後編
実はルークの不名誉なあだ名は『当て馬騎士』と……もう一つある。
それは『無剣の騎士』というものらしい。
騎士なのに剣を持たないことに由来するそのあだ名は、騎士たちの間で呼ばれていたものがいつの間にか街の人たちにも広がっていて、いつしか無能な騎士の代名詞みたいに扱われていた。
あの、子供の頃からぴょんぴょん飛び跳ねてて、ちょっとした木なら一気に飛び乗ったり飛び降りたりする身体能力と度胸があるルークが無能? と耳にした時には不思議に思ったものだ。
だって彼……。
当時同じくらいの体格だったわたしを抱えて二階のテラスから飛び降りたりとかもしてたし。
それってそれだけ腕力もあるってことよね?
そんなルークが剣を持てないなんて……そんなことある?
これに関しては一度ララに聞いてみたことがある。
さすがに自ら距離を取った幼馴染とは言え、不名誉な噂が流れてるのはいただけない。
どうにかしたいなっていう自己満足が顔を出したのだ。
だって……まだ好きだし……。
だから、ララに聞いたのだ。
ルークの『無剣の騎士』ってあだ名を他の騎士様がつけたって本当? って。
結果は……。
うん、世の中って残酷よね。
確かにルークはあまり剣を持たないそうだ。
それもあって同僚の獣族の騎士様がつけたあだ名だったらしい。
それを人族の騎士達が面白がって、嘲って吹聴したそうだ。
これに関してはオーウェン様が眉間に深々と渓谷を作って、人族の騎士達に厳重注意したらしい。
だけど一度流れてしまった噂を回収する術はなく。
ルークの『無剣の騎士』というあだ名が独り歩きして、例の『当て馬騎士』とセットで広がってしまったそうだ。
……まったく!
最初にあだ名をつけた獣族の騎士様はなんで厳重注意を受けないのかしら?
その方が言い出さなければよかったのに!!
なんてプンプンと怒ってたら、ララが曖昧に微笑みながら伝えてくれたことによると……。
どうやら獣族の騎士様の間では栄誉あるあだ名だったらしい。
どうしてそうなる? と不思議に思ってララを問い詰めてみたんだけど、何故か明後日の方向を見ながらのらりくらりと躱されてしまった。
その時のララの尻尾がピンと立ち上がっていたのが印象的だった。
犬の尻尾は警戒とかそういう負の感情で尻尾を立てるのよね? 狼は違うのかしら?
……なんでそんなことを徒然と思い出していたかというと……。
まさに今、そのルークと共に誘拐されて縛られて薄汚れた物置に閉じ込められてるからだ。
……いやなんで?
何がどうしてそうなった?
確か今日は……。
いつも通りララに差し入れしようと思って家を出て……。
騎士団の屯所の前でルークにあって、こんにちはって挨拶して……。
そしたらぞろぞろと体格のいい男の人達に囲まれて……。
「え? ホントになんで?」
「あ、メイ。目が覚めた?」
思わずと疑問を口にすれば、どこかのんびりとした口調の答えがあった。
声の方を見上げれば、そこに在ったのは真っ黒な瞳。
その瞳がゆるりと眇められて……なんだか安心してしまった。
「うん……。ところで何がどうしてこんな目に遭ってるのかしら?」
「あー、うん。メイが僕の大事な人だってバレちゃったみたいで……」
巻き込んでごめんね? って苦く笑う幼馴染に、思わずポカンとアホ面を晒してしまう。
「はぇ? ……あ、あぁ、聞き間違いね。やあねぇ、わたしも流石に動揺してるみたい」
わたしがルークの大事な人だなんて……ないない。
「メイは僕の大事な人だよ?」
「はぇ?!」
何言ってるの? って表情で見返されて、いやいやこっちが何言ってるの? だ。
「もうすぐ成人の誕生日だよね。長かったなぁ。あ、結婚式のドレスはお義父さんとお義母さんが張り切ってたから楽しみにしててね?」
「は……? え……? 結婚式って……誰の?」
「? 僕とメイのに決まってるじゃん。誕生日と結婚記念日が一緒になるけど、毎年二倍お祝いしようね?」
は……?
思わず拘束されてることすら忘れてルークに詰め寄ろうとして……こけた。
うん。腕だけじゃなく足も縛られてたんだったわね。
「わっ。メイ、危ないからじっとしてて」
こけた先にいたのはルークで、図らずも胸に飛び込む形になってしまった。
騎士服の釦が頬に食い込んでちょっと痛い。
だけど、その下に感じるルークの身体は温かくてでもしっかりとした筋肉があって……なんだかドキドキする。
じゃなくて!
「わ、わたしルークと結婚するの?!」
「そうだよ?」
あっけらかんと返されて思わず困惑する。
あれ? わたし、ルークに逆プロポーズして意味の分からない言葉でフラれたよね?
「あ、あれ? わたしルークにフラれたのよね?」
「なんで? そんなことする訳ないじゃん。ずっとずーっと好きだったんだから。
なぁに? 最近ずっとよそよそしかったのって、思春期になって異性として僕を意識してくれたからじゃなかったの?」
「いや……それは……」
「違うの?」
ルークのキラキラした真っ黒な目が、吸い込まれそうな程の闇色に変わっていく。
だけど……。
「違わない……かも」
チョロいというなかれ。
だって、フラれたと思ってても好きだったんだからしょうがない。
ララへの差し入れだって、普通は騎士達への差し入れってご家族や恋人がするものだ。
たかが友人関係ではしない。
だけど友達への差し入れに託けてルークの姿を見れたらなぁって下心があったのは……確かだから。
「……よかった。危うく……」
「え? なぁに?」
小さな呟きは、ルークの胸元に耳を寄せる形になっていたわたしには届かなかった。
だけど言葉を紡いだ時の僅かな振動が、ルークの胸元を通じてわたしの頬に伝わってきた。
「ううん。なんでもないよ。だけどなんで僕にフラれたと勘違いしてたの?」
カンキンとか聞こえたのは気のせいだったのかな?
じゃなくて、えっとフラれたと思ってた理由? それは……。
「わたしが逆プロポーズしたじゃない? その時なんか誤魔化された気がして……」
「誤魔化す? なんのこと?」
「ほら……わたしのポケットに入りたいとかなんとか……」
「あぁ、それは……っ! ……来たみたいだね」
何かに気づいたのか、ルークの全身が緊張を孕んだ。
ルークも同じように縛られているのに器用に身体を動かして、わたしを背中に隠す。
大きくなったなぁと思ってはいたけど、わたしがすっぽりと隠れてしまう逞しい背中に、こんな状況なのにどこかうっとりと安心感と……胸のときめきを覚えてしまった。
我ながら呑気なものだ。
だけど、幼少の頃から何があってもルークがいればどうにかなってたから……。
その頃から蓄積された安心感と信頼は絶大だ。
今回もきっと無事に帰れるだろう。
例えルークが『無剣の騎士』とか不名誉なあだ名で呼ばれたとしても。
そんなことをつらつら考えていたら、物置小屋の扉がぎしぎしと軋みながら開いていく。
日没が近いのか、扉の向こうから夜の気配が漂ってきた。
徐々に薄暗くなっていく物置小屋に入ってきたのは、ガタイは良いけど人族っぽい男の人たちだった。
「……やぁ。君たちか。君たちは自分が何をしたか理解ってる?」
不穏な空気を纏いながらこちらへ向かってくる男の人たちは明らかに救いの手ではなく、この状況に持ち込んだ犯人たちだろう。
そんな相手にどこかのんびりとした声を掛けるルークの落ち着きっぷりが凄い。
「っ!? お前自分がどういう状況かわかってんのか!?」
男の一人が吠えた。
気持ちは分からないでもないけど、いきなりの大声に身体がピクリと跳ねてしまう。
そんなわたしに気づいたのか、わたしの頭にルークの手が触れた。
……ん?
ルークの手?
いつの間にかルークは手の拘束を外して、縛られているように見せているだけだった。
え、いつの間に? 騎士凄い。
ルークの所業に感心していると、男たちが床を鳴らしながらこちらに向かってきた。
「わかってねぇだろう! お前らは俺たちに攫われてんだよ! お前たちの命運は俺らが握ってんだ! わかってんのか!?」
「うん、状況はわかるけど、なんでこんなことをしたのかなぁって」
こてりとルークが首を傾げる。
うん、それは確かに。騎士のルークはもしかしたら万が一決して巻き込まれて欲しいわけじゃないけど、荒事に直面する機会がないとは言えない。
だけどわたしは?
平平凡凡な人族で、そこらにいる商家の娘だ。
身代金は……取れるかもしれないけど、所詮平民。たかが知れてる。
なのになんで?
首を傾げてると、苛立たし気に男の一人が詰め寄ってきた。
「そりゃ! 無能なお前を無能って称しただけで騎士団を追い出されるのが意味わかんねぇからだよっ! 剣を持てない『無剣の騎士』を無能って言って何がわるいんだよっ!」
ははぁ。どうやら読めてきたぞ?
どうやらこの人たちがルークの不名誉なあだ名を流した張本人らしい。
オーウェン様の厳重注意で終わってたのかと思ったら、騎士団を退団させられていたらしい。
……それは確かに重い罰だ。
「機密の漏洩は立派なクビになる理由だと思うけど? それに君たちはそれまでの素行も良くなかったしね。
騎士であることを盾に花街で狼藉を働いていたんだろう? そんな騎士の風上にも置けない人族、騎士団においておけるわけないよね?」
ルークの黒い瞳が、宵闇迫る物置小屋の中できらりと光った気がした。
「うっせぇ! いつも身体張って仕事してんだ! たまにはハメを外したっていいだろうがよっ!」
「はぁ……そんな精神で騎士が務まると思うとでも?」
ルークのため息に、男たちがいきり立つ。
「うっせぇ! 剣も持てない無能がよっ! お前の前でお前の女を犯してやるよっ!
身動きのできないその状態で、指くわえてみてるんだな!」
「……あ゙?」
部屋の空気が冷えた気がした。
ゆらりと立ち上がるルークの足には、まだ拘束の縄が残っている。
ルークの気配に圧倒されていた男たちも、それに気づいて嘲るような笑みを浮かべた。
「へっ! 女を守る為に立ち上がっても、足縛られてる状況で何ができるんだよっ!
そこで無様に倒れて、女がヤられるとこでも拝んでなっ! ふぎっ!?」
そこまで言った男の身体が吹っ飛んだ。
て、なんで?
「な?!」
ほら、相手も動揺してる。
チラリとルークに視線を送れば、そこにはすっくと立つ……立つ?
「はぇ?」
ルークの両足は縛られたままで、ついでに男を蹴飛ばした宙に浮いた状態だった。
なのにわたしの前に立ちはだかるルークの身体を支えるのは……。
「……しっぽ?」
ルークの騎士服の裾から、ルークの髪色と同じ朱に包まれた太い尻尾が覗いて、ルークの身体を支えていた。
「しっぽぉぉぉ!?」
「あれ? メイ、知らなかったっけ?」
やっと足をおろしたルークがかがんで、足の拘束に手をかける。
肩の筋肉が騎士服をぐぐっと盛り上げて……。
ブチィ!
「素手で……引きちぎった!?」
残っていた男たちの驚愕の声が響く。
ちなみに初手でルークに蹴飛ばされた男は気を失っているらしい。
え? どんだけの脚力で蹴ったの?!
「だいたいさぁ。剣を持たないからって強くないと思うとか……ちょっと考え無しじゃない?」
この世界、色んな種族がいるんだよ?
それからのルークは圧巻だった。
まさに全身が武器。
拳一つで相手を気絶させるなんてまだ優しい方で。
放り投げた相手が、別の相手を巻き込んで吹っ飛んでいった。
卑怯にも後ろから殴りかかろうとした相手は、あの力強い尻尾でなぎ倒され壁を突き破って姿を消す。
「はぇぇ……」
ポカンと口を開けていたら、くるりとルークが振り返った。
何が凄いって……返り血を一滴も浴びてない。
すごい……あれだけ、体術、というか接近戦だったのに……。
「うん。片付いたね。じゃ、そろそろ応援が来るはずだから……」
すたすたと近づいてきたルークがわたしの拘束を外す。
ぶちぶちと。
いや別にちぎる必要は……ないよね? じゃなくて。
「ルークは……獣族なの?」
「そうだよ? 言ってなかったっけ?」
「し、知らない知らない!」
「……そうだっけ? 母上あたりが言ってると思ってた」
ひょいとわたしを抱き上げるルークは、さっきまで肉弾戦をしてたとは思えないさわやかさだ。
「き、聞いてない聞いてない!」
「あぁ、だからか……。だから僕のプロポーズ分からなかったんだね」
「え? ルークからのプロポーズ?」
ってもしかして……。
「「大人になったら僕をメイのポケットに入れてね?」」
「それがプロポーズなんてわかるかぁ!!」
「わぁ! メイ落ち着いて」
ぎゅっと抱きしめられて、随分と自分が不安定な体勢なことを思い出す。
いや、でもルークの横抱っこは安定感抜群だしなぁ。
「あのね、この尻尾でわかる通り、僕はカンガルーの獣族なんだ。
もう、子供を育てるポケットはないけど、ポケットは僕たちカンガルーの獣族にとって子供を育てる大切な場所って象徴なんだ。
だから、本来は誰にも触れさせない。夫、つまりそのポケットで育む子供の父親以外にはね。
だから……」
カンガルーの獣族のプロポーズはその言葉なんだ。
なぁんて、はにかんで笑うルークの顔は、あの日野の花のブーケを差し出した時と同じ笑顔だった。
最後までご覧いただきありがとうございました。
ご評価、お星様、ご感想、いいね等々お待ちしております。
カンガルー獣人いかがだったでしょうか?
可愛いふりしてカンガルー、ゴリゴリマッチョですからね。
尻尾で全身支えて立てちゃうらしいですからね。
ヒロイン視点だったので、ところどころ不穏な気配が燻っているだけですが、実のところ、愛重ヒーロー企画に相応しい囲い込みを見せております。
その辺り、追々追加できればなぁと考えております。
あと単純にカンガルーヒーロー書くのが楽しかったので!
改めて、最後までお読みいただきありがとうございました!