もう少し苦戦すると思ったが、すんなりと開く。そのまま、ごくごくと飲む。喉の潤いを潤すために。しかし、飲んでも飲んでも喉が渇く。気がつけば、ペットボトルの中はもうなくなりそうだった。これでは全然足りない。ペットボトルをひっくり返しても、落ちてこない一滴があった。中々重力で落ちてこない。

あとちょっと、あとちょっとなのに。

そこでやっとペットボトルの透明なプラスチック越しの男の顔に気づいた。

気づけば最後の一滴を物欲しそうに舌を伸ばしていた。すぐに舌を引っ込める。なんだかはしたない気がしたのだ。

何かで気を紛らわそうと思ったのだが、見るのは、結局空になったペットボトルだった。何だかまるで自分が卑しくなったみたいだった。

「普段はこんなことしないよ」

本当だよ。

「恥ずかしがらなくてもいい。身体に足りない栄養を補おうとしているだけだ」

こんなおかしくなったのはこの人のせいだと決めつけた。

「僕の身体に何をしたの?」

さっきあえて突っ込まなかったが、吸血鬼にしたという言葉について、聞かざるを得なかった。

「さっきも言っただろう。吸血鬼に変えたって」

吸血鬼といえば漫画やアニメによく出てくる。血を吸う化け物。いろいろな作品によって強さは違うけど、いずれにしても非日常の化け物であるということしか変わらない。しかし、現実感があるかと言えばない。ただ吸血鬼になりました。ああ、そうなんですねくらいの感情にしかならない。僕自身何か変わった実感はない。

「変えたって何が変わったの?」

「一言で言えば、化物になった。鉄を切り裂けるぐらいの贅力を手に入れて、身体を半分にされても大丈夫くらいな回復力を手に入れた」

そう言えばいつも開けるのに苦戦するペットボトルの蓋が簡単に開いた。なんだそれくらいと思わないでもないが、お腹の傷は違う。「身体を半分にされても大丈夫くらいな回復力」その言葉で無意識にお腹を触る。しかし、心当たりがあるといえど、どこか現実味がない。

「そして血が足りていないと渇きを感じるようになった」

ゴクリと喉が鳴った。それはどの言葉よりも切実で、現実的な問題に思えた。途端に喉の渇きを感じる。

「僕は血しか今後吸えなくなったの?」

「いや、別にそこまで不便じゃないさ。ただ、お前の身体を完治させるには必要になる」

実感は無かったが、さっきの生々しい傷は、普通だったらかなりの重症といって然るべきなのだろう。それでも今生きている。普通に考えてこんな自室のベッドじゃなくて、病院に行くべきだ。

「傷が無くなったら血を飲まなくてもいいの?」

それを聞くとアッシュと名乗る男はニッと笑った。

「それはお前次第さ」


 アッシュは、12時まで寝てろとベッドに僕を押し込んだ。吸血鬼なんだから夜に動くのだろう。一応目の前にいるのは男なんだよなと考えながらも自分で驚くくらいにスッと寝入ってしまった。起きて不注意だったなと思うも、僕は既に起きた後のことに胸を弾ませていた。

 意外に思うかもしれないが、血を飲むという行為には乗り気だった。正確に言えば、人の血を飲むことでの感染症の心配はしたのだが、身体真っ二つにされた奴の心配することか?と言われて気にしないことにした。

 捻くれ者だからか分からないけど勧善懲悪モノの漫画、アニメには、飽き飽きしていたのだ。自分が殺されそうになっているのに決して殺そうとしない主人公とか、そういう人間は非現実的だろう。人間は生きるためには、人間を食い物にしている。それが比喩的表現から直接的表現に変わっただけだ。その事実に目を反らして生きるなんて非現実的だ。他人を利用することと吸血行為になんの違いがあるのだろうか?

「おい、ボーっとするな」

起きるとすぐに外にでた。「狩り」の時間だ。

「———うん」

監視カメラとかに万が一でも映らないように、真っ黒なパーカーを深くまで被る。女だってバレないように夏だってのに、ズボンを履けば、万全だ。後はイヤホンを付ければ、外行きの格好としては、完璧だ。

「いや、イヤホンは外せや」

「・・・・・・」

「お前友達と歩く時にイヤホン付けんのかよ」

「・・・・・・お前友達じゃないし」

本当は、友達がいないから知らないしなのだが、ちょっとだけ見栄を張る。

「俺を友達と思う必要はないが、そういう言い方は辞めた方が良いぞ。これから仲良くするかもしれない奴かもしれないんだし」

吸血鬼の癖してなんて正論吐くんだ。これじゃあまるで僕のちっぽけなプライドで友達が消えてるみたいじゃないか。いや、別に友達なんか求めてないからいいんだけど。

「イヤホン家に置いてけ」

そう言われて渋々僕は、イヤホンをポケットに入れ、自室からでる。既に他の家族は寝静まっていた。しょうもないのだが、夜出歩くのは、ドキドキする。

「お前さ。いくつなの」

「え?」

「だから歳いくつなの」

「———15」

アッシュは笑った。ガキだと思われたかも。

「へえ。15って中学生?高校生?」

「中学生」

「え? じゃあもうそろそろ受験じゃん。今大丈夫?」

「うん」

吸血鬼にしといてその質問はなんなんだ。まるで人間の会話みたいだ。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

これ黙っているの、私が悪いのか? 私は悪くないよな。アッシュはなんか口を開いて閉じた。「お前、友達いないだろ」とか言おうとしたでしょ。しかし、予想は外れた。

「お前兄貴とかいるでしょ」

「いや、いないけど」

「嘘だ〜。じゃあ、年の近い弟」

「いないよ。妹だけ」

目茶苦茶に嫌われてるけど。

「おかしいな。俺のプロファイリングだと、お前は兄貴と遊びすぎて女の子の友達がいないはずなんだけど」

なんだ。その理論。女の子の友達はいないのだけ合っているけど。

「で、男の友達の方が多い」

「残念。外れ」

正解は、男の子の友達もいない。

「あっ、でも、今思い出したけど近所のお兄さんとはよく遊んでたかも」

確か引っ越してどっかに行ったらしい。

「あ、そっちか。外したけど当たってたね」

何が当たっているのかよくわからない。

「俺の予想だと女の子より男の子の方が喋りやすいタイプ」

当たらずとも遠からず。どっちかというと女の子と喋っても、何をしゃべればいいかわからなくなる。

「で、目茶苦茶女の子に嫌われてるでしょ」

ドキリとした。それだけは当たっていたから。嫌われた思い出が少しだけフラッシュバックした。いや、どうでもいい。よく考えれば友達がいなそうな人間ってだけだろ。

「女の子に目茶苦茶に嫌われるけどなんで嫌われてるかわからないと見た」

図星。適当な人? 吸血鬼? だと思っていたけど、どんどんと僕の範囲に入り込もうとしてくる。

「どう?俺のこと気になってきた?」

「———全然」

アッシュから目を合わせられて、びっくりして咄嗟に外した。なんか負けたみたいでムカつく。

イヤホンを取り出して、耳に付けようとする。

「家に置いてこいって言っただろ」

そう言って僕のイヤホンを奪った。

「お前の家に着くまで没収」

「返してよ」

「家に着いたら返す」

それ以上は何も言わなかった。返されても返されなくても物が減るだけだ。

「なんだか、虐めがいがないやつだな」

そんなパラメーターは無いほうがいいだろ。

「はやく・・・」

「ん?」

「早く吸血鬼のやり方教えてよ」

無駄なお喋りばかりじゃ無くて。

「せっかちだね。コミュニケーションを楽しもうという気はないの? まあ、いいけど」

そう笑うとアッシュは歩みを早めた。

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