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聖女乱心

 聖使徒ルーライの誕生日を祝うのは、春の恒例行事だった。


 聖職者も民衆も、はたまた異教徒まで混じって飲み食いし、大いに語り合う。それこそが大賛礼祭だった。異教に寛容な教えこそ、我らが教会を巨大組織たらしめていると言っても過言ではない。


 教会の頂点に君臨する大聖女ウルスラ様も、この日ばかりは一般信徒と触れ合う。だからこそ、教会の最高戦力たる俺たちも出張らなければならないというわけだ。


「四聖憲の方々、いつもご苦労さまです」


 信徒の一人から声をかけられ、笑顔で会釈を返す。


 俺ことユーク・イーゼルベルクは、この大陸全土に普及している世界宗教、ルーライ教の近衛騎士、【四聖憲】の一人だ。


 同じく四聖憲のライアン、カサンドラも一緒だ。大陸最強の四騎士のうち三人を動員するとは、今回は物々しい雰囲気だ。


 一通りの交流が終わり、行進も終盤に差し掛かった頃だった。ウルスラ様がなにか、低い声で唱えているのが聞こえた。祈りの聖句ではないようだ。


「なぜ貴様らは死なない? なぜ自ら死を選ばない? なぜ……」


 虚ろな目で、ウルスラ様は呟いていた。俺は面食らう。聞き違いか? だが、微かなその声には、明確な殺意が込められていた。


「なぜ貴様ら程度のために、私が手を汚さねばならない?」


「誰だ! ウルスラ様から出ていけ!」


 俺はすかさずウルスラ様の前に立ちはだかる。このかんじ、かなり邪悪な瘴気が漏れ出している。


「どうした、ユーク?」


 すぐさまカサンドラが駆けつける。


「ウルスラ様の様子がおかしい。すぐに民衆から遠ざけないとヤバいかもしれない」


 俺の一言であらゆる事情を察したのか、カサンドラはすぐにウルスラ様を庇い、聖堂内へと誘導した。


「【冥き深淵に潜む王よ。なぜあなたの威光は届かないのか】」


 ウルスラ様の口からそんな言葉が聞こえてくる。


 ただのうわ言にしては、口調がはっきりしすぎている。やはり、なにか悪魔に取り憑かれているようだ。


「ウルスラ様?」


 カサンドラがウルスラ様の顔を覗き込む。すると、ウルスラ様の右手がカサンドラの胸を貫いた。非力な聖女にこんな真似ができるはずがない。やはり、ウルスラ様は悪魔に魂を奪われたのだ。


「カサンドラ!」


 俺はすかさずウルスラ様の右腕を斬り落とした。金切り声を上げてウルスラ様は倒れ込み、暴れる。対するカサンドラも、痛みに気を失いかけていた。二人の身体から流れ出る鮮血で、聖堂の床に血の海が広がる。


 なぜこんな事になったのか、疑問は尽きない。だが、今は民の安全を最優先に考えねば。


「お前もすぐに死ぬことになる。逃げられると思わんことだ。ユーク・イーゼルベルク」


 ウルスラ様の口からは、そんな邪悪な言葉が聞こえた。


 おかしい、大聖女は数多の加護や魔除けの結界で守られている。簡単に悪魔に憑依されることはない。


 ではなぜ?


「【深淵の冥王の前では、全てが闇に染まる。そこには光も影もない。ただ虚無が広がるのみ】」


 この詠唱、間違いない。


 太古の昔、聖使徒ルーライによって封じられた悪魔のものだ。名前は伝わっていない。確かこれは、その悪魔の使う魔法、【アビスプルートー】の詠唱だ。その証拠に、ウルスラ様の周囲を黒い炎が覆っていく。


「冥き底に沈め。極大魔法【アビスプルートー】」


 俺は魔法の発動前に、ウルスラ様の残る左腕を斬り飛ばした。両手を失い、極大魔法は不発に終わった。


「いや、痛い! 助けて! 誰か!」


「なっ?」


 ウルスラ様は正気に戻ったようだ。だが、タイミングが悪すぎる。それに、悪魔が演技をしているだけの可能性もある。


「どうされました?」


 ライアンが群衆をかき分け駆けつけてきた。


「な、ユーク。お前……」


 ライアンが目にしたのは、胸を刺されて倒れるカサンドラと、両腕の欠損した大聖女。


 そして血に濡れた俺の聖剣だ。


「貴様! 乱心したか!」


 ライアンはすかさず斬り掛かってきた。


「待て。これは……」


 俺はどうにか剣で受け、事情を説明しようとする。この状況では誤解されても仕方ないからな。だが。


「ユークさんが突然、カサンドラさんを刺して私を脅してきたのです。聖女の大魔法で民衆を皆殺しにしなければ、四肢を一本ずつ斬り落としていくと……」


 そんな嘘八百を並べ立てるか、この悪魔め。やはり悪魔が演技しているようだ。


「待てライアン。ウルスラ様は悪魔に取り憑かれていて……」


「取り憑かれているのは貴様の方だ! ユーク!」


 ライアンは涙ながらに叫んだ。


「俺はお前のこと、盟友だと思ってた。なのにこんな残酷な真似をするなんて……どうかしているぞ!」


 まさか。ライアンでさえも、この悪魔の口車に乗ってしまうのか?


「信じてくれ! 今すぐ逃げないと皆が危険だ!」


「危険なのはお前だ!」


 そう言ってライアンは俺を蹴り飛ばした。


「残念だよ、ユーク。だがお前がこれ以上過ちを犯す前に、止めてやるのが友としての責務」


「待て。話を聞いて……」


 次の瞬間、視界が反転した。首を斬られたと分かった次の瞬間には、俺の意識は消えていた。


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