入学試験。の前
魔術学園とは、通常の教育に魔術の行使と魔力の操作を学ぶ場所である。
これには門外不出となっている大量の魔術書、魔道具を使用し、必要であればそれらの魔道具は生徒に与えられる。
ゆえに魔術学園入学における費用は莫大なものだ。
しかし、その後の授業料は無料で、全寮制であるにも関わらず寮費等も無い。これには理由があるが、それは後々の説明とさせてもらう。
というのが、ヴァンが先ほど受けた説明だった。
「……学び舎のはずなのに、入学式前までに試験に合格してお金が足りれば入れるってどうなんだ?」
ぼやきながら目の前の建物を見上げる。
左右対称に建てられた巨大な校舎は、これまた巨大な校門に守られていて、さらに後方に二つの大きな塔を従えていた。
周囲を見ればまばらに人の姿があり、皆一様にこちらを伺っている。この学園の生徒かと思ったが、それにしてはそれぞれ自由な服装だ。
もっと多くの生徒が通っていると思ったが、そうでもないのだろうか。
「人が少ないのは今春休みだからじゃない?」
隣に立つアリアが波打つ金髪を揺らす。反対側に寄り添うリシャは感動しているのか後者を見上げて口を開いていた。
「春休み、ね」
「えぇ。確かー……入学式は一週間後だったはずよ。それまでの長期休暇ね」
その言葉を聞いてリシャが我に返る。恐らく自分の顔は呆れのものとなっているだろう。
「そう、いえば、一週間後、だったね」
一週間後。一週間後なのだ。入学式が。
この一年間で、やっと三人分の入学金がたまったのだが、今から申し込んでも恐らく来年になるだろうと踏んだ。
それまでに授業料等を稼げば良い、と。
しかし、事務員から返ってきた答えはこうだ。
「あぁ、それなら八日後が入学式だからまだ平気だね。今日の試験は終わったからまた明日おいで」
明らかにおかしいと思う。普通は試験日とかそういうのがあって、一気に受けさせるものなのではないのか?
ヴァンが入学したのは編入という扱いだった。まぁその時は師匠の顔が利いたのだろうが。
それにしても入学式までならいつでも試験が受けられて合格すればその年に入学できるというのは、明らかに変だ。
……費用が入学金だけと聞いた時は小躍りするところだったが。
「まぁ良いじゃないの。すぐに入れるのだったらそれに乗らない手はないわ」
「いや、まぁ、そうだが……というか、試験なら勉強とかしたほうがいいんじゃないのか? 自慢じゃないが俺は頭が悪いぞ?」
本当に自慢ではないが、仕方ないだろう。先も言ったが入学できたのは師匠の口利き――つまり裏口入学――があったはずなので試験などというのは受けていない。最も、当時は師匠に捨てられたという衝撃と悲しみが強かったため気にも留めていなかったが。
「わたし、も、お勉強は、あまり、出来ない、よ?」
リシャが不安そうにアリアの顔を覗き込んでいる。この一年見てきて、リシャは特に頭が悪そうには見えないが……否、むしろかなり良いはずだ。
それでも不安になるのは恐らく『魔術学校』という物を特別視しているからだろう。入学金から考えて一般の家庭の子供は入れなさそうなので特別に見てしまうのも無理からぬことだが。
「んー……多分、平気よ」
しかしアリアは自分たちの不安など何のその、右手を掴んで引っ張り出した。リシャも引っ張られてあわあわと扱けそうになっている。
「私が入った時と変わってないなら試験っていうほどのものでもないはずよ。あ、でも、私たちが魔術を使えるのは黙っていたほうが良いわね。下手なこと言ってヴァンが入学式で『許可』をもらえなくなったら困るし」
その言葉に頷きつつ、ヴァンとリシャは文字通り引っ張られるように入れるかもしれない学び舎へと足を踏み入れた。
「あら、いらっしゃい」
入ってすぐ右の窓口に近づくと、昨日話した事務員がそう言ってくれる。
「試験を受けに来たのだけれど」
「えぇ、分かっているわ。じゃあ、これに名前を書いて……あ、一応聞いておこうかしら」
そう言って事務員さんがアリアに渡そうとした用紙を引っ込めた。無論、アリアの手は空を切る事になる。
「何を?」
一度正規の手順で入学したアリアも何かを聞かれるのは初めてなのか、首をかしげながら聞き返した。それにしても、もし今の空振りを男にされていたら烈火のごとく怒っていたかもしれない。事務員さんが女の人で良かった。
内心胸を撫で下ろしているヴァンに気づくわけも無く、事務員さんが口を開く。
「ありえないと思うけど、一応規則だから。えーと、あなたたち、ギルドには加入しているかしら?」
「えぇ、してるわよ」
「そうよね、入ってないわよね……って、え?」
事務員さんが明らかに動揺している。何故そんなに驚くのか分からず、三人で首をかしげた。
「ほ、ほんとに? あなたたち、冒険者なの?」
「あぁ、そうだが?」
ここにきて初めて事務員さんに声を投げた気がする。しかし、事務員さんはこれまたうろたえ始めた。
怪訝に思ったが、すぐに思いなおす。恐らく口調に驚いたのだろう。旅の間にも何度かあった。……といっても、口調を改めるつもりは無い。演技ならまだしも普段から女の子然とした話し方にするのは抵抗がある。
「え、えっと、そ、それじゃあ、こっちのほうに名前を書いてね。確認するから」
そう言って事務員さんは白い用紙を完全に引っ込めて、代わりに羊皮紙を出した。
ギルドに関係する時、使用するのはいつもこの羊皮紙だ。ギルド御用達なのだろうか。
「……は、い。どうぞ」
最後、リシャが書き終えて事務員さんに渡す。窓口が微妙に高めなのでヴァンとリシャは背伸びをしなければ書けなかった。
「あ、ありがとう。では、少々お待ちください」
事務員さんが奥に引っ込む。しばらくして何か驚きの悲鳴が聞こえてきた。
「ぜ、全員Bランク!? し、室長、これ間違いじゃないんですか!?」
「バカモン、声が大きい! ギルドへの確認も取ったのだから間違いないだろう……」
「で、でも、あの子達、まだ全然若いですよ? Bランクって言ったら何度か魔獣討伐しないとだめなんですよ!? 私ですらEランクなのに!」
「お前の場合は魔獣討伐の依頼を受けんからだろうが!」
「そ、そうですけど……」
「とにかく、全員Bランクなのは間違いないだろう。見た目で判断すると痛い目にあうぞ」
「……それは、室長が若い子だと思ってナンパしたら実は五十過ぎのおばさん魔術師だったっていう体験談からくるお言葉ですか?」
「なっ、なぜお前がそれを!? って、んなこたぁどうでもいい! さっさといけ!」
なにやら揉めているようだ。
まぁ確かに信じられないのは仕方ない。見た目は本当にただの女の子たちなのだから。不本意ながら。
「え、えー、こほん。お待たせしました。確認が出来ましたので、どうぞ、あちらの扉に。あそこが試験を行う部屋です」
「ど、どうも」
少し頬の引きつっている事務員さんに頭を下げ、三人は指定された部屋へと歩く。
「……でも、なんで、ギルドのランクとか、調べたの、かな?」
「む、確かに。別に関係ないと思うんだが……アリア、何か知らないか?」
「うーん、そうねぇ。確か、授業の一環でギルドからの依頼を達成するっていうのがあった気がするわ。だからじゃないかしら?」
「授業で? 依頼を? なんでまた……」
「さぁ? 私はその授業受けたことないし、分からないわ。十二歳の頃に入学して十三歳で中退したもの。一年しか通ってないし」
ということは、彼女にとっても六年振りの学園ということになる。
しかし、一年しか通っていないのは初耳だ。ヴァンは何となしに尋ねた。
「そうだったのか。なんでだ?」
「え……?」
そして、アリアの表情が歪んだ。立ち止まり、瞳を揺らす。
だがそれは一瞬で、すぐに悪戯っぽい笑顔になった。
「ふふ、ヴァン? 乙女にはね、ヒミツの一つや二つがあったほうが魅力的なのよ?」
しかしヴァンはいつも通りの呆れのため息を、即座に返すことが出来なかった。そんな風に、誤魔化せる秘密ではないと、分かってしまった。
何故なら声が少しだけ震えていたから。何かを怖がっている。確信できた。
でも、問い詰めることは出来ない。誤魔化すということは言いたくないということだ。声が震えるほどのことなのに、言いたくない。
「……そんな秘密なくても、お前は十分魅力的だよ」
だから、自分も悪戯っぽく合わせる。アリアの顔が一気に赤くなった。
「……そして、ヴァンは、ここ一年で、軟派っぽく、なった」
リシャもアリアの変化に気づいたのだろう。すぐに合わせてくれる。
「確かに、そうね。どうしてこうなったのかしら……卑怯だわ」
「おい、お前らそれはどういう意味だ。ていうか、俺がこうなったのは誰のせいだと思ってる……」
「少なく、とも、わたし、のせいじゃ、ない」
「じゃあ私のせいでもないわ」
「どの口がそういいますか!? お前らが! 恥ずかしいセリフを言わせようと色々脅してきたからだろうが!!」
「でも、それで、普通に言える、ようになった、ヴァンは、元々、そういう、ところが、あった、ってこと、だよね?」
「そうね。そういうことだわ。それに脅しただなんて人聞きの悪い」
「……こういうのは調教っていう……」
「リシャさん!? そういう時だけ流暢になるのやめてくれません!? ていうか人聞き悪いのが変わってないぞ!?」
「リシャみたいな小さな女の子が言うと背徳的だわ……はぁはぁ」
「そしてお前も息を荒げるな!! ほんとに年中脳内桃色祭りだな!」
「お祭り、なら、みんな、で、参加、しなきゃ、ね?」
「さりげなく俺を引き入れようとするのはやめろ……」
あまりにも変わりすぎた、もとい、毒されすぎたリシャの発言に肩を落とし、大げさに項垂れた。
耳に入ってくるアリアとリシャの笑い声。顔を上げなくても、ヴァンには二人が笑顔になってくれているのが分かる。
良かった。やっぱり大切な人は笑顔でいて欲しい。
心で安堵の息を吐いていると事務員さんの声が飛び込んできた。
「あのー、あなたたち? 試験、はじまっちゃうわよ?」
「あ」
思わず三人で顔を合わせ、慌てて試験の部屋に向けて走り出す。
この学園でアリアに何があったのか、それは分からない。だがそれは確実にアリアを傷つけ、今もその心に残っている。
いつか、話してくれるだろうか。
もしその時がきたら、全力で癒そう。一緒に頑張ろう。そのためならなんだってする。ヴァンはそう思った。
それが、悲しみと痛みを思い出すかもしれないのに一緒に学園に来てくれたアリアへの、せめてものお礼となるはずだ。
……お礼なんていったら、多分怒られる。
だからこれは絶対に言わないでおこう。いや、その時が来るまで、何も言ってあげない。
「……別に、すぐ話してくれないからってわけじゃないんだからな」
「え? 何か言った、ヴァン?」
「……何でもない」
「アリア、ヴァンが、拗ねてる」
「え、どうして?」
「す、拗ねてないぞ!」
余計なことを言うなとリシャを睨んでみても、小さく微笑みを返されてしまった。
……その時がきたら、リシャにも絶対に手伝わせる。
そう心に誓うヴァンであった。
読んでいただきありがとうございます。
なにやらグダグダ感が凄まじい『入学試験。の前』、つまり前編いかがだったでしょうか。
微妙にシリアスを織り交ぜつつ、シリアスにならないよう注意してみましたが…見事に失敗。
一応最後にヴァンが拗ねてる辺りで、前作より、関係や心に変化があったと見せたかったです。えぇ願望です。
というわけで次回は後編となるわけですが、やっとサブタイトル通り入学試験になります。まぁあっさりすぎて拍子抜けもいいところですがね、HAHAHA。
あ、あと入学式までならいつでも試験が受けられるのとか、なんでギルドがとか、入学金だけでいいのは何故とかには理由がありますよ!
断じて、断じてっ、「ご都合主義でいいかぁ」って設定したわけじゃないですからねっ!?
まぁその辺りもあっさり風味な設定なんですけどねHEHEHE