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 元恋人である匠と再会してから、一週間が過ぎると、ある程度クラス内でも自然とグループが分かれていく。

 俺ももちろん、クラス内であぶれることなく、あまり目立つ事を好まない、何となく集まる三人組の中の一人に落ち着いた。

 一方の匠は無論、クラス内でも「一軍」と呼ばれる顔の良い騒がしいグループ内に収まっていた。雰囲気としては、俺の知っている匠とはあまり合うような気はしないけれど、俺と会わない間にいろいろあったのかもしれない。賑やかなグループ内でも、彼はいわゆる「クールキャラ」のような立ち位置で、仲間の雑談を傍観している。

 時折盗み見する匠は、ぼんやりと周りや窓の外を眺めるばかりで、何か発言することはあまりなさそうだった。そんな彼を周りが気遣う雰囲気もない。――楽しいのかな、なんて邪推しては、今の自分が口出しするような立場ではないのは分かっている。俺はただ時折、彼を盗み見する程度に、匠とは距離を開けていた。

 自ら近づいて行くような理由もないし、今更あの頃に関して蒸し返すつもりもない。そんなことしても、迷惑だろうし、もう匠には匠の道がある。

 あの頃とはきっと、何もかも違うはずだ。

「高岡、来月のリクリエーション横浜だって」

 休み時間、どこからか情報を聞きつけてきた瀬尾が振り返る。俺は「横浜」という言葉に、海と中華を思い浮かべた。

「中華街と江の島だって」

「マジで? やった!」

「食べ放題とかありかな?」

 後ろの席の千葉が会話に混ざってくる。俺は椅子を引いて振り返ると、それもいいな! と、同意する。

 一年生の親睦会のような校外学習が、キャンプだという話は良く聞くけれど、俺にとって山に籠ってキャンプなんて言う作業は拷問でしかない。ただでさえ、最近は五月も過ぎれば真夏日が続くのだから、のんびりと観光して過ごせるなんて、有り難い限りだ。

「日程どうなんだろう」

「殆ど自由行動だろ?」

「だよな。キャンプとか力仕事させられるなら休むかって思ってたから、マジで有り難てぇわ」

 深く頷く千葉と瀬尾に、だよなあ、と同意したところで、

「それマジ?」

 そんな声が落ちてきた。

 顔を上げれば、匠とその友達が俺達へと視線を投げていた。

「横浜って何情報?」

 匠の肩にしなだれかかる男が、目を輝かせながら聞いてくる。瀬尾は少し迷うように俺を見てから「さっき職員室でプリント見かけた」と短く答える。

「やったー! 中華街!」

 匠の肩から離れた男は子どものように喜んで、俺の千葉の後ろにいる席へと移動する。匠は俺の前に立ち尽くしたまま、まだじっと俺に視線を向けてきていた。

「凜、中華好きだったよな。あんかけ焼きそば」

それ小学校の頃の給食の思い出だな、と恥ずかしいような嬉しいような気持ちが湧いて来て、俺は言葉を濁した。

「今も好き?」

「好きだよ、匠はまだ揚げパン好き?」

「好き」

 彼はそう少しだけ口元をほころばせると、

「今度一緒に行こ」

 と長い指先で俺の髪を、優しくかき混ぜ通り過ぎて行く。

「……お前らの関係性が未だに分からん」

「謎過ぎ」

「……俺も思う」

 確かに地味男子と一軍男子じゃ釣り合わないだろう。けれど匠は再会したあの時から、今となってはもう無効な接点しかないにも関わらず、こうやって距離を保って話しかけてくる。思い出話を持ち出す事もあれば、おはよ、という短い挨拶に留まる事もあった。

「おはよ」

「またね」

 たったそれだけの日でも、俺が匠の視界の中に入れば、彼は欠かすことなく俺に声を掛けてくれる。

そして俺は、それが嬉しかった。

 曖昧で流されてしまった気持ちを、再認識してしまうくらいには、昔の彼の不器用な優しさを感じてしまっていた。

 あの頃、俺が匠のことを考えている間、匠は何を考えていたのだろう。俺のことを少しは考えてくれていたのだろうか。それとも、早い段階から、なかった事にしたかったのだろうか。

 不器用過ぎて、手も足も出なかった感情の欠片が、今もまだ胸の片隅で燻っている。もう一度あの頃の形を思い出そうと、あがているのを感じる。――諦めきれていないのだ、きっと何もかも。

 そんな事を考えると、教師が教室に入ってきて、着席を促す。がたがたクラスメイトが各自の席に戻っていく中、俺は机に上半身を預けながら、浅くため息を吐いた。

 どうしよう、再会するなんて思ってなかった。いつか思い出す事も難しくなるくらい、化石となって、記憶の地層のずっと奥にしまう事になると思っていたのに。

 願うような気持ちで、胸の内でごちる。すると、不意にまた後頭部を撫でられた。顔を上げれば、匠が擦れ違いざまに俺の頭に触れたのが分かった。わずかにこちらに振り返り、小さく手を振る指先に、心臓が妙な音を立てる。

 一本ネジを失くして転がるような、頼りない音。

 ――ああもう、やめてほしい。

 俺はそう強く思いながら、それとはまた別の感情を身体の何処かで自覚しながら、軽く手を振り返した。



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