部屋に残ったもの。
彼女は炒めたほうれん草とベーコンに、山盛りのカイワレと鰹節をかけてその上から醤油を垂らした和風パスタを作ってくれた。
洋食を頼んだのにこの和食か洋食か分からない微妙なラインのものを出されたけど、味は文句の付けようがないくらい美味しかった。
作っているものはシンプルなのに、ベーコンとほうれん草の塩胡椒の加減が絶妙で、僕は感想を言うのも忘れてひたすらにパスタを頬張っていた。
「美味しそうに食べるね〜。もしかしてキミの胃袋を掴んじゃったかな?」
「──そこまでじゃないよ」
「はいはーい」
何となく素直になるのが癪だったので否定はしておいたが、僅か数分で皿が空になってしまったのが答えだった。
彼女はドヤ顔をしながら、自分のパスタをゆっくりと食べていた。八五点くらいかなー、とわざとらしい悔しげな顔をして皿の上のパスタをつついていた。
「あ、そういや飲み物出していなかったね。あたしとしたことがなんたる失態を……。すぐ取ってくるから待っててね」
「ありがとう」
彼女は、足早に冷蔵庫の方にかけて行って、行ったかと思うとすぐに帰って来て、スミノフの瓶を差し出した。
「せっかくだし乾杯しようよ」
「何の乾杯だよ」
「えー。そんなん言ったら、人生暇してる大学生とか、出会いを求めてバカみたいに合コンしてる人たちの『乾杯』って一体なんなのさ」
「それと一緒。理由なんてなくてもいいの」
とにかく乾杯、と瓶を押し付けるようにしてこちらに向けてくる。
確かにそうだな、笑いながら僕も瓶の底の方を彼女のものに軽く当てるような感じで乾杯した。
結局、その後ハイボールやら氷結やら色々飲んで(何で家にこんな量の酒があるんだってツッコミたかった)僕たちはフラフラに酔っていた。
気づけば僕は彼女の胸の中にいた。
世の男はこの場合、胸の柔らかさに興奮するだろうが僕は別のところで胸の高鳴りを感じていた。
やっぱり匂いなのだ。
胸の部分は若干、汗ばんでいるのか余計に匂いが強くて僕の脳髄を揺らした。
いい匂いといえば色々あるけれど、なんて言うのだろう。こう自然にある匂いでも人工的に作られた匂いでもなくて、女の子特有の甘い匂いだった。
フェロモンというのか、ただ甘さ爽やかさがあるだけではなくて、その奥に妖艶なものが入り込んでいた。
さっきホテルでは逃げ出してしまったけれど、酒が回っていたせいか僕は随分と大胆になっていた。
僕はその匂いにつられ、そのまま顔を上げて彼女の唇に近付けていった。
彼女は相変わらず小悪魔的な笑いを浮かべていたけれど、このときばかりは少しほおが赤くなっているのが分かった。
これが終わりのキスじゃなくて、始まりのキスだと察したからだろう。
そのまま彼女の柔らかい唇に触れ舌が絡み合う寸前だった。
──彼女の姿がパッと消え去った。
状況が理解できなかった。
首をゆっくりと扇風機のように回してあたりを見る。
部屋は何も変わっていなかった。
彼女の部屋の匂いも残っていた。
パスタの皿も二つあるし、全部で十本くらいの空き瓶、空き缶があった。
どこか変わったところはないか。
再度部屋の中を必死に見渡した。今度は見逃しがないよう細部まで。
さっきまで飲んでいた机を見た。
そこにはさっきまでなかったはずのものが散乱していた。
散乱していた。
──嫌ほど見慣れた大量の錠剤シート。
僕は全てを察して、そのままベランダに出て行った。
了。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
単純にポップな作品にするつもりが、ラストは不穏な感じさせてしまいました。
ですが、それも含めて良いお話できたかなと思ってます。
これからもぼちぼち書いていくので宜しくお願いいたします。