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イリスの長い三日間  作者: 白井 由貴
第一章 始まりの日
3/7

3:細い三日月の夜


 

 馬で籠を引く馬車とは違い、馬で駆けるとやはり段違いに速い。イリスは流行る気持ちを抑えつつ、愛馬に跨りながら幾つか考えていた。

 

 まず一つ目は今自分の胸にある刻印が変化することがあるのかということ。

 一度刻まれた刻印が変化するとは考えにくいが、闇の術による刻印であればもしかすると変化するかもしれない。先程着替えの最中に見た時にはわからなかったが、それは刻まれた瞬間のものをよく見ていなかった為にそう思った可能性もある。

 実を言うとイリスはこの刻印の形をどこかで見た事がある気がしていた。いつどこで見たのかはさっぱりだが、確かにどこかで見た気がするのである。

 

 二つ目は『三日間の猶予』とは何か。

 これに関しては三日目に何かの術が発動することを指しているのではと推測はしているが、これも定かではない。もうこの世にいない闇の術師にはもっとわかりやすいヒントを残してもらいたかったと切実に思う。

 

 最後に三つ目。

 これはイリスにとっても何故そう思うのか自身でもわからないのでしっかりとした確信があるわけでもなく、ただ不確定すぎる要素なのだが、何となく初めから思っていた事がある。

 

 それは――黒幕は誰か、ということだ。

 

 イリスの知りうる限り、ローラス・ベイルという男は狡猾ではない。プライドは大層高いが、どちらかというと素直な部類に入るタイプだったはずだ。自分で何かを考えるなんてことはしないにも関わらず、今回のこの件に関してはどこか計画的な雰囲気を感じる。なので、黒幕がいるのでは?と思いついたのだ。

 

 愛馬が風を切りながら駆ける。少し冷たさが混じる風に、もうすぐ来る冬を感じた。

 

 この三日間という長くも短い期間で成し遂げられなければどうなるかわからない。実際、最悪の想定もしている。自分の身に何が起こっているのかわからない恐怖は、あの瞬間から常にイリスに絡みついていた。

 

「イリス様、ここを通り過ぎればすぐです!少し速度を落としましょう!」

 

 従者であるリムの声にはっと我に返る。

 愛馬の足を少し緩めさせ、イリスは天を仰いだ。濃紺の空には数多の星が瞬き、細い三日月が白く輝いている。現在地が灯りのない森の中ということもあってか、細い三日月型であっても月の明るさが際立っている。イリスは夜空に浮かぶあの月のように目を細めた。

 

「……こんなにも月は明るかったかしら」

 

 幾ら中心地から離れているとはいえ、屋敷でもここまでの星と月明かりを感じることはなかっただろう。それほどまでに月は明るかった。

 

「イリス様、あと少しで森を抜けますが、もし宜しければ少しお休みになられますか?」

「いいえ、大丈夫よ。一気に抜けましょう」

 

 リムはこくりと頷き、一行は再びスピードを上げた。



 

 森を抜けるとすぐに開けた場所に出た。目の前には一軒の山小屋のような家がぽつんとあるだけで、他には何もない。イリスは愛馬を護衛として来たもう一人の従者に任せ、リムと共に玄関と思われる扉の前に立った。

 

 一見ぼろ家に見えるこの家は、よくよく見ると程よく手入れされていることがわかる。長い年月ここに住んでいるのだろう、何度も何度も丁寧に修復をされた跡があった。

 

 コンコンコンと三回、リムが扉を叩いてしばらく待つが返事はない。再びノックをして様子を見てみるが反応はなかった。イリスは一つ息を吐き、一歩前に出る。

 

「イリス様?」

 

 リムが心配そうな視線を向ける。それに大丈夫と返したイリスは扉を軽く二回叩いて言った。

 

「夜分遅くに申し訳ございません。私、イリス・シュトーレンと申します。少しお話を伺いたく、王都より参りました」

 

 沈黙が続き、駄目かと諦めかけた時だった。

 

「……シュトーレン、だと?」

 

 背後から低い声が聞こえた。少しの疑いと驚きを含んだようなその声音に振り返る。

 

「貴方が……ダーゴン様、ですか?」

 

 そこには大きな老爺が立っていた。顔や手足には皺が入り、特に眉間には濃く入っている。眼光は鋭く、暗闇の中でもギラギラと光っているようだった。

 

「本当に……あのシュトーレンなのか?」

「……貴方が仰るシュトーレンとは、ルーフ・シュトーレンではございませんか?」

「ルーフ……ああ、そうだ。お前さんは……」

 

 口の中で何度も何度もルーフと繰り返す老爺――ダーゴンの目がきらりと淡く光り、イリスの目を見た。

 

「私はイリス、ルーフ・シュトーレンの曽孫です」

「曽孫……そうか、そうか……」

 

 何かを感じ取ったのだろう、言葉を詰まらせながらダーゴンは俯いた。その姿は泣いているように見え、イリスは堪らず胸を押さえた。


 

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