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旅をはじめていつかのその日。後編

 結論から言って。

 ヴァンのお願いに自分とリシャは『無理』だと答えた。『駄目』でも『嫌』でもなく、『無理』。


「……無理ってなんなんだ……」


 宿屋に戻り、一つしかないベッドの上を占領したヴァンが唇を尖らせる。珍しく拗ねているのか、あぐらをかいて腕も組んでいた。ふわりと広がった真っ黒なドレススカートに両膝が浮き上がっている。


「だって、無理なことは無理なんだもの」


 視線を目の前のテーブルの上で並んでいる銅貨に向けたまま、その呟きに苦笑する。この銅貨は先の依頼をこなして受け取ったもので、数は九十枚とそれなりのもの。まぁ魔獣討伐の依頼にしてはかなり少ないのだが、依頼主があの寂れた村では仕方がない。

 そもそも、報酬が少ないと分かっていて受けたのだから。

 これは三人で決めたことだが、魔獣討伐の依頼が誰も受けず残っていればそれを優先的に受けることにしている。人を守るという大層な志を掲げるつもりは無い。

 魔獣が村を、町を襲ったらどうなるか。その悲劇を知っているから、そう決めた。

 そういえばギルドの受付嬢がこの依頼を受けるといったら驚いていたっけ。唖然とした表情を思い出して少し笑う。


「? どう、したの?」


 テーブルを挟んで魔術書を読んでいたリシャがこちらを見て首をかしげた。儚げな雰囲気と合わさってひっそりと咲く花のような少女。ぶっちゃけるとかなり可愛い。悪戯したくなるほどだ。


「いえ、なんでもないわ。ちょっとギルドの受付嬢を思い出して」

「……すごく、驚いて、いたね」


 そう言ってリシャがくすくすと笑う。あぁ、本当に可愛い。ヴァンより可愛いかと聞かれればどちらも可愛いといわざるを得ない。

 むしろ比べることなど無意味だろう。何故なら二人ともとてもかわいいのだから。主に悪戯したときとか。

 しかし、リシャにはまだ自分のつばをつけていない。……といわれればヴァンもそうだが、まぁ唇を奪ったことはあるのでよしとしよう。否、良くは無いが。


「アリア? なんだか、目尻、が、すごく、さがってる、けど……?」


 言いながらリシャが上半身だけ軽く引く。いけない、いけない。

 だが、仕方ないではないか。このところギルドに通いっぱなしで依頼ばかりしているし……要するに忙しいのだ。従ってヴァンにもあまり触れていない。

 昨日も、三人でお風呂に入って頭を洗って背中を磨いただけだし、眠る時も三人で一緒のベッドでリシャとヴァンを抱き枕にしただけだし、何より粘膜接触をこれっぽっちもしていないのだから。禁断症状が出始めるのも仕方がないだろう。うん、仕方がない。


「……おい、俺の話は終わってないぞ」


 自己弁護の最中にヴァンが不機嫌な声を投げてきた。見れば両手をベッドに突き刺して身を乗り出し上目遣いで睨んできている。

 旅をはじめて一ヶ月。ヴァンはこうしてたまに我を通すようになってきた。とても良い事だ。遠慮が無さ過ぎるのは嫌いだが、少しくらいは我侭をいってもいいとおもう。

 しかし、別に無視したわけではないのだが――可愛い――やはり無理の理由も話して欲しいらしい――可愛い――しかしヴァンは――可愛い――相変わらず自分の行動が――可愛い――どれだけ自分を誘っているのか――可愛い――まだ分かっていないらしい――可愛い――。


「……アリア、目が、怖い、よ?」

「はっ!?」


 また我を忘れていたようだ。アリアは唇から落ちかかっていたよだれを手の甲で拭く。

 ヴァンは呆れたような表情で深くため息をついていた。


「それで、何で嫌、とかじゃなくて無理なんだ?」

「んー……説明するのが難しいんだけれど」


 魔術とは学問である。と同時に、その者が理解する『理』だ。

 真に理解するとは魔術の本質を知ること。これは知識ではなく、一種の感覚に近い。

 魔術とは知識ではなく、魔術師――つまりその人自身の欠片なのだ。


「さっぱり意味が分からん」

「簡単、に、言うと、ね。誰か、から、教わる、んじゃなくて、自分、で知らなきゃ、駄目、なの」


 リシャの言葉にヴァンが「なるほど」と頷く。何故自分の時はすぐに分からないくせに、リシャが言うと納得するのだろうか。


「ん? でも待てよ。アリアとリシャは、レリアさんから魔術教えてもらったんだろ?」

「教えてもらったっていっても、私は元々魔術の基本は知ってたから、後はお母さんの魔術書を読む『許可』をもらっただけよ」

「わたし、も、『許可』をもらえたから」


 許可? とヴァンが首をかしげる。アリアはその可愛らしい行動に頬を緩ませながら口を開いた。


「『許可』って言うのは、その魔術書を書いたお母さん本人が、リシャや私に、『この魔術書にかかれたものを理解すること』を『許す』ということよ」

「許すも何も……魔術書って読むだけで魔術が覚えられるんじゃないのか?」


 そんなことが出来れば魔術師は困らない。なにより母級の魔術師が大量生産可能になってしまう。


「魔術書は読むだけじゃ駄目……いえ、読んで魔術を習得するためのものなんだけど、条件が必要なのよ」

「それが、許可か?」

「も、あるけど、あと一つ。『理の基本』の理解の水準。どれくらい『魔術の基本』を理解しているか、と言い換えてもいいわね」


 ヴァンがますます首を捻る。ここは分かってもらわないといけない。


「魔術師が魔術を使えるのは、その魔術の『理』を真に理解しているからよ」

「そして、『理』の、『理』も、理解しないと、いけないの」


 リシャが自分に続いて補足してくれる。『理』の『理』、つまり『理の基本』。『魔術の基本』。


「でもヴァンは、それ全部すっ飛ばして気合とか根性とか勢いとかで魔術を習得しちゃったでしょ?」

「……まぁ、二つだけだけど」


 そう、基本を理解しないまま、魔術を習得したこと。それが問題なのだ。

 先も言ったとおり、魔術を理解するということは、一種の感覚。ヴァンの場合、『サラマンダーイグニッション』と『フレアソード』を使えてるのは、直感でその二つの使い方が分かっているに過ぎない。

 もっとも、それ以外にもヴァンの師匠であるラルウァ・レギストン・パテールが桁外れの存在だったことと、ヴァン自身が人間ではなく『魔族』であったのも理由になるだろう。


「こういう、魔術書は、いわば、応用書。基本が、分かってないと、応用も、出来ない、よね?」


 リシャがいい、ヴァンが頷く。

 そう考えればリシャは天才なのかもしれない。いくら母の教授と『許可』の元、基本を覚えたからといっていきなり規格外の母の魔術書を――二、三ページ――とはいえ理解できるのだから。


「じゃあ、基本を知るにはどうしたらいいんだ? 魔術書から読み解くのはそもそもその『理の基本』を理解してないと駄目なんだろ?」

「方法は二つあるわ。一つは、魔術を究極に理解したものが記した魔術書を読み解く『許可』をもらうこと」


 こちらはアリアとリシャがとった方法。


「もう一つは、『理の基本』を記した魔術書――基本書を読み、自力で理解すること」

「は? 今さっき魔術書を理解するには基本を知ってないと駄目って言ったじゃないか」

「だから言ったでしょ。基本書って」


 こちらが現実的ではない方法だ。


「その基本書は各地にある魔術学園にしかないわ。そうね……一つの国に対して一つの学園だから……きっと四冊しかないわ、原典は」

「随分と少ないな、そんなんでどうやって学園の全生徒に理解させるんだ。読みまわすのか?」

「いいえ、学園の生徒には学園長が生徒たちに学園の魔術書を読み理解する『許可』を与えることで『基本』を理解させているの。原典を複写して大量に作っても複写された書に力は無いしね」


 それが現実的ではない理由だった。魔術師たちに『四源の書』と呼ばれる四冊の基本書はそれぞれの学園に一冊ずつ厳重に保管されていて、手に触れられるのは各々の学園の、四人の学園長のみ。

 そこでリシャが小さく手を挙げた。


「なに、リシャ?」

「えっと……それ、なら、一度学園に、入ったことの、ある、ヴァンは、なんで、基本を理解、してない、の?」


 言われて気づいた。そういえばそうだ。ヴァンは魔術学園を『中退』していると言っていた。中退したということは、入学は済ませてあるはずだ。


「確かに……。ねぇヴァン。あなた入学はしたのよね?」

「ん? あぁ、中退までがかなり早かったけどな」


 恥ずかしげに笑うヴァンを愛でたい気持ちになったが、それより聞いておかねばならない。


「その時学園長とかに『許可』はもらわなかったの?」

「『許可』を?」


 聞き返し、ヴァンは考え込むようにうつむく。蒼く長い髪がさらさらと揺れた。


「……記憶には無いな。その『許可』っていうのもはじめて聞いたし。それに俺は入学したといっても途中から入ったしな」


 なるほど、それで。と心で呟く。一から入学したアリアだから分かるが、確か『許可』は入学式に全校生徒に向けて行うはずだ。

 しかし、だからといって途中入学した生徒に『許可』を与えないということになるだろうか?


「あー……」


 首をかしげているとヴァンが思い出したように声を上げた。


「その『許可』が『基本』を教えるためにするのなら、多分師匠のせいだ」


 今度はこちらが首をかしげた。リシャも同じ心境なのか小さく頭を傾ける。


「俺、そのときはもう魔装……サラマンダーイグニッションを使えていたんだ。だからその『許可』を受けなかったんだと思う。師匠が自慢げに俺が入ったクラスの担任に話していた」


 これまた恥ずかしげに頭をかくヴァン。苦笑しているが、正直呆れていい場面だと思う。

 いや、実際呆れた。


「はぁー……なによそれ」

「じゃあ、ヴァンはこれ以上の、魔術を、おぼえたい、なら、入学するしか、なくなった、ね」


 リシャの言う通りだ。いや、そもそももし自分たちがヴァンに教えられたとしても、入学は必ずするつもりだった。

 頭に浮かぶのはヴァンとリシャ、三人での華やかな学園生活。今からでもよだれが出てきそうだ。体育館の倉庫、誰もいない教室、授業時間中の保健室に放課後の屋上へ続く階段……。

 なんと甘美な環境設備。


「そうだな、うん、逆に良かったかもしれない」


 ヴァンがベッドから飛び降り、穏やかな笑みを見せてくれる。

 いきなり魔術を教えてくれと言って来た理由は聞いていないが、この笑顔を見る限り心配することはなさそうだ。


「さて、で、だ。俺はこれからも頑張ろうと思う」

「? えぇ、それはいいことだと思うわ」

「……」

「だから、手始めに本当にその魔術書が俺に理解できないか、試すことにした!」


 宣言して、びしっとリシャが手にもつ魔術書を指差す。

 リシャと同時に魔術書を見て、そして同じ碧の瞳を交差させ。


「無理だと思うわ」

「う、ん。だよ、ね」


 声を出して笑う。

 なにをー! と叫ぶヴァンの声が、自分たちからさらに笑いを引き出してくれた。


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