ガタンゴトン。
ガタンゴトン。
僕と彼女は特急列車と同じような横並びの座席に二人座っていた。
何となくの気遣いで彼女を窓側にやったが、僕が見栄を張ってやっているのを彼女は当然のように見抜いていて、またいつものニヤつきながら頬杖をつき窓の外を眺めていた。
「これどこ向かってるんだよ」
「さぁね」
「大体、晩飯を食べるだけだったら難波の方が良かっただろ」
「これだからキミってやつは。まぁまぁ。難波のぼったくり飯より百倍おいしいお店を連れてってあげるから黙って付いてきなよ」
「変なとこ連れて行かないだろうな……」
「さっき変なところにのこのこ付いてきて、ベッドに押し倒されたのは誰だっけな〜」
これまたごもっとも。
どうも彼女を相手にすると何かとうまく行かない。僕ってこんなにコミュニケーション苦手だっただろうか。確かに舌が回る方だとは思っていないけれど、ここまで言いくるめられることはほとんどない。
「あ、次」
「え、何が」
「降りる駅だよ、ほら降りる準備して」
どうやらこの女は僕に考える時間すら与えてくれないらしい。
駅を降り、改札を出てみると近くにはマクドナルドやスターバックス、王将などのよく目にするチェーン店がずらりと並んでいた。
今までに降りたことはなかったが、確かに何か美味しいお店があっても頷けるようなところだ。
文句をつけるなら、頭が痛くなりそうなくらい空気が悪いことと、人々の行動がやたらと荒々しいことだろうか。
彼女はそのまま駅に隣接しているアーケードの商店街の中に入って行った。
アーケード街の中は、牛のように突進してくる自転車が次々とやってきて、その治安の悪さに竦んでしまった。
しかし、彼女は突っ込んでくる自転車を全くもろともせず進んでいく。
「なんか治安悪くないか?」
「あー、初めて来た人にとっては結構きついかもね。でも慣れればこんなもんってなるよ」
「こんなところにそんな高い頻度で来るのかよ……」
「まぁまぁ住めば都って言うじゃん。そんな感じだよ」
住めば都?
どういうことだ?
「もしかして、ここに住んでいるのか?」
「そうだよ?」
「……」
「あ、見えてきた。もうすぐ目的地に着くから楽しみにしててよ。飛びっきり良いお店だから」
と彼女は言うけれど、このままだとアーケード街を抜けてしまうし、奥を見渡しても店らしい店はなく、あるのはこじんまりとした居酒屋だけで、その店は小さい上に既に常連客で溢れていて入れそうになかった。
しかし、彼女に全く慌てた様子はなかった。
どこの店に入ろうとしているのか全く検討が付かなかった。
彼女は今にも鼻歌を歌いそうなくらいご機嫌な様子で、その居酒屋も通り抜け奥にある暗闇に包まれた住宅街の方へ入っていた。
「なぁ、この先のどこに店なんてあるんだよ。それっぽい店は全部通り過ぎてしまったよ」
「キミ鈍すぎない? 本気で言っている?」
「は?どういうことだよ」
「キミが女の子だったら今頃、トラウマ抱えすぎて狂人になってたと思うよ」
はぁ、と心底呆れ顔をしながら言ってくる。
そして、そう言われて何となく察した。
「ほら、入って」
思った通りだった。
連れて来られたのは彼女の住んでいるアパートだった。
「すごいな。まさか個人経営で飲食店を営んでるなんて驚いたよ」
「へー、キミもたまには冗談を言ったりするんだね。ユーモアあるじゃーん」
「そ、ここはあたしの住んでるアパートだよ」
大胆な子だというのはもちろん分かりきっていたけれど、まさかホテルから出た次に自宅に連れてこられるとは微塵も思わなかった。
いま一度、横目で彼女を見た。言動や振る舞いにこそ文句があるけれど、やっぱりずば抜けて可愛かった。
雑誌の表紙に載っていたら、内容なんて関係なしに買ってしまいそうなぐらいだった。
そして、僕はいまから彼女が住んでいる部屋に入るのだ。そう思うと全身が熱くなって、どうやって息をしたらいいのか分からなくなっていた。
立ちすくむ僕の手をちょっと照れくさそうな顔をしながらグッと握って、エントランスの方へ引きずり込んでいった。
ラスト2話です。