クローン制作とエゴサンクチュアリ探索
次の日。朝から動く気がしない。ベッドが気持ちいいのでだらだらする。
「報告です。コロニー同盟の軍艦が無事発進しました」
「そうかい。もう二度と会うことはないが、達者でな」
「今日はどうされますか?」
問われて少し考える。俺はこのコロニーも遊び尽くしていない。少しイベントが重なりすぎて急ぎ足だったと思う。これからはのんびりいこう。
「んー……少し生き急いでいた。クローンをじっくりしっかり作りたい。ちゃんとした最優秀個体にしたいんだが、安全に安全を重ねて究極の個体を作るとどのくらいかかるんだ?」
「一週間あれば完成します。世界の常識などを脳に負担をかけず学習する装置などもありますので、肉体的にも精神的にも、赤子から育てる必要はありませんよ」
「最高だな。よし、クローンルームへ行こう」
クローンルームの扉を開けた。部屋全体が俺には理解できない機器だらけだ。何か触ったら壊しそうで迂闊に触れないぞ。
「改めてやばい科学力だな」
広大な部屋の中央には、巨大な培養槽が鎮座している。淡い青色の液体が内部で揺れ、槽の表面には無数の微細な光点が点灯している。部屋の壁は滑らかな金属と透明なパネルが交錯し、複雑な模様を織りなしていた。パネルには、ホログラムのデータがDNAの螺旋構造や神経回路のシミュレーションをリアルタイムで投影していく。
「すべてを手動操作する必要はありません。そのために私がいるのです」
「期待している」
空気は無菌状態に保たれ、呼吸するだけで清らかになりそうだ。部屋の隅には、ナノマシンの群れが微細な粒子となって浮遊し、環境を常に最適化しているのが見える。それらは時折淡い光の尾を引きながら移動し、まるで小さな妖精のように舞う。
「ソフィアとハルカどちらから作りますか?」
「どうしたもんかね。目標は完璧なクローンを作ることと、サポート要員の確保だ」
「性格や才能が100%素体と同じというわけではありません。育て方でいかようにも変わります」
「わかっているさ。でなきゃクローンの意味がない。よしソフィアからいこう。黒髪黒目で、少しだけスタイルを好みに。あとは才能や免疫力などをきっちり高めておくぞ。準備はいいな?」
「かしこまりました。では偉大なる一歩を始めましょう」
中央の装置に髪の毛とデータチップを丁寧に装填する。
「データ認証完了。DNA解析を開始します。ソフィアの遺伝情報を基に、カスタマイズを適用します」
「黒髪黒目はキープ。スタイルは少しだけ強調。あとは免疫力と才能を最大限に引き上げてくれ。知性、運動神経、適応力、全才能トップクラスで頼む」
「了解。外見はソフィア様の原型を80%保持し、スタイルをオーナーの嗜好に基づき微調整。遺伝子レベルで免疫系を強化し最適化。才能のポテンシャルを極限まで引き上げます。黒髪黒目はしっかりと。視力なども上げておきましょう」
培養槽がぼんやりと温かい光を放つ。生命誕生の瞬間を祝福するかのようだ。性欲に負けて腰振ってりゃ生まれてくる人間よりよほど感動する。
「こんなにいい技術なのに、人間は集まるとまともに使えないよな。すぐ禁止にする。倫理とか禁忌とか」
「人類に禁忌や禁術など存在しない。それは知能の低さから、安全に犠牲を出さず完遂できない未熟者の言い訳である。そう博士はおっしゃっていました」
「説得力あるねえ」
「これで初期工程は完了。明日には細胞塊が確認できるはずです。オーナーはどうされます?」
「毎日見に来る。無駄な衝撃を与えないようにしたい。心配し過ぎかもしれんが、しばらくはこの安全な宙域にとどまる」
「了解。監視はお任せを」
俺は部屋に戻って動画を見る。少し心を落ち着ける意味もあった。
『ンアッー! ハイパーバスターキャノンがでかすぎる!』
もうアレ系のMADにされている。面白い。もっと流行れ。
「クローン大丈夫かな?」
「順調です。現在、細胞分裂が指数関数的に進行中。培養液内で微細な細胞クラスターが形成され始めています。まだ目に見える形はありませんが、予定通りです。ちなみにその質問は3時間で3回目です」
「……俺がこうも動揺するとは、やるなクローン。なら俺はもうちょっと遊ぶわ」
「はい、今オーナーにできることは、落ち着くことでしょうね」
ゲームを3時間ほどぶっ続けでプレイした後、動画サイトの評判をちゃんと見てみる。「草」「敗戦国の末路」などコメントが流れていく。
「いい感じだな」
「はい、再生回数10万突破。コメントは『BB動画助かる』『おじさんの開いた口がちょうど必要だった』と大盛況です。続編を仕込みますか?」
「そのうちな。今は見る専でいい」
動画を漁りながら、チョコ菓子とソーダを追加注文。夜までゲームと動画三昧で過ごし、ベッドに移動して即寝落ち。最高の1日だ。
そして朝にしては遅く起きて、ぼんやりとベッドでうだうだする。
「ノイジー、クローンはどうだ?」
「進捗は順調、細胞クラスターが安定成長中です。異常なし」
昼近くまでゴロゴロして、ようやくクローンルームに移動。培養槽をチラ見すると、青い液体がうっすらと光の塊を作ってる気がするけど、ノイジーが「正常」と言うので気にしない。昼飯はピザを運ばせて、食べ終わったらクローンルームへ行く。
「調子はどうだ?」
「とても順調です。ソフィアの遺伝子を基に、指定された強化が順調に適用されています。免疫系の強化は特に良好で、既知のウイルス耐性が99.9%に達します。博士は人間ごときがかかる病気など克服しておりましたから」
「いいぞ、SFでよく聞くテロメアがどうとかいうやつは?」
「当然解決済みです。本人より長生きすると思いますよ。環境の差で」
「ナイスだ」
午後は動画視聴に戻り、ネットミームの深掘り。ハイパーバスターキャノンおじさんの新作MADがトレンド入りしてる。ネクサス関係に絞ると、結構な数が出た。
「カイザーネクサスの動画あるな」
「ネクサスが公式で出撃や訓練風景を動画化していますからね。素材は豊富ですよ」
「うまいことやるねえ。これ大切な部分は撮影してないだろ」
「スパイが有利になるものではありません。人気獲得のためでしょう」
親近感と愛国心でも植え付けているのかな。広報はやり手らしい。まあ俺が気にすることじゃない。また動画巡りに戻る。ここで気がついた。俺はコロニーの全部を見たわけじゃないな。
「いい機会だ。コロニーの施設を自力で巡るぞ」
「時間の有効活用ですね。最初はどこに行きますか?」
「まずはゲーセンだな。ゲームは俺の魂の故郷だ」
「了解。娯楽施設のゲーセンへご案内します。最新VRゲームからレトロゲームまで揃ってますよ」
娯楽施設エリアに降り立つ。まるで近未来のテーマパークだ。いや俺のいた世界からすりゃ超未来なんだけどさ。ガラス張りの壁。『EGO・ARCADE』ってデカデカとホログラムで浮かんでいる看板がある。ダサかっこいいな、これ。
「凝り性だな博士」
「やるからには徹底される人でしたね。1人なので止める人間もいませんでした」
「なるほど」
中に入ると、VRブースがある。壁一面のモニターが戦闘シミュレーションや宇宙レースの映像を流してる。ブースに飛び込むと、まるでパラドクスに乗ってるみたいに全身でゲームを体感できる。
「ヘッドセットいらんの?」
「かなり古い時代から転移されたようですね。オープンワールドから横スクロールまでホログラム投写可能ですよ。間違いなく1日潰せます」
「今は見学だけにする」
次にレトロゲームコーナーへ。筐体が最新型だが、入っているゲームがドット絵だ。アクション、格ゲー、シューティングなど筐体ごとに入っているゲームが複数ある。ちゃんと最新型っぽい美麗グラのゲームもあるな。あとでやりに来よう。
「ゲームと真逆の施設に行くか」
「では図書館へご案内します。ゲームは楽しく遊ぶものですが、読書は静かに学ぶものです」
「気に入った」
図書館は静かなエリアにある。図書館という言葉が似合うモダンな場所だ。デジタルと物理書籍が共存。タッチパネルで検索すれば、ホログラムで本が浮かび、ページを空中でめくれる。物理書籍もあって、革装丁の古典から最新のSF小説や漫画まで膨大な量が揃っていた。
「こっちの世界の漫画全部知らんな」
「名作から打ち切りまで揃っていますよ」
「永遠に暇潰しできてとてもよい」
国民的漫画とやらをまったり読書。コロニーがいっぱいある世界で国民的とかあるのか。なんならコロニーごとに漫画雑誌ありそうだな。なんて無駄なことを考えつつ、静かな空間でゆっくり本を読む。こういう静かな時間が好きだ。宇宙の星が見える窓がいい雰囲気を出してくれる。
「さて次はどこへ行く? ノイジーが決めてみな」
「ではトレーニングルームへ行きましょう。静と動を極めるのです」
というわけで次はトレーニングルーム。戦闘でパラドクスを動かす俺としては、身体も鍛えておきたい。ジムは広くて、最新式の豪華な筋トレマシンからヨガマットまで完備。巨大モニターでAIコーチがヨガや格闘技の指導をしてくれる。
「運動はしていますか? 適度な運動は寿命と健康に影響します」
「あんまり……体力ないぞおっさんだからな」
「では簡単なストレッチとヨガだけにしましょう。パジャマのままでも結構ですよ」
クーラー効いているし、不快な湿気もないから少しくらいの運動はしてみよう。
モニターにお手本が出るので、同じように動いていく。
「体が硬いですね」
「もう少し柔らかかったんだけどな。不摂生はいけないねえ」
「しばらくはストレッチとヨガだけでよさそうですね」
マットの上で体を伸ばす。初心者でも無理のないポーズを選んでくれているのだろう。純粋に気持ちいいレベルで収まっている。
「いいですよ、体力のないおっさんを卒業する日も近いでしょう」
「筋トレよりこっちがいいや」
「たまの運動は血行をよくし、ゲームで凝った体をほぐしてくれます。スケジュールに組み込みましょう。冷たいプロテインジュースをどうぞ。口直しに炭酸飲料もありますよ」
「助かる。未来じゃプロテインの味問題は解決したようだな」
普通に飲めるフルーツ味だ。昔筋トレ目的で買ったプロテインは、水と混ぜるとまずかったのに。未来っていいねえ。
「汗を流すために大浴場に行きましょう。本日のツアーはここまでです」
「よし、風呂行くぞ」
大浴場に突入だ。とても広い風呂っていうのは気分が上がるよな。大理石や檜風呂が存在し、ジャグジーや電気風呂やサウナまで各種揃っている。
「体が火照っているのでお湯はぬるめです」
「素晴らしい気遣いだ素晴らしい」
檜風呂にゆったり浸かって宇宙を見る。星が煌めく様は、なんとも美しくて落ち着く。俺だけがこの気分を味わっているのだ。風呂からあがって冷たい飲み物でリフレッシュしたら、自分の部屋で食事だ。
「本日はステーキとコーンスープとサラダです。ライスもつけましょう」
食料プラントはコロニーの生命線。ガラス張りのドームに、自動栽培システムが野菜や果物を育ててる。トマトやイチゴが浮遊するポッドで育ち、遺伝子操作で味がバッチリ。培養肉エリアでは、ステーキやチキンがタンクで生成されている。
「ノイジー、このステーキ、牛殺さずに作れるんだろ?」
「はい、培養肉は倫理もクリア。味は本物のA5ランクと同じです」
「そりゃ便利でいいな」
試食してみると、ジューシーでマジで美味い。違和感もなく完食。毎日の食事が高品質なのはストレスをためなくていいな。
「よし、この調子で楽しくいこう」
明日はコロニーを見て回ってもいいし、ゲームしてもいい。クローンが誕生するまで時間はある。その間にこの世界について調べてもいい。予定は無限に作れるのだ。