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イリスの長い三日間  作者: 白井 由貴
第一章 始まりの日
2/7

2:父との対話


 

 馬車を走らせる事、約一時間。

 見慣れた門を越えると、もうそこはシュトーレン侯爵家の屋敷である。シュトーレン侯爵家は王都の東の端に位置し、貴族の中でも王宮から遠い所に建てられている。

 

 数代前までは他の貴族同様、王都の中心部に程近い場所に住んでいたのだが、現在のシュトーレン侯爵の祖母――イリスにとっては父方の曽祖母にあたる――が体が弱かったこともあり、当時の侯爵が体調を慮った結果自然が多いこの場所に移り住んだのである。

 

 イリスはこの自然豊かなシュトーレン侯爵家が大好きだった。周りには貴族の屋敷も民家も店もない。木々に囲まれた屋敷、それがシュトーレン侯爵家の屋敷である。止まった馬車から降りたイリスは、玄関先で待っていたメイドの一人に声をかけた。

 

「今すぐ動きやすい服装を何着か用意して。男女両方あれば嬉しいわ」

 

 お願いね、と言いながらにっこりと笑い、後ろをついて歩くリムを振り返った。

 

「リムは私と共にお父様の部屋へ」

 

 有無を言わさぬ口調に、リムは肯定した。

 本当は父親に報告などするつもりもなかったのだが、如何せんあの馬鹿王子のせいで厄介な事になってしまったので、流石に言わざるを得なくなってしまった。父親は嫌いではないが、父親が母親のことを好き過ぎるあまり幼い頃はよく衝突をしたので、今でも少しだけ苦手意識があるのだ。


 父親の書斎に辿り着いたイリスは大きく深呼吸をした。落ち着け、自分にそう言い聞かせながら目の前の扉を見つめ、意を決して三度ノックする。コンコンコンという音の後すぐ間延びした声が中から聞こえてきた。

 扉を開けようと取手に手を掛けようとした瞬間、自動で内側へと開いていく扉。イリスは行き場を失った右手を降ろして開いた扉を見た。そこにあったのはシュトーレン家の執事が恭しく礼をする姿だった。

 

「お前が私を訪ねて来るなんて珍しいな。何かあったか?」

 

 イリスの父――ジャーマス・シュトーレンはにこにこと笑いながらイリスを手招きしている。ここ最近は仕事が忙しかったこともあり、イリスとはあまり顔を合わせていなかったジャーマスは、娘との久々の邂逅とあって少し気分が上がる。しかし何やら神妙な顔付きで立っている娘の姿に、緩んでいた顔を引き締めた。

 

 彼女がそうなる理由、彼には一つ心当たりがあった。

 

「……ローラス王子関連か?」

 

 その名を声に出した瞬間、ジャーマスは鋭い殺気を感じた。それは目の前にいる娘からだ。彼女の目は鋭く、今にも射殺さんばかりの眼光を湛えている。背筋に冷たいものが走った。

 

 ジャーマスはなんとなくではあったが、イリスがローラス王子の事を毛嫌いしていることには気付いていた。まあ正反対の性格や全く違う好みなど理由は幾らでも考えられたが、仮にも父親、娘の表情や雰囲気で何となく察していた。ただここまでではなかったように思う。何が彼女をそうさせているのか、ジャーマスは首を傾げた。

 

「お父様、手短にお話しします。私は今日、公の場であの馬鹿……いいえ、ローラス王子から婚約破棄を宣言されました。そしてあろう事か、その王子が放ったであろう刺客――闇の術者により、どうやら私は呪いを受けてしまったようです。只今より解呪のため、リムと三日間ばかり出て参ります。では」

 

「は……?ちょ……ま、まてまてまて!イリス!!」

 

「はい?なんでしょうか?」

 

 早口で報連相を終えたイリスは直様踵を返して部屋を出て行こうとするが、混乱を極めた父親の制止の声に歩みを止めた。イリスの眉間には皺が寄っており、早く行きたいという感情を隠し切れていない。

 

 ジャーマスは数回深呼吸を繰り返した後、室内の応接スペースにあるソファに座るよう勧めた。イリスは渋々と言った感じで下手に座り、その後ろに従者のリムが控えた。主人とは違い、リムは困ったような表情である。

 

「まずは、端的に話してくれたことに礼を言う。ありがとう。それでいくつか確認したいことはあるのだが……本当にローラス王子から婚約破棄を申し出たのだな?」

 

「ええ、そうです。なんの前触れもなく昨日婚約破棄を告げる書状が届き、本日のパーティにて改めて破棄を宣言されました」

 

 こくりと頷いたイリスは、リムから手渡された一通の封筒を差し出した。封筒は勿論、中身もぐちゃぐちゃになっていて、昨日のイリスの心情が痛いほど伝わってくる。中身の便箋を読めば、確かにローラス王子から婚約破棄を告げる旨が書かれていた。

 

「そして今日のパーティで呪いを掛けられた、と。何故それがローラス王子からの刺客だとわかったんだ?」

 

 他の者がこれまた他の者を狙った可能性もあるのでは?と言ってみたが、イリスは頭を横に振った。

 

「呪いが掛かる直前、ローラス王子が笑いながら何者かに号令を掛けているのを見聞きしました。破棄宣言の直後のことでしたから、私以外にも見聞きしている者が多くいます。またリムにも跡を追わせて捕縛しましたが、その闇の術者はローラス王子の名と三日間猶予をやると言った発言をしたそうです。……リム」

「はい、イリス様。私はイリス様の命により術者を追って捕縛致しました。しかしその術者はローラス王子殿下に雇われたこと、そして三日間の猶予をやるという発言の後、事切れました」

「事切れた……?」

 

 ジャーマスが目を瞬かせて聞き返すと、恭しく礼をしたリムから肯定が返ってきた。物語でも悪役が雇った悪人を口封じの為に消すことはよくある為、別におかしな話ではなさそうだが、それにしても少し不思議な話だと彼は感じた。


 用が終わった後に命を奪うのであれば、依頼主の情報を漏らしたりする前に消すはずなのだが、今回は依頼主の情報を漏らした後に事切れている。どうにもきな臭いとジャーマスは思った。

 

「私も、どうせ消すなら依頼主の情報を話す前に消すものでは?と引っかかってはいるのですが……正直そこまで考える余裕はありませんでした。一つわかっているのは、闇の術者によって掛けられたこの呪いは三日後に何かしらの効果をもたらすのではないか、ということです」

「三日後に発動する呪い、か……」

 

 イリスもジャーマスも術に関してはドがつくほどの素人の為、いくら考えても全くわからない。しかしジャーマスはふとある人のことを思い出した。

 

「……そういえば、私の祖父――イリス、お前にとっての曽祖父の友人に闇の術について詳しい方がいると聞いたことがある。私も幼い頃に祖父に連れられて一度しか会ったことはないが、その方ならもしかすると何かわかるかもしれない」

「本当ですか?!その方は今どこに?!」

 

 机に勢いよく手をついて身を乗り出す我が子を制止して執事にある物を探すように命じる。数分後、執事が何かを手にして戻ってきた事を確認し、手に持った物をイリスに手渡すよう促した。

 

「これは……」

 

 それは古い手紙のようだった。所々紙が欠け、うっすらと茶色に色づくそれを、イリスは慎重に開けていく。手紙には、イリスの曽祖父達の名前や近況を尋ねる文や気遣う言葉が書き連ねられていた。手紙の下から出てきた古ぼけた写真には曽祖父達と写る一人の男性の姿。ジャーマスはこの男性を指さして、頷いた。

 

 封筒に書かれた住所は所々読めなくなっていたが、重要な箇所は辛うじて読むことが出来たので、三人はそっと息を吐いた。そんなに近くはないが遠くもない。イリスは父親に礼を言い、直様リムと共に自室へと向かった。

 

 自室で軽くシャワーを浴びたイリスは、早速メイドが持ってきた動きやすい格好に着替え、必要最低限の荷物をまとめて足早に馬小屋へと向かった。途中で同じように準備を済ませたリムと合流し、二人はそれぞれの愛馬に荷物と鞍を付けて跨る。

 

 当初は二人きりの予定だったが、道中何があるかわからないというリムからの進言により一人護衛をつけることになり、最終的に三人で曽祖父の友人宅へ向かうことになったのだった。


 

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