ある日の学園生活、というプロローグ
「ん?」
少女は靴箱をあけて首をかしげた。この一年間欠かさず行ってきた普段通りの行動に、これまた普段通りになりそうな物がおまけとしてついてきたからだ。
妖精と見間違えそうな小顔が、足の上に音を立てて重なる大量の封筒によって顰められる。澄んだ空の色をした瞳は瞼に遮られ、次いで桃色の瑞々しい唇からため息が漏れた。
「またか」
少女の口ぶりから、小さな靴箱の中にぎゅうぎゅうに手紙が押し込まれている、という奇妙な状態が初めてでないことがわかる。
再度小さなため息を落とし、空色の瞳を外気に触れさせながら屈む。膝上までの紺色のスカートが床を擦り、蒼くきらめく髪がそれを覆った。
頬をくすぐる自らの髪を左手の指の甲で軽く持ち上げ、小さな耳にかける。右手で持っていた鞄を地面に寝かせて大量の封筒、その一番上にあるものを手に取った。
「・・・・・・ヴァン、今日は、何枚?」
そこに控えめに抑えられた声がかけられる。ヴァンと呼ばれた少女はその声の主が分かっていた。
自分の口が苦笑の形になるのを意識しながら、少女は声の方を向く。
「まだ数えてないから分からないけど、多分十枚くらいかな。リシャは?」
「わたし、は、その、八枚・・・・・・」
視界に入ったのは一人の、弱弱しい雰囲気をもつ少女だった。
黄の髪を肩の辺りで切りそろえられ、緑の瞳は僅かに揺れている。小柄な身長のせいで、幼さをふんだんに残した可愛らしい顔が良く見えた。
こう口にすれば恐らく拗ねられると思うが、この少女――リシャ・エキーアは小動物を連想させると、ヴァンは常々思っている。現在進行形なのは、無論今もそう思っているからだ。
「今日はお互いに数が多いな」
「そう、だね・・・・・・嬉しい、けど・・・・・・その、えっと」
封筒を綺麗にまとめて持ち、立ち上がりながらヴァンが言う。リシャは答えつつも自分で胸に押さえてる八枚の封筒に目を落とす。
きっぱりと口には出していないが、何を言おうとしているのか表情がありありと語っていた。
「困る、ってはっきり言ったらいいのよ、リシャ」
凛として澄んだ声が、リシャの表情を読み上げる。二人の視線は自然と反対側の靴箱へ向かった。
波打つ金髪を揺らし、二人より明らかに背も、色んな所も女性らしい少女が靴を履き替えている。
「大体、しつこいのよね。二人は私のものなのに」
光を金色に反射させる髪を右手で払いながら、少女は振り返った。
鮮やかな碧の瞳を持つ、堂々とした少女。その豊満な肉体は、二人が着ているものと同じ、紺を基調にした制服に包まれている。しかも、胸元部分が白で、襟から下りる黒のリボンのせいで、谷間がさらに強調される形となっていた。
その美しい少女を、ヴァンはかつて女神と見間違えたことがあった。それほどまでに、少女はとても綺麗だと思えた。
無論、そんなことを口にすれば、まさに口では言えないような状況、すなわちこの美しい少女がとてもとても調子に乗るので言うはずがない。
代わりに、呆れの口調を送ることにした。
「誰がお前のものだ、誰が。さりげなくリシャも入れるんじゃない」
「え? 二人とも私のものでしょ? だって、昨日『も』あれだけ愛しあむぐ」
「ア、アリアっ、こんなところで、誤解、されるようなことっ、いわない、で!」
顔を真っ赤にしたリシャがアリアの口を塞ぐ。当然、胸に押さえつけていた八枚の手紙と片手に持っていた鞄は地面に真っ逆さまだ。
涙目に上目遣いというある種のツボを押さえているリシャと、今まさにそのツボにはまってニヘラと目尻を下げているアリア。
ヴァンは二人を交互に見やり、三度ため息をついて床に落ちた封筒と鞄を拾うべくまた屈んだ。
「こういっては何だけれど、正直面白くないわ」
「何がだ」
「ア、アリア、手、手を、はなして」
降り注いでくる声にヴァンは封筒を拾いつつ返す。
「だって、二人はこれだけもらってるのに、私には一枚もないのよ? おかしいじゃないの」
「おかしい……って、お前、男嫌いじゃなかったのか?」
「アリ、ア、なんで、腰に手を? や、ちか、ちかい、顔がちかい……!」
さすがに十飛んで八枚の封筒を一つに纏めるのには苦労したが、何とか胸に押し付けることに成功したヴァン。鞄はあとでリシャに自分で取ってもらうしかないようだ。
「えぇ、嫌いよ。私は別に男からの手紙がほしいわけじゃないのよ」
「…………」
「やっ、アリアっ、だめっ、わ、わたしは、はじめてはヴァンが……!」
立ち上がって、何故か相手の腰と右手を捕まえお互いの顔の距離を縮めているアリアと、必死に顔を背けながら泣きそうな表情で右手をアリアの胸に沈めているリシャを見る。
「私はね、可憐な少女から欲しいのよ! そしてあわよくばその少女と一夜だけのせいこ」
「いい加減に離してやれ」
アリアが言い終わる前に、ヴァンは胸に押し付ける封筒を十枚ほど握り、美しい顔目掛けて文字通り思い切りたたきつけた。
「ぱぷぶっ!?」
可憐な乙女が出すにしてはどうかと思う悲鳴を上げ、アリアが頭を仰け反らせる。
その隙にリシャは拘束から逃れヴァンの背中に隠れた。
「い、いたいじゃないの、ヴァン! 何するのよ!」
「朝っぱらから嫌がる女の子を襲いつつ、脳内に咲き乱れる欲望を口から駄々漏らせてる変態に、お前よりは純粋だと言える手紙につづられた想いをぶつけただけだ」
「…………ヴァン、あなたってだんだんと容赦がなくなってきてない?」
「そうだな、ひとえにお前のおかげだ、アリア」
額を押さえながら恨みがましく睨んでくるアリアに対し、効果的であると発見した微笑みを返した。
その効果はすぐに現れ、金髪の少女は叩かれた事実もすっぱり忘れ頬を紅くする。
「そ、そんなほめられたら私……ますますヴァンを好きになっちゃう」
「…………アリア、は、なんだか、おばかさんになってる、よね?」
「それには完全に同意するぞ、リシャ」
自分という盾を手に入れたからか弱弱しい雰囲気とはかけ離れた発言をするリシャと、呆れ顔でアリアを見るその盾。
「なっ、ちょっと二人とも! バカとは何よ、バカとは!!」
「む、少し時間を使いすぎたみたいだな」
「そう、だね。もう、みんな、いっちゃった、みたい」
息巻くアリアを無視し、リシャと二人でまたまた床にばら撒かれた封筒や鞄を拾い上げ、歩き出した。
「ちょっと! 無視するなんてひどいじゃないの!」
さらに憤るアリアに、振り返って鞄を持つ右手を突き出す。
「な、なに?」
「持ってくれ」
突然のことに困惑しながらも、アリアは素直に空いている左手で鞄を受け取った。だが、すぐにヴァンは「右手で自分のと一緒に持て」と付け加える。
訳が分からないのか、さらに首をかしげるアリア。
ヴァンは右手を開いて、先ほど効果のあった微笑を浮かべ、言葉を口にした。
「行こう、アリア」
「今日は、アリア、の番、だよ?」
金髪の少女は一瞬呆けた顔をするも、リシャの言葉でこちらの意図に気づいたのか。
「えぇ!」
嬉しそうに、差し出した右手を握ってきた。
これは、ある日の学園生活の、そんな光景。
読んでいただきありがとうございます。
とうとう始まりましたね、学園生活。まぁプロローグでこれってことは、次回はあれなんですけどね。
あれってどれ?なんて、HAHAHA、ご冗談を。
コヅツミがこのまますんなり学園生活スタートで書くわけないじゃないですか。だってコヅツミはベロの長さが八寸でしかも異様にずっと濡れていてしかも性格までひねくれちゃってんだからさぁ変態!
……ま、まぁ、またこの駄作者にお付き合いくださればとってもうれしいです!
ではでは!