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最後の誕生日会

両手を使い、車輪を回してゴミ捨て場へと向かう。


車椅子での移動は不便だ。


階段を使えないためエレベーターを待つ必要があったし、

人混みを超える場合は道を開けてもらわなければ通れない。

足を使えないというだけで生活が不便になった。

 

膝に乗せたグローブを落とさないように、慎重に車椅子を動かす。


通り過ぎる人々は患者用のパジャマを着ていた。

点滴をしている老人や腕に包帯を巻いている男の子がいる。

 

ツンとした臭いはすでに慣れた。

車椅子の操作も入院した日と比べれば上達した。


変わらないのは、折れてしまった右足だけだ。

 

廊下を抜けるとロビーに到着した。


ピンク色のソファが並んでおり、患者が見舞いに訪れた知人や身内と会話を交わしていた。

奥には階段とエレベーターがあり、その右手には受付カウンターがある。


椅子に座った看護婦が面会に訪れた人たちの対応に追われていた。


「君、来週の水曜日暇?」

 

突然声をかけられて、目の前に紙が差し出された。


視線を上げて声の方を見る。

 

肩まで伸びた黒い髪。

切り揃えられた前髪の下の瞳は大きくて黒目がちだ。


背の高さやさりげなく施された化粧から年上だろうと考えた。


「なんですか?」


「私の誕生日会があるの」

 

渋々受け取って紙に目を移す。


デカデカと『最後の誕生日会』と書かれていた。

余白を埋めるように猫やウサギの絵が描かれている。


「最後?」


「うん。もうすぐ死んじゃうから」


「どういうことですか?」

 

女性の表情や話し声は死と無縁なように思えた。


入院しているようだったが、ロビーにいる誰よりも元気に見える。

冗談だと言われたら受け入れてしまいそうなほどだ。


「私ね、先生に宣告された余命よりも随分と長く生きてるの。

本当は半年ぐらい前に死んでる予定だったんだよ」


「そうなんですか」

 

曖昧な返答をしたのは、なんと返答していいのかわからなかったからだ。


「それより君、野球好きなの?」

 

膝の上のグローブを指差して女性が言う。


「……好きじゃないです」

 

グローブを見ていると怒りが湧いてくる。


やっとの思いでユニフォームを貰えたのに、結局試合に出ることができなくなってしまった。

少しの無理で、今までの努力が全て無駄になった。


「じゃあなんで持ってるの?」


「別になんだっていいじゃないですか」

 

僕なんかがプロになれるはずがない。


このまま高校まで続けたとしてもレギュラーどころかベンチに入れないまま終わる可能性だってある。

捕球の練習も毎日の素振りも無駄なだけだ。


「私も小さい頃よくキャッチボールしてたよ」


「そうですか」

 

キャッチボールだけじゃないか、と口を挟みたくなったがグッと堪えた。

投げるだけではなく、取る、打つ、走るなどの要素が合わさってこその野球だ。


「とりあえずさ、もし暇だったらお祝いに来てよ。きっと君も楽しめると思うよ」

 

女性はそう残すと、

側を通り過ぎていった老人に紙を差し出して、

同じように誕生日会についての説明を始めた。

 

紙を折り、ポケットにしまって車輪に手を当てる。

車輪を回して車椅子を動かし、人と人の間を抜けていった。


患者たちが列を作ってエレベーターの到着を待っている。


「本当に死んじゃうのかな」

 

人の隙間から覗き込んで、ロビーへと視線を向ける。

 

現実味のない話だったが、熱心にチラシを配る女性の姿を見ると、到底嘘をついているようには思えなかった。

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