15
俺達にはまだ課題があった。
匠のグループの問題だ。それについて、デートの帰り際に、もう一度その話題について触れてみると、匠は少し考えるように夕方の空を眺めてから、
「もうちょっと俺が、考えたい」
と呟いた。
「……分かった。いつでも相談に乗るから」
彼が自分で解決したいというなら、それに任せようと俺は食い下がる事はしないで、一歩引いた。
前の匠だったら投げ出しそうなことであるけれど、自分で自ら考えたいというなら、きっとそれが一番なのだ。
少し寂しいような気持もあるが、親心のような感心した気持ちもある。
俺はそばにいればいい。何かあれば支えればいい。
昔みたいにもう、待っているだけもしたくないし、そばに居てちゃんと必要な時に手を差し伸べられればいい。
だから、匠の言うことを信じる事にした。
そして――その土曜日から日曜を経て、月曜の朝。
いつも通りの和やかな教室には、変わり映えのないクラスメイトが、いつも通りにクラスの席を埋めていた。
「オハヨ、なあ、昨日のアニメ見た?」
開口一番に俺の後ろに座る千葉が、背中を突いてくる。俺は見てない、と首を横に振ると、
「マジで面白いから見ろって!」
と、熱弁を振るい始めたので、それを往なしながら教室の後ろ扉から現れた瀬尾に手を上げる。
「朝から面倒そうな話してんな」
「ホント、千葉は朝から煩い」
「失礼な奴等だな!」
憤慨している千葉に、瀬尾と二人で笑っていると、
「おはよ」
と何かが髪に触れた。
顔を上げると、匠が俺の髪を撫でて通り過ぎようとしているところだった。前までは揶揄われているのだろうかと思っていた仕草も、今ではちゃんとした恋人のそれなのだと思うと、少しだけ恥ずかしくなってしまう。
少しでも触れていたい。
そんな声が聞こえてきそうな指先に、朝から心臓が忙しなく騒ぎ出す。
「お、おはよ!」
俺はなんとかその背中に声を掛ける。匠は自席に鞄を置くと、椅子には座らずに、方向転換すると、別の方へと歩き出す。俺は「あ」とその少し緊張したような横顔を見つめた。
匠は安井の席の前に行くと、スマホを覗いている彼を見下ろした。匠の存在に気付いたのか、安井は顔を上げると、少し驚いたように目を見張る。
「おはよ」
表情はない。いつも通りのクールを通り越した無表情ではあるが、その目は緊張したように固く、安井を捉えている。
安井は少し呆けたように匠を見上げてから、薄く口を開き、何か言葉を紡ごうと動かしていたが、それは声には乗っていなかった。彼は何か考えるように俯いてから、ガシガシと強めに頭を掻くと、
「おはよ! たくみ!」
と大げさに立ち上がり、匠を抱きしめた。
「あつい、うざい」
「ンなこと言うなよ!」
匠の悪態を笑い飛ばして、安井は匠の肩に腕を回すと、しなだれかかるように寄り添う。その姿は少しだけ妬けてしまうけれど、その反面心底ほっとしている自分もいる。
「よかったじゃん」
瀬尾がそう呟いた。視線を彼に向けると、
「心配してたんだろ?」
と言われて、瀬尾の勘の良さに、俺は頷いて素直に答える。
「ちょっとね。元陰キャだから」
「見えね~」
瀬尾が笑いながら首を振ると、不意に制服のポケットに入れっぱなしにしていたスマートフォンが震える。取り出して見れば、匠の名前が浮かんでいた。
メッセージアプリを起動させると、
『放課後、一緒に帰ろ』
短い言葉が簡素に飛んできた。
顔を上げると、安井と話している匠と、一瞬目が合う。彼は口元に優しく笑みを浮かべると、小さなピースサインをこちらに送ってきた。俺はそれが嬉しくて、頬を緩ませてしまう。
『うん、一緒に帰ろ』
素早く返事を返して、ポケットにスマートフォンを仕舞い込む。
「なあ、やっぱ御子柴と高岡って仲良過ぎじゃね?」
野生の勘が鋭そうな千葉が、訝し気に俺を見つめてくる。俺は「そうかなあ?」と誤魔化して、晴れやかな気持ちで窓の外に視線を投げた。
眩しい白い朝陽と青い空が、視界一杯に広がっていた。