好きだったあの人へ
空が広くなり暖かさが顔を出した春先の午後。
緑豊かな土手の一角でキャッチボールをしていた
ボールを握った手に視線をやり、右腕を背後に回す。
指先から離れたボールが弧を描いて飛んでいき、
数メートル先に立っている男の子のグローブにすっぽりと収まった。
「オレ、四年生になったらチームに入る」
男の子は振りかぶりながら言って、ボールを投げ返した。
グローブが音を立ててボールを捕まえる。
腰を落として構える男の子のグローブを目掛けて、再びボールを投げた。
「オレ、賢斗みたいなかっこいいピッチャーになるんだ」
「僕よりもっといいピッチャーになれるよ」
飛んできた球を胸の前で捕球する。
「そうすればきっと、優笑さんも喜ぶと思う」
雲のない青空を見上げて呟くと、男の子は白い歯を見せた。
左手にはめたグローブにはペンで書かれたメッセージが残っている。
それは優笑さんが残したメッセージであり、
僕がここまで野球を続けることができた理由でもあった。
「ねえ、賢斗は姉ちゃんのこと好きだったの?」
ボールを投げずに、ぼーっとグローブを眺めていたからだろう。
男の子がこちらへと駆け寄ってきて、純粋な瞳を向けて言った。
まだ背は低く、顔にはあどけなさが残っている。
男の子に問われ、優笑さんと過ごした日々の思い出が浮かび上がった。
あの人は、最後まで笑顔で前向きに生きていた。
あの日、優笑さんが誕生日会に誘ってくれたからこそ今の僕がいる。
少し強引でそそっかしい人だったが、その分優しくて影響力のある人でもあった。
「うん。好きだよ。今もね」
グローブに残された優笑さんの言葉に目をやり、淡々と答えた。
砂や泥で汚れたグローブには、『野球、止めるなよ』と書かれている。