4:死の呪い
ダーゴンは小屋の中にイリス達一行を招き入れ、席に案内した。中は意外と広く、物も少ないからか清潔感がある。
向かいにダーゴンが腰を下ろしたのを確認し、イリスは話し始めた。
「私の父、ジャーマスから貴方のことを聞き、本日こうしてここに参りました。闇の術についてお伺い出来ませんか?」
闇の術――その言葉を聞いた瞬間、ダーゴンは弾かれたように顔を上げた。まさに驚愕といった表情でイリスを見ている。そんな彼に、イリスはシャツの上から三つ分のボタンを外して胸元を見せた。
「それは……」
「数時間前、私はある闇の術師により呪いを掛けられました。その男は三日間の猶予をやると告げた後に事切れてしまい、この呪いの事を聞き出すことができませんでした。私の父はもしかするとダーゴン様ならばわかるかもしれない、と。……この呪術をお調べいただくことは出来ますか?」
部屋が静寂に包まれる。森も近いにも関わらず、虫の声すら聞こえない。ダーゴンは一度目を閉じて、静かに天井を仰いだ。
「それは……死の呪いだ」
ダーゴンは静かに言った。
三日間の猶予をやるという言葉と呪いの紋様から、あと三日も経たないうちにぽっくりあの世行きという呪術だそうだ。紋様は時計の様になっていて、タイムリミットまでの時を刻む。色は時間の経過とともにだんだんと濃くなっていくようで、今はまだ薄い方なのだという。
「これはわしが考えた術の応用……いや、改造版とでも言うべきか。何にせよ、お前さんにはもう時間がない」
悲しげに目を伏せ、俯いてしまう。
イリスは苦笑いを浮かべ、優しくダーゴンの皺だらけの手に滑らかな肌の手を重ねた。
「何となく……何となくですが、そんな気がしていました。もし宜しければ、この呪術の解呪を手伝ってはいただけませんか?あの術師が猶予という言葉を使ったということは、きっと足掻くことは出来るはずです。だから……どうか、手を貸してください。お願いします」
頭を下げて懇願する。一般的に貴族令嬢はプライドが高く、頭を下げることは殆どない。いくら自身が悪かったとしても謝罪をすることはないと言われている。
しかし目の前の令嬢は今まさに何の躊躇いもなく頭を下げたではないか。位も決して低くはない貴族令嬢であるイリスが頭を下げるその姿にダーゴンはただただ驚き、そして何かを思い出すように皺だらけの目元を和らげた。
この場で驚かなかったのは従者リムだけだった。
イリスを幼い頃から見ているリムは知っていたのだ。イリスはそんな器の小さい女性ではないと、プライドと権力を振りかざすだけのただのお嬢様ではないことを。
「少し、考えさせて欲しい。そうだな……一晩、一晩考えさせてくれ。もう今日は夜も遅い。お前さん達はここに泊まっていくといい。狭いかもしれないが、奥の部屋を自由に使ってくれて構わない。……明日の朝一に答えさせてくれ」
そう言って静かに目を閉じたダーゴンに、イリスは微笑んだ。貴族の令嬢らしくドレスの裾を持って礼をしたいところだが、生憎今は動きやすい服装に着替えてしまったため、頭を下げることで感謝の意を伝える。するとダーゴンは閉じていた目を開き、懐かしそうに目を細めた。
「はい、ありがとうございます。ではお言葉に甘えて此処に泊まらせていただきますね」
「ああ。必要なものがあれば言ってくれ。用意できる範囲なら応えよう」
案内された奥の部屋は間仕切りとベッドが人数分あるだけの簡易な部屋だった。
護衛騎士はその部屋を見た後すぐに一礼して部屋を出ていき、ダーゴンも続いて出ていったので、部屋に残ったのはイリスとリムの二人だけとなる。
「……三日間の猶予とはこういうことだったのですね」
「ええ……でも、何となくそんな気がしていたわ」
外套を脱ぎ、ベッドに腰掛けながら二人は項垂れた。
あと三日、三日という限りなく少なく短い時間に二人は予想していたとは言え戸惑いを隠せないでいる。
何故こうなってしまったのか。
リムは内心怒り狂っていた。大事なイリスをこのように苦しめた全てに怒っていた。それを知っているからこそ、イリスは当事者でありながら比較的落ち着くことが出来るのだ。勿論怒りはあったが、寧ろローラス王子の馬鹿さ加減に呆れ果てていると言ったほうがしっくりくる。
「明日はどうなさいますか?」
「ダーゴン様からお返事をいただき次第、一度屋敷に帰るわ。そして情報を集めに、公爵家からお誘いいただいていたお茶会に参加しましょう」
さあ、今日はもう寝ましょうと言ってベッドに入ると、リムは一つため息を吐いて少し震えた声で「はい」と静かに返事をし、明かりを消した。




