エスプレッソ
水色と白でできたナチュラルな空を見ても私は何も感じない。
たとえ、数百種類の緑が援護したとしても私の心は動かない。
疲れているのだろう。
カフェ巡りが趣味の女の人に、連れまわされた。
いや、そんな軽いものではない。
もっと品がなく、重厚で、途轍もなく息苦しいものである。
雑踏する駅の改札口とは無縁になった。
厚かましい手数料を払えば、温かいご飯が家までやってくる。
楽な……いや、便利で効率的な……いや、ストレスフリーで快適な世界を創るために世の中は動いているはずだ。
しかし実際は、粘度が高く喉ごしの悪い空気がこの部屋を占拠している。
築40年の木造アパート。
部屋の長押には新旧雑陳のホコリを纏った喪服。
上着の左ポケットからは、白っぽい紙が少しだけはみ出ている。
不完全に折れた佛時日程表だ。
当時の様子をなるべく忠実に、脳内で描写しながら黙読する。そして、佛事日程表をこんなに時間をかけて読む人はいないだろう。と、変に陶酔した。
一、火葬 七月 五日 十四時 00分
今の私には”火葬”の二文字が少々重い。
人はやがて灰になる。どんな功績を残そうとも結局は灰になるのだ。
火葬場の係員は、故人がおこなった善行も悪行も特に考えないまま、無慈悲に点火ボタンを押すのだろう。
無情、不感症とも思える。いや、本当はすごく楽しんでいるのかもしれない。燃やすことを生業にしている鬼畜な悪魔だ。だとしたら天職だ。
思考が予期せぬ方向に広がり続け、気が付くと自分が小さく思えた。
カフェに行くならエスプレッソが美味しいところがよい。
カーテンレースが風に吹かれて、部屋の内外を行き来する。
いつものように、初夏の西日は私の体内時計を狂わせた。