楽園への誘い
風呂上がりに寝室の扉を開けた瞬間、俺の人生は一変した。目の前に広がるのは、巨大なモニターと浮遊するホログラムパネル。
状況が飲み込めないまま、モニターに映し出された男が喋り始めた。テロップには「博士」とある。
「ようこそ我が同類よ!」
30代くらいに見える男は、子供のような無邪気な笑顔で続ける。
「君がこれを見ている頃、私は別世界へ旅立っているだろう。この宇宙船兼コロニーとロボットを君にプレゼントする。ここは君だけの楽園だ。あとのことはAIのノイジーに聞いてくれ。このクソつまらん世界と人類をどう使うか、すべて君の自由だ!」
俺にとって、これはあまりにも出来すぎた話だ。現状夢オチが最有力候補だが、こんな愉快な夢ならもう少し見ていたい。こちらの困惑をよそに博士は続ける。
「私の研究の全てを詰め込んだこの船は、地球にもコロニーにも存在しない究極の楽園だ。誰を殺そうが、何を壊そうが自由! 好きなものを食べて、好きなやつを殺し、好きな時に寝る。気まぐれに戦争に介入して、片方を勝たせてからそっちも壊すのだって悪くない!」
博士の目は異様な輝きを放つ。続けて、彼は自分の過去を語り始めた。
「私は他人に好かれなかった。童貞で、モテたこともない。かつては他人に優しくあろうと思ったこともある。だが他人は私に何もくれなかった。だから人類には何も与えないことにした。君だけだ。同じ境遇の君だけが私の努力の結晶を受け取れる!」
その言葉である程度わかった。もし俺が天才だったら、きっと同じ結論に至っただろう。世界に希望を持たず、他人に期待しない。他人が俺になにかしてくれた思い出などないので、その気持ちは共感しやすい。
「人類が月に行っても、コロニーを作っても、戦争はなくならない。私はどうしてこんな愚かで醜いものに好かれようと思ったのか……だからこそ! 見下すと気分がいい! この船があれば、世界の争いの何割かは解決し、生活水準も跳ね上がる。だが与えない。だから気分がいい!」
博士の顔が一瞬真剣になり、ゆっくりと語りかけてくる。
「さて、ここで質問だ。私はなぜ君を選んだと思う? 別世界の住人である君を選んだ理由はなんだと思う? 気楽に答えてくれ。君に危害は加えないと約束しよう」
数秒考える。博士が俺と同じ発想で、異世界の俺を選んだ理由。それはきっと、俺の結論と繋がるはずだ。
「何かに秀でた人間や、善人とか、世界を憂うやつじゃダメだ。世界や人類に希望を持っているやつは論外だし……愛着が邪魔だから?」
モニターに「もう少し詳しくお願いします」と表示される。
「遊び場にしていいなら、フラットな状態じゃないとつまらない。この世界出身だと、歴史や出身、家族・友人・恋人みたいな奴隷の鎖が自由を縛る。ここだけが安全でスタートしないと、博士が嫌いな人間や国が最初から安全圏になるかもしれない。そんなの最悪だし、結果が偏るとつまらない」
直後、盛大なファンファーレが鳴り響く。モニターの博士が爆笑している。
「はっはっは! 素晴らしい! そう、大義も正義も理想も信念もない! そういう人間に世界が好き放題蹂躙される! なんて気分がいいんだ!私より若いのに最高のメンタルだ!」
「私より若い? 俺もうアラフォーだぞ?」
「博士は若返りの装置を使った60代です。その反応は、博士が実年齢より若く見えた証明ですね」
中性的でよく通る声が室内に響く。
「初めまして、オーナーハヤテ様。あらゆるサポートを担当するノイジーです。これからオーナーの素晴らしい異世界ライフをサポートいたします」
本当に天才だな。この頭脳を世界は手放したわけか。まあ世界に同情はしない。おかげで俺が楽しめるんだから。
博士は最後にこう締めくくった。
「その世界に死んで欲しくない人間も、滅んで欲しくない国家もない。強いて言えばかわいい動物は少しかわいそうだが、まあ好きに遊んでくれたまえ。では同志よ、よき旅を」
モニターにマップと製造目的が表示される。このコロニー『エゴ・サンクチュアリ』は全長3km、直径2km。燃料と水は無限。超高性能防音ステルス機能、各種実弾・レーザー武装を備え、単騎での戦闘と生存を目指して作られた。どんな災害や戦闘にも耐えられる設計だ。想定収容人数は10人。まさに俺に選ばれた少数だけの楽園というわけか。世界が滅びるのを笑いながら鑑賞するには最適だろう。
コンセプトはオーナーとそのお気に入りの女の子だけは安全で豪華に楽しく生きられること。コロニー内では逃げ場もないため、権限のあるオーナーが絶対的優位に立てる。誰にも見つからず、捕まらず、好きに楽しみながら生き残ることが可能。素晴らしいな。
「オーナー登録完了。次は自室でのチュートリアルを……おっと、戦闘チュートリアルがよさそうですね。不審な船を発見しました。宇宙海賊のようです」
「おいおい、幸先悪いな」
「いえ、最高のスタートです。スキャン完了。武装は貧弱。賞金首でもない下級海賊です。わかりやすく言うなら『序盤のザコ』でしょうか」
「言い方はいい。どうやって倒す?」
「ロボットがあります。格納庫まで転移しますか?」
「頼む」
光に包まれ一瞬後、俺は格納庫に立っていた。目の前にそびえるのは、深い紫を基調とした巨大な人型ロボット。美しい装飾が施され、圧倒的な存在感を放つ。本物の重厚感に、俺の心は高鳴った。
「これがオーナー機です。名前が必要なら決めてください。後で変えても構いません。私は融通の効かないゲームより優秀なAIだと自負してますので」
「パラドクス。とりあえずそう呼ぶ」
「ネーミングセンスも博士似ですね。素晴らしい」
ここから、俺の新しい物語が始まる。博士が残した楽園と、俺だけの遊び場。この世界をどう楽しむか、考えるだけでワクワクする。
どうせ元の世界に友人も恋人もいないから、未練なんてゲームと動画くらいだ。あっちの世界なんて見限ろう。この最高の設備で遊び尽くしてやる。
「海賊は破壊した民間シャトルから略奪中。落ち着いて準備してください」
「了解」
全方位を映すディスプレイが、まるで宇宙そのものに浮いているかのような錯覚を与える。紫と銀の機体が起動し、計器類が次々と光を灯していく。 いいぜいいぜテンション上がってきた。
「ビーム・マニアクス・システム、起動。発進準備完了」
「オーナーハヤテ、パラドクス出るぞ!」
言ってみたかったんだよこれ。そしてコロニーから猛スピードで射出された。Gの衝撃は皆無。博士の技術は規格外だ。視界に広がるのは、無限の暗黒と散乱する残骸。これが宇宙ってやつか。
「パラドクスは全長30mの超ビーム特化型ロボットです。ビーム・マニアクス・システムは無限のエネルギーにより、射撃、格闘、防御、強化、すべてビームで完結します。まずはナビに従って現地へ移動してみましょう」
ブーストや緊急回避の操作は、まるでゲームのようなシステムだ。ノイジーいわくその方が直感的に操作できるとのこと。助かるぜ。
突然、パラドクスを球状のビームバリアが包み込み、周囲の小さな破片を瞬時に蒸発させた。
「これがビームバリアです。最初はこちらで制御しますのでご安心を。攻撃操作の動画をご覧ください」
「助かる。もうすぐ着くぞ。敵の数は?」
「小型旗艦1、戦闘機4、隠し機体1。まずは戦闘機で試しましょう。ステルスモード、オン」
パラドクスが周囲の宇宙に溶け込み完全に透明化した。レーダーからも完全に消滅。敵の死角へ滑るように接近し、最適な射撃位置でパラドクスの手のひらからビームを出す。眩い光が迸り、戦闘機を一瞬で貫く。爆炎が宇宙に咲き、敵機は跡形もなく消し飛んだ。威力、爽快感、共にバッチリだ。
『おいどうした!? 誰にやられた!?』
「この声は?」
「敵の通信を傍受中。こちらの声は聞こえません。罵倒し放題ですよ」
「どうせなら聞こえるように……いや、正体がバレるか。死ねやクズども!」
『がっ! やられちばああぁぁ!?』
次の戦闘機に照準を合わせ、ビームを叩き込む。光の奔流が機体を貫き、爆散。破片がキラキラと散らばる。いいねえゲームみたいで楽しいぜ。
「慣れれば指先、足裏、後頭部など全身からビームを発射可能。まずは手で慣れましょう。次は接近戦の練習です」
「任せな!」
両腕からビームの刃が形成される。紫の光刃がゆらりと揺れながら現れた。ブーストを全開にし、戦闘機に肉薄。振り下ろした刃が敵機を抵抗なく両断した。
『ぐばぎゃあ!?』
『報告しろ! 何がどうなってる!?』
「あと1機。お好きにどうぞ」
「乱れ打ちだ!」
両手からビームエネルギーをひたすら連打する。地味に動かして照準合わせの練習もしているのだ。序盤で慣れておきたいよね。
『攻撃! 攻撃され、わあぁぁ!?』
残るは小型旗艦のみ。だが、その中から人型の機体が姿を現す。
「あれが隠し機体か?」
「旧型のバトルフレーム・セイバー。ビームガンとビームセイバー装備。整備の拙さが実に海賊らしい一品に仕上がっています」
汚れた装甲に、継ぎ接ぎのデザイン。それはそれで泥臭いロボってことでアリだ。
「そろそろ正面戦闘を経験しますか?」
「頼む。ステルス解除!」
「ビームフィールド展開。半径500kmは通信・記録ともに不可。思う存分暴れてください」
パラドクスが虚空に姿を現す。敵機がゆっくりと反応し、ビームガンを乱射しながら突進してきた。
『仲間をやったのはてめえか!』
「ビームは全身どこで受けても吸収できます」
手のひらで受けるとエネルギーに加算されていく。なるほど便利だなこれ。
『なんだとぉ!?』
「ビームを掴んで振り回しましょう」
意味がわからないが、ノイジーのサポートで飛んできたビームを掴む。そのまま横に一回転して鞭のように敵のビームをしならせてぶつけた。
『なああぁぁ!?』
光の鞭が敵機の右腕を斬り飛ばし、ビームセイバーを破壊。敵は焦ってビームガンを乱射するが、パラドクスの機動性には追いつけない。
「いい発想です。パラドクスは遊び心が重要ですから」
「ならこんなのはどうだ?」
両手にビームエネルギーを収束。超高密度の光が輝きを増す。バトル漫画でよく見る必殺技だが、やってみると最高にかっこいいし気持ちいい。
「はああああぁぁぁ!!」
『ばかなあぁあぁぁ!?』
気合を入れて前に突き出す。迸ったビームの渦が、敵機をまるごと飲み込んだ。爆発すら許さず、跡形もなく消滅。宇宙に静寂が戻る。
「初戦闘の感想をどうぞ」
「超気持ちいい!!」
「それはよかった。いまさら人殺しの罪悪感など感じられても困りますからね」
「海賊みたいなクズで感じるものか? まあ人間ごときの命にそこまで感傷的になれんよ俺は」
気分よく雑談しながらコロニーへ戻る。これからの冒険が楽しみだぜ。