エゴ・サンクチュアリの動力について
自分の部屋でベッドに横になり、電子書籍を読んでいる。この世界の本は完全に未知の分野で、マンガだけでもほぼ無限にある。だらだらするには最高だ。しかもベッドが最高級品だから、寝ていて疲れない。
「やはり俺はインドア派ということだな」
「漫画というものは面白いですね」
シオンも一緒にベッドでごろごろしている。快適な空間でのんびり過ごす。こういう娯楽も教えていくぞ。
「少女漫画か。あまり馴染みがないジャンルだな」
「そうなんですか?」
「基本的には男が読むものじゃないからな。アニメ化したら見たりもするが」
「あっ、こちらの漫画はアニメ2期準備中と書いてありますね」
そういうデータもぱっと出るのが、未来のいいところね。適当に公式チャンネルをあさり、1期1話が見られるので見る。主人公の女が前世を思い出し、この世界がゲームと同じだと気づく。
「悪役令嬢もの? 変化球以外じゃほぼわからんな」
「なぜこの人は悪役なのに主人公なのでしょうか?」
「ああなるほど。前提というか、お約束の知識がないんだな。説明が難しいんだよなあ。作品でかなり違うし……」
「そのアニメは物語の世界への転生です。悪役へと転生していることに気づくので、原作知識を駆使して戦うものですね。入門にはちょうどよいでしょう。そのまま視聴して、最後に補足してあげるのがベストと判断します」
「なんてできるAI」
お前悪役令嬢とかわかるのかよ。解説を頼むとちゃんとしてくれる。しかも過度なネタバレは避けてくれる親切設計だ。しっかり1話見てから休憩に入る。
「続きが気になりますね」
「まあ面白そうだな」
アニメが新鮮なんだろう。お約束の知識無しでアニメ見るとどうなるのか、少し気になる。悪影響とか出なきゃいいな。ここまで考えて過保護だと笑いが出た。
「お菓子と飲み物を補充するぞ」
適当に食料と炭酸飲料を追加。クッキーとかせんべいとか死ぬほどある。本当に尽きないな。水も空気も補充している様子が見えないし、便利なものだ。
「本格的に見ようか」
「はい。楽しみです」
「シアターモードをオンにします」
室内が薄暗くなり、巨大モニターが光る。音響の質も上がった気がする。
「なんでもあるねえ」
内容はわかりやすくて面白かった。主人公の令嬢が死なないために必死こいて動く。そして勘違いから王子様が惚れていく。特に残酷な描写もなく、シオンに見せても問題ないタイプであった。
「とりあえず半分くらい見たな……続きはまた明日にでもするか」
「そうですね、長時間の視聴は疲れますから」
「そろそろヨガの時間ですよ。凝った老骨にムチを打ちましょう」
「骨ごと砕けそうだなおい」
健康の一環として、軽い運動を続けている。シオンも一緒にやるので、なんとなく義務感が薄れていた。孤独な戦いではないのだ。
「うぅ……伸びた。伸び切った」
「お疲れ様です。冷たい飲み物をどうぞ」
「すまない」
スポドリを飲んで横になる。涼しいから汗だくにならなくていいのは助かるな。
「このままお休みになりますか? 汗を流すなら温泉エリアにどうぞ。疲労回復効果もあります」
「温泉ってちゃんと効能あんのかい」
「当然です。各種効能に、お風呂上がりの飲み物やアイスも完備しています」
「……どうやって温泉出してんだ? 別のコロニーに補給に寄ったりしないよな」
「なるほど謎ですね」
ただのお湯じゃないのは理解できる。だがまさか他の場所から買っているわけじゃないはずだ。ちょっと何をどうしているのか気になった。
「ノイジー、わかるように頼む」
「了解です。エゴ・サンクチュアリの中核は、S.O.L.O.という博士が開発した超高性能テラフォーミング装置です。これにより全てがまかなえます」
ほほう、正体不明の装置とか面白そうじゃないか。一応オーナーなのでしっかり聞いておこう。
「スペクトラル・オーダー・ライフ・オリジンは、常識を根底から覆す究極の技術です。本体はゲーム機ほどのサイズに収められ、起動時は無から物質を生成する能力を有します」
「なんかすごそう」
アホみたいな感想が出てくる。だって知らん分野だもの。立体的なホログラムによりわかりやすく図解されていくが、専門的な知識がないので、完璧な把握は難しい。今は機能の理解に努めよう。
「具体的には原子レベルで物質を再構築。やろうと思えばモニター、PC、ベッド、さらには完全な居住空間や水や空気に至るまで創造可能です。もっとも、それなりの資料やエゴ・サンクチュアリの機器、制作時間は必要ですが」
「もしかして家具は買っているのではなく、その装置で作っているということなのかしら?」
「正解です。詳細なデータさえあれば可能です。さらに周囲の環境を分子レベルで浄化し、大気組成や生態系の最適化を実現します。S.O.L.O.の機能は、時間さえかければ地球温暖化の抑制、砂漠化した地域の緑化、汚染された土壌や水域の再生など、惑星規模の環境改変を可能にします」
「そいつで水と空気を作り続けているわけか。便利だねえ。絶対に他人に知らせたくないな」
間違いなく奪いに来るだろう。それでなくとも平和利用しろとかうるさくなる。そういうのが大嫌いだから俺が管理するわけだ。
「博士の哲学的信念により、その力はエゴ・サンクチュアリの運営に限定され、外部への公開は厳禁とされてきました。オーナーもその意向を汲んでいますね」
「当然だ。社会貢献や世界平和なんぞのために使ってなるものか。絶対に与えない。どれだけ苦しもうが、人間社会なんてそれでいい。協力はしないぞ」
「その装置でどうやってコロニーを維持しているの? 水と空気だけでもかなりの量が必要よね?」
過ごしているとわかるが、水も空気もきれいだ。濁っていると思ったことすらない。ここまで快適な場所は存在しないだろう。
「S.O.L.O.により無から空気を作りますが、これではすべての負担が本体に来てしまいますね。なので無から新鮮な空気を生み出す装置を複数作ります。博士の科学力と、S.O.L.O.の技術の一部をコピーすれば可能です。食料プラントなどは少し例外ですね。無からトマトや牛肉を作ってはいません」
生物以外ならほぼ作れるということか。あとは作る側の想像力だな。どれだけぶっ飛んだものが作れるか、遊び心を持った博士なりの挑戦があったらしい。おかげで天然温泉を出せる装置もできたわけだ。感謝しよう。
「移動や戦闘でも色々やっているみたいだが、あれはなんだ?」
「装置の核心には、重力場の数値制御と次元操作技術が組み込まれており、光速航行や、次元縮退ホールを介した空間転移を実現しています。さらに、敵対的なエネルギーや攻撃を別次元へと転送する『次元偏向バリア』を展開し、絶対的な防御を確立します。S.O.L.O.は、物質、エネルギー、次元を操ることで、エゴ・サンクチュアリを自立した楽園として維持しています」
映し出された動画の中では、ミサイルやビームがワームホールのようなものに入っていく様子が見られた。次々に障壁が現れ、攻撃がコロニーに直撃することはない。いつもはバリアで解決していたが、それを超える相手用の装備らしい。エネルギー節約や技術の秘匿のために、強敵以外には使わないんだそうだ。
「まだまだ裏で色々やっていそうだな」
「技術は数え切れないほどあります。ホーミングレーザーもただ追尾するだけではなく、確率や運命を湾曲させて命中率を上げています」
なんか難しい解説が並んでいる。これ専門家なら理解できるんだろうか。あるいは専門家だからこそ不可能だと笑うものかもしれない。やっていることがファンタジーすぎる。
「パラドクスは?」
「できますが、ある程度自力でやるほうが気分がいいかと思います」
「そりゃそうだ。必中はつまらん。負けられない場面以外では使わないでいこう」
いずれは補助無しで動かせることが理想だ。なんならバトルフレームとかも動かしてみたい。よってまだ機能は封印しておこう。
「パラドクスは今のままでも強いからな。オートを切る練習でもするさ」
「了解。今後も欲しいものや施設があれば適宜検討します」
「俺はまだコロニーで遊び尽くしてないしいい。シオンはどうだ? なんか欲しいものとかないか?」
言われて少し目を閉じて、考える仕草を見せる。できる限りちゃんと答えたいところだ。そしてシオンの答えは。
「私もロボットが欲しいです!」
ちょっと予想外の要求が来た。
「大変素晴らしいですね。どのようなコンセプトがお好みですか?」
「待て待て、あのなシオン、お前に危険なことをさせたくないんだよ」
戦闘に出すってことは、撃墜されるかもってことだ。俺は好き放題するためにロボットに乗っているが、安全はほぼ確保されている。シオンは俺がただ1人死なせたくない存在なのだ。前線に出られては困る。
「私もハヤテ様のお役に立ちたいです」
「いるだけで役に立っているよ。別に戦闘で役に立たなくてもいいだろ」
「緊急時に乗り込める機体があるのは、理にかなっていますね。ステルスモードで闘争できるロボットなら、何かあっても1人で逃げることができます」
「安全な設計にもできるはずです。私も少しくらい参加させてください」
さてどうしたものか。確かに緊急脱出できる機体があると、生存確率は上がる。だが前線に出せば下がるだろう。俺はかなりフリーダムに動くから、シオンを巻き込んで戦うのは避けたい。
「ちなみに、どういう機体にするつもりだ?」
「射撃が得意なので、そちらを活かした性能にしたいと思います」
「さらに高機動でバリアと防御装置とステルスはつけろ。安全を第一にする」
「ありがとうございます。お邪魔にならないようにしますね」
ノイジーがホログラム設計図を出してくれる。人型ロボットで、頭部パーツの一部をシオンの黒髪に合わせて黒く。足にスカートを付けて、機動力を上げつつ女性的なデザインに。取り回しやすい大きさのスナイパーライフルを装備。オートで防御と射撃をしてくれる、クリスタルビットを複数展開できるように設置。
「ビームは撃てるようにしておいて、他には……」
「でしたらさっきの令嬢のようなティアラや装飾はいかがでしょう? きれいなドレスのように見えませんか?」
「いいな。それっぽいやつをつけよう」
こうして専用ロボットの原案は作られていくのだった。




