きつねつき!(Prototype)
月夜の美しいまだ春の風が残る頃。
神社の御神木にたたずむ少女が一人。太い枝に結い付けられた縄を、台の上に乗り見つめている。
「そこの小娘」
その少女にどこからともなく、声を掛けたものがいた。
「……きつね?」
声の先を見つめ、少女はそっと呟く。
「ほほぅ。驚かないのだな」
声の主は、ゆっくりとそして厳かに語る。
「小娘、お主はそこで何をしているんじゃ?」
少女はため息混じりで、そしてどこか魂の抜けたような瞳で、その問いに答える。
「……見りゃわかるでしょ?」
その答えに、呆れながらも笑いながら返事が返る。
「あぁ、そうじゃな。じゃがな小娘よ。その御神木じゃが、今に至るまで地を吸ったことは無いんじゃよ。そしてこれからも、吸わせる気は無い」
その言葉で、少女は不機嫌な様子になる。そして、ぶつけるようにそれで居て淡々として、言葉を投げ捨てる。
「どういう意味? 私を止める気? 怪異が?」
それを聞いて、声の主はケタケタと笑う。一呼吸をおいて、企みを携えながら刺さるような目で、少女に告げる。
「なぁに。まぁ、御神木を汚されたくないのも本音じゃがの。小娘、その前に妾にその身体、預けてみてはくれんかのう」
「あず……ける? から……だを?」
「そうじゃ。妾も人間の世界が気になる。小娘、お主の身体を借りて、楽しませてはくれないかのう? その後でも良かろう? まぁ、その時は、別のところにしておくれ。妾の社が汚されてはかなわん」
「……ずいぶんと条件を付けるのね。でもいいわ、その提案乗ってあげる。私の身体、好きに使うと良いわ」
声の主、白いきつねは満足そうな表情で、嬉しそうに叫ぶ。
「よし! 交渉成立じゃな! 小娘、お主の名前を妾に預けよ!」
少女は澱んだ目で、呟くように名前を伝える。
「……白龍院 美咲」
きつねは叫ぶ。
「契約成立じゃな!」
その声とともに、白のきつねは姿を消し、少女の身体は、白い光に包まれる。包んでいる光は、徐々に小さくなり、そして少女の中に消えていった。
ここから、「きつね」の受難が始まるとは、このときは知る由もない。