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イリスの長い三日間  作者: 白井 由貴
第一章 始まりの日
5/7

5:イリスと黒い蛇


 

 そこは真っ暗な空間だった。

 黒一色のその空間には光も光源となるものも一切ないが、不思議と自分のことは認識できている。初め自分自身が発光しているのかとも思ったが、どうやら違うようだ。


 イリスは自分の姿を見下ろしてその服装を視認した瞬間、胸にちりっという焼けるような痛みを感じ、咄嗟に胸を押さえた。痛みは一瞬で去ったが額には汗が滲み、少し息が上がっている。痛みのあった場所にはあの呪いの紋様が浮かび上がっていた。


『痛い?』


 直接頭に響くように聞こえてきた声に咄嗟に辺りを見回すが、イリス以外の人の気配はしない。幻聴か?と目を瞑って顳顬(こめかみ)の辺りを右手で抑える。


『ねえ、それ痛い?』


 どうやら幻聴ではなかったようで、今度ははっきりと頭の中に直接響くように声が聞こえた。それ痛いというのはこの紋様のことだろうかと胸元をちらと見ると、抑揚のない声が肯定を示す。


「……今は痛くないわ。それより貴方は誰?」

『ぼく?ぼくは……ええっと……昔はソーンとかソールとか呼ばれていたけど、本当の名前は知らないんだぁ。ごめんね』


 申し訳なさそうに謝る頭の中の声に、イリスは大丈夫だと答えた。声音や話し方からイリスよりも大分幼い印象を受けるが、何分姿が見えないので相手がどのくらいの年齢でどんな容姿をしているのかも性別すらもわからない。警戒をしておくに越したことはないのだが、声の主のどこかのほほんとした声に気が抜けてしまう。

 

「ではソーンと呼んでもいいかしら?」

『えっ、呼んでくれるの?わー、嬉しいなあ』


 花も綻ぶような嬉しそうな声音に、こんな訳のわからない状況にあるにも関わらず自然と笑みが溢れた。イリスに弟や妹はいないが、もしいたとすればこんな感じなのだろうか。


「私はイリス・シュトーレン、イリスでいいわ」

『イリス!綺麗な名前だねえ』

「ふふ、ありがとう」


 心の底からそう思っているとわかるくらい、きらきらと輝くような声色だった。自分の名前を褒めてもらえたことは素直に嬉しくて、感謝を述べるイリスの表情は柔らかだ。


「ソーン、幾つか質問をしてもいいかしら?」

『うん、もちろん!ぼくが知っていることなら全部教えるよー』

「ここはどこなの?それと貴方は何処にいるの?」

『んーとねぇ……ここはイリスの中のぼくの世界で、ぼくは今イリスの中にいるよ。でも……ぼくの見た目はあまり気分のいいものではないから……その、見ない方がいいと思う。ごめんね』


 少し落ち込んだ声音が頭の中に響いた。

 イリスの中にソーンの世界があってソーンがいるというのは一体どういうことなのだろうか。それらは大いに気にはなったが、それよりもイリスはさっきまで明るかった声が急に声が沈んだことの方が気になってしまった。


 見た目の気分が良くないというのは、醜い容姿だということなのだろうか。しかしどれほど醜かったとしてもイリスは別にソーンのことを嫌いになることはない。それはイリスをよく知る人ならわかるのだが、数分前に初めて話したソーンにはわかるはずもないことだ。


 イリスはできるだけ優しい声音になるように努めながら、ふわりと微笑んで大丈夫だと言った。無理強いはしないので安心して欲しい、もし姿を見せたくなったらその時は見せて欲しいと続けると、ソーンはほっとしたように息を吐き出した。


「それで、私の中の貴方の世界というのはどういうことなの?」

『えっと……ぼくは今イリスの中にいるんだ。その胸の模様、それがそこにあるうちはぼくはイリスの中にいる』

「……つまり、貴方は呪いの一部ということかしら?」

『呪い?……あ、そっか……うん、たぶんそうなんだと思う。ぼくもね、あんまり詳しいことはわからないんだけど、その模様が消えればぼくもイリスの中から消えると思うよ』


 よくわからない、その言葉は嘘ではないようで、ソーンは自信なさげに言葉を詰まらせながら教えてくれた。


 もし仮にソーンが本当に呪いの一部だったとして、なぜイリスが今ここにいるのかがわからない。それを口に出してみたが、ソーンは疑問符を浮かべるだけだった。解呪は可能かという質問に対しても、わからないという回答しか得られない。


 イリスは困り果てていた。

 ソーンが呪いに関係しているのであれば知っていると思われた解呪方法も、呪いの原理も何もかもがわからないままで、その上ここからの脱出方法すらもわからない。

 

 ここが現実とは切り離された空間だと仮定した場合、現実ではどのくらいの時間経過があるのかもわからないのだ。もしすでに三日経っていたとすれば、ここから出たら呪いが発動して即死ということにもなりかねない。


 慎重にいかなければならない。

 一つの失敗が文字通り命取りとなる。


「……ここは、現実の世界とは違うの?」

『んー……どちらかといえば夢の世界に近いかも?時間の進みはここの方が少しゆっくりだったと思う。ぼくはあまりここより外の世界のことはあまり知らないんだ』

「そう……こちらの方がゆっくりなのであれば、いいわ」


 これでこの世界から脱出後、すぐに死ぬという展開だけはどうにか免られそうだ。


 でもそうか、とイリスは思う。自分の中の世界、つまり夢の世界の可能性があるということだ。夢の世界ならこんな意味がわからないくらいに黒い世界にも納得がいくというもの。夢の世界はなんでもありなのだから。

 

 そんなことを考えていると、突然体がふわりと浮かんだ。体が羽のように軽くなり、ふわふわと宙を浮いて上へ上へと上がっていく。世界が黒くて上下もわからない状態なので、もしかすると下へと下がっていっているのかもしれないが、気分的には上へ上がっていくと思っていた方が気分的には良かったのでそう思うことにする。


 先程いた場所がもはや何処かもわからないが、頭上に針で穴を開けたような小さな白色が見えた。そこに向かって上がっているのだろうとぼんやりと思いながら、ふと名前を呼ばれた気がして足元を見た。白い光がイリスを包み込む瞬間、彼女は見えた光景に息を呑んだ。


『またね、イリス』


 黒い世界に紛れるように、そこには小さな小さな黒い蛇がいたのだった。


 

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