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入学試験。の後

「ふむ、ギリギリじゃな。君たちで最後だ。それと……今度から扉は静かに開けるようにな?」


 駆け出した勢いのまま扉を開けてしまったヴァンたち三人に、部屋の中央に立つ赤毛の老人がそう言って苦笑した。

 無意識のうちに口から出た謝罪を落としつつ、部屋の中を見回す。

 その部屋は、簡素、の一言に尽きた。飾り気の無い灰色の壁に囲まれ、中央に立つ老人のすぐ上には灯明の魔道具がぶら下がっている。

 黒のローブを纏う老人は赤く発光する球体を手に持っていて、老人の目の前では横一列に少年たちが五名並んでいた。自分たちと同じように今日試験を受ける子たちだろう。どこぞのお金持ちの子供たちなのか、見た目は高級そうなきらびやかな服を着ていた。


「扉を閉めて並んでくれ」


 老人に言われるまま扉を閉め、並ぶ五人の左側に立つ。すぐ隣にアリアが並び、さらにその傍にリシャがおずおずと足を進めた。

 右側から視線を感じるがこちらも瞳を送ることも無い。それより気になることがある。

 先の通り、この部屋は何も無さ過ぎだった。机も無ければ座る椅子も無い。ちらりと左に立つアリアを見上げる。一度受けたことがある余裕か退屈そうにしていた。少し顔を突き出してアリアの影に隠れているリシャを見る。所在無さ気にもじもじと体を揺らしていたが、こちらの視線に気づくと何故か安堵の微笑みを浮かべた。


「さて、これから君たちには入学のための試験を受けてもらうわけじゃが……なに、難しいことはないぞ。この魔道具に触れてもらうだけでいい」


 老人が右手に持つ赤く光る球体を持ち上げる。その、試験というにはあまりにもおざなりなものにヴァンは困惑した。

 右側の五名の少年たちも「それだけ……?」「筆記とかはないのか?」と声を出している。


「ではまず、一番左側の君から」


 しかし老人はそんな声を無視し、リシャから真逆の位置を指差して一人の少年を呼んだ。

 緑色の髪をした少年が戸惑いながらも進み出る。


「これを持ちなさい」


 少年の困り顔など気にせず、老人が赤く光る球体を手渡した。球体は一瞬だけ光を失い、少年の手に触れた瞬間に緑色になる。

 驚く少年たちとリシャ。

 しかし、ヴァンはあの魔道具がどういったものか、なんとなく分かった。

 あれは恐らく手に持った者の魔力を見る類の魔道具なのだろう。以前、まだ魔族としての力を持っているときにも見えていた、魔力の色。どことなく懐かしい気分になり、色の変わった魔道具を見つめた。

 しかし、分からないのは先ほど初老の男性が持っていた時より、明らかに光が弱いことだ。良く見れば緑色というよりは、妙に黒ずんでいる気もする。

 老人はじっと魔道具を見つめ、しばらくして口を開いた。


「うむ、十分だ。さぁ、次の子、きなさい」


 少年から球体を取り上げ、別の少年を手招きする。魔道具はまた赤く輝いていた。


 程なくしてヴァンの番となる。少年たちはそれぞれ自らの色を魔道具に写したものの、やはり光はどれも弱弱しかった。

 老人に呼ばれて目の前に立つ。近くで見る球体は燃え上がるように赤い。


「落とさぬようにな」


 ヴァンの見た目が小さいからか、老人の口調は子供を気遣うそれだった。


「はい」


 子供のように見られるのは――やはり不本意だが――慣れてしまったので気にしないでおく。

 ゆっくりと両手で受け取った魔道具は思っていたより重い。ひょいと投げられれば落としていたかもしれない。

 触れた瞬間、魔道具が光を発した。ぶら下がる灯明より明るく部屋中を照らす。

 色は、遠く果てない海に似た青。それに混じって赤色がうねりを上げている。


「ほぉ……」


 初老の男性が息を漏らし、蓄えられた顎鬚を触った。


「よろしいですか?」

「む、おぉ、良いぞ。ありがとう。お嬢ちゃん」


 ヴァンが青く輝く球体を差し出すと、老人は片手で受け取りながらもう片手で頭を撫でてきた。そういえば頭をこんな風に撫でられたのは師匠とどこかの工房長以外でははじめてかもしれない。

 少し気恥ずかしくなってはにかむ。と、突然肩を掴まれ後ろに引っ張られた。


「次は私の番よね」


 見上げる前に上から声が落ちてくる。凛として澄んだ声……に若干不機嫌な棘を含んだそれは、アリアのものだ。


「アリア、失礼だぞ」


 顔を上げて下から覗き込む。しかし、アリアは唇をとがらせるだけだった。


「ほほ、よいよい。さぁ、アリア君、これを」


 老人は小さく笑うと球体を差し出した。引っ手繰るように受け取るアリア。

 次の瞬間、老人の顔から笑みが消えた。

 魔道具が強い光を放ち、赤色になったかと思うと青色がそれを飲み込み、次いで緑色が球体を塗りたくって中央から乗り出すように黄色へと変わっていく。

 それを何度も繰り返す球体を見据え、老人がアリアを見た。


「ふむ……」

「な、何よ?」


 その全てを見透かすような真っ赤な瞳にアリアが気圧される。しかし老人はそれに答えず、また笑みを作ってリシャの方を見た。

 視界の端でリシャが肩をすくめるのが分かる。


「ほほ、最後はお嬢ちゃんだよ。さぁ、おいで」


 人見知りをするリシャの性格を一目で分かったかのように、老人は優しい声音で言った。

 おずおずと老人に近づき、伺うように見上げながら球体を受け取る。

 魔道具はすぐに変化をみせ、金色の光が部屋中を照らす。


「……うむ、これで試験は終わりだ」


 リシャから球体を受け取りつつ、赤毛の老人がそう告げた。そのまま視線をヴァンたち以外の五人に向ける。


「君たちは帰りなさい。残念ながら不合格じゃ」


 その言葉に少年たちが目を丸くした。いや、正確にはこの部屋の老人を除く全員が。


「な、なんでですか!?」

「その魔道具を触っただけで不合格が決まるなんて納得できない!」


 口々に不満を叫ぶ少年たち。無理も無い。ヴァンも少年たちと同じ立場なら恐らく理由を追及しただろう。


「今回は運……いや、力が足りなかっただけじゃ。その気があるならまた来年きなさい。その時君たちが少しでも強くなっておれば、合格できるだろう」


 結局不合格の理由を言ってない老人に少年たちはまた不満を叫んだ。


「何をそんなに怒っておる。どうせ試験を受けるのはタダなのだから、いつでも受けにくればよかろう。無論、自らを磨いてから、のう?」


 その言葉で、少年たちは渋々、本当に渋々といった様子で部屋を出て行った。

 そんな姿を唖然と見つめるヴァンとリシャ。アリアはと言うとどこか勝ち誇ったような表情で鼻を鳴らしていた。


「さて……試験合格おめでとう。と言いたいところじゃが……君たちは本当にこの魔術学園に通う必要があるのかね?」


 言われ、ヴァンが表情を引き締める。老人も、熟練の戦士を思わせる鋭利な雰囲気を纏いだす。


「君たちはすでに魔術が使えるじゃろう?」


 両隣でアリアとリシャが体を硬直させた。まさかあの魔道具の変化だけで気づかれるとは。


「……使えたら、入ってはいけないのですか?」

「ふむぅ、まぁ悪くはないんじゃが……む?」


 眉をひそめながらヴァンをじっと見つめた。

 そして、何かに気づいたように驚きの色で赤い瞳を揺らす。


「これは驚きじゃ。『基本』を知らずに魔術を使っておったのか。なるほど、確かに魔術に関してはまだまだ……ふむ」

「なっ、んで分かったんですか?」


 今度はこちらが驚愕の表情になった。その反応に満足したのか、老人はさらに笑顔になる。


「そんなもの見れば分かるわい。『魔術の基本』、すなわち『理の理』、こと『基本』に関してはわしに並ぶのはこの世で三人しかおらん。なにせ、わしはここの学園長じゃからな」


 年甲斐も無くニカっと笑う学園長に、ヴァンたちは他三つの学園にすればよかったかと本気で考えてしまった。




「それで、ヴァン。どの学科にはいるつもり?」


 ベッドの感触を確かめているアリアがたずねてくる。

 あのあとヴァンたちは学園長に案内されて校舎の影に隠れていた寮に来ていた。ここは女子寮らしく、学園長に連れられて部屋に来るまでに何人かの女生徒とすれ違った。珍しいものを見るような視線が思い出せる。


「そうだな……魔放科とやらにしようかなぁ」


 道すがら学園長に説明されたのだが、魔術学園には四つの学科があるらしい。

 詳細はこうだ。

 まず『魔装科(まそうか)』。文字通り魔装を重点的に学んでいく学科。

 そして『魔放科』。こちらは放出系を重点的に学べる。

 次に『魔具科』。基本的な魔術を修めた後、魔道具に関する本格的な授業を行うそうだ。ここでは魔道具の部品生成や製作もするらしい。

 最後、『魔術研究開発科』。通称『魔究科』。ここは普通の学科と違い、魔術の研究を主としており、その名の通り開発もしている。と言っていた。

 ギルドへの登録の有無は『魔装科』と『魔放科』の授業でギルドからの依頼を受けて達成するものがあるからだそうで、達成によって単位を受け取るらしい。その時学園長が悪そうな顔で『まぁその報酬は学園がもらっておるがな』と言っていたのが印象的だった。

 さらに『魔具科』や『魔究科』で出来た魔道具の部品なども世の中に売りに出されたり、開発された魔術や魔道具の権利も学園側にあったりと中々資金源は豊富だという。

 その代わり生徒たちの授業料や寮費などは免除にしているらしいので、持ちつ持たれつと言ったところだろう。入学金はすぐに辞められてもいいようにとの『保険』か。


 ……そもそもそんな込み入った話を合格したばかりの自分たちに話すのはどうかと思うが。

 というか、老人とはいえ男の学園長が女子寮に入って案内しても良いのだろうか?


「魔放科ね。じゃあ私もそれにするわ」

「……別に俺に合わせることはないぞ? お前はもう放出系で勉強することはないだろ」

「何言ってるの。私はお母さんみたいに規格外じゃないし、まだまだ分からない魔術も沢山あるわよ。ていうのは建前で、ヴァンと一緒にいたいだけ」


 さっきのお返しかニヤニヤと笑いながら言ってきた。自分で言う分には恥ずかしがらないくせに、こちらから言ってくると何故ああも恥ずかしがるのか。

 ともあれ、今は熱を持った顔を冷ますことに集中しよう。


「……わたし、は、魔具科に、しよう、かな?」


 リシャが呟く。視線を向ければ、『テッタラ袋』から服を取り出しクローゼットに入れるという行為を繰り返していた。

 本来なら部屋は二人で使うらしいのだが、そこはアリアが押し切って三人で使うことになったのだ。といってm学園長は押し切られるでもなく、即答で了承したが。


「魔具科に? 私たちと一緒にじゃなくて?」


 学園の中でも三人一緒のつもりだったのか、アリアが驚く。ヴァンはとりあえずアリアを手で止めて、リシャにたずねた。


「俺は良いと思うが、理由聞いてもいいか?」

「……わたし、は、魔術、っていう、力、を、手に入れた」


 背中を向けたまま、リシャが言葉を連ねる。


「でも、守れる、人は、限られてくる。手が届かなかったら、意味が、ない……。こうしてる、間、にも、わたしが、味わった、悲しみ、を受けてる人たち、がいるかも、しれない」


 ヴァンとアリアは静かに耳を傾けた。


「だから、力の無い、人でも、自分たちの身を、守れる、魔道具を、作りたいな、って……」


 そこでリシャが振り向き二人に恥ずかしげに微笑んで、「魔道具のこと、全然、わかんないけど」と付け加える。


「そうか……。うん、良いと思う。応援する」

「もちろん私もよ。どうせなら私たちが魔放科から失敬する知識もあわせてすんごいのつくっちゃいましょ!」

「失敬って……それが教えてもらおうというやつの言葉か。まぁ、俺にも何か出来ることがあったら、言ってくれよ?」

「……うん!」 


 笑い合う。

 ヴァンはこの三人で過ごす学園生活に不覚にもときめいてしまった。



「……最近、俺も毒されてるな……」


 なるべく聞こえないように呟く。だが、緩む頬はどうしても引き締めることは出来なかった。


読んでいただきありがとうございます。魔術学園はそういうところでした。

来るものは多少拒んで去るもの追わずってなやつですね。自分で考えといてなんですが、こういう学校なら進んでいきたかったですねぇ…。あ、もちろん魔術とか有りで。

ともあれ、後編でした。そして拭えないグダグダ感。コヅツミはもっとイチャイチャしてるのを書きたい。…いっそのことR15にしてしまおうか。


…で、ではまた自戒!!

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