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第7話 鏡の向こうのルイーザ

 姉のルイーザが婚約破棄された。わが家マゼッティ男爵家は大混乱にいたった。仲の悪い姉だったので内心ほくそ笑んでいた私に、父は元婚約者の実家ライネーリ伯爵邸に潜入しろと命令した。

「悪事の証拠を見つけて来るまで帰ってくるな!」と。

 何で姉の婚約破棄に妹の私を巻き込むのよ! 

「嫌なら結婚させる」と脅迫された。しかも相手は老人だ。ひどいわ、それでも父親なの。

 そんなわけで私フィオレはライネーリ伯爵邸に侍女として潜入することになったわけ。わがまま放題やりたい放題に育った私に侍女なんて務まるのかしら。しかもめったに一族以外の人間と会わない引きこもりなのにね。そんな私の顛末をお楽しみください。

 ライネーリ伯爵の書斎に忍び込んでから数日後、外出の仕事をナーディア侍女長から託された。


「ごめんなさい。御者のアレクが郵便物を出し忘れたの。もう時間がないから配達所に届けてほしいんだけど」


「はい」


「ありがとうね。その代わり、時間がかかるでしょうから戻って来るのは夜遅くでもいいわ」


「本当にいいのですか?」


「いいのいいの。あなたは働き詰めだから、一日ぐらいゆったり過ごしなさい。子どもの相手って疲れるでしょ」


 ナーディアさんは私が双子相手に奮闘していることを気にかけてくれたのだ。とても嬉しかった。


 町の配達所に荷物を預けると私は乗り合い馬車に乗った。道中二度、馬車を乗り換えた。

 半日かかって、マゼッティ男爵の領地についた。私が向かったのは屋敷の裏手にある墓地だ。これまで一度も踏み入れたことのない場所だった。


 木々に囲まれた静かな場所だった。木漏れ日を浴びた私はマゼッティ一族の墓に近づいた。祖父祖母の墓は 黒御影石で作られた立派なものだった。その脇に小さな墓石があった。正面に刻まれた文字を読んだ。





   フィオレ・マゼッティ 


   わが家の宝石ここに眠る


   天国で永遠の輝きを





 ああー、やっぱり私はこの世に存在していなかった。



 ライネーリ伯爵邸の書斎で見つけたマゼッティ男爵家の調査報告書に、


『──次女フィオレは13年前に伝染病にかかって死亡。当年5歳であった』


 とあったけど、それはフェイクではなく事実だったのだ。


 その瞬間、すべての記憶が走馬灯のように蘇った。



 私はフィオレではない。



 ルイーザなのだと。



 ルイーザが生み出したフィオレという人格が私なのだ!!



     ◇     



 私が屋敷を出ようとしたら門の前でジェラルドに引き止められた。トランクケースを奪われて私の右手首を握られた。


「僕のこと嫌いじゃないよね?」


「はい」


 思わず本音を言ってしまった。


「だったら出て行くことは認めないフィオレ・マガッティ!」


 バレていた。

 私のモニカ・ポラーノという偽名ではなく本名を呼ばれた。


「もういい加減、カツラを取ったらどうだい」


 ジェラルドは握っていた私の手首を離した。


 私とジェラルドの間に微妙な空気が流れた。

 もしかして、ジェラルドは最初から私がルイーザの妹だと知ってたのかしら……だとしたら私はピエロじゃない。


 私はトランクケースを地面に降ろして黒髪おかっぱのカツラを取った。

 ブロンドヘアーが風になびいた。見送りに来てくれた使用人たちが感嘆の声をあげた。


「モニカはカツラをしていたののね!」


「綺麗な髪ね。あら、黒縁メガネも外したわ。うわー、美人だったのね」



「やっと本物のフィオレと面会できた。これで君にプロポーズできる」


 えっ、何言ってんのよ。ジェラルドは姉のルイーザの元婚約者じゃない。私が姉から男を奪うようなはしたないことするわけがない。



「僕と結婚してください!」


 私の目の前で片膝をついたジェラルドが右手を差し出した。


 ──もし、この手を握ったらどうなるの。ジェラルドのプロポーズを受けたことになるのかしら。


 そりゃ、ジェラルドに惹かれていたのは事実よ。姉の元婚約者がこんなに魅力的でいい人だなんて思わなかったんだもん。


 でも…… 


 私の心がぐらつく。

 

 

 ジェラルドは私が差し出した右手を掴んだ。


 

 えっ、私の手が勝手に動いた。これどういうこと?



『フィオレがOKなら結婚しましょう』


 頭の中に姉ルイーザの声が聞こえた。


『お姉ちゃん、そんなことできないわ』


『いいの。フィオレは私、私はフィオレなのよ。あなたが幸せになることは私が幸せになることなのよ』





 私ルイーザはジェラルドに秘密を打ち明けていたのだ。デート先の広場で結婚できないと言ったとき、食い下がるジェラルドに根負けしてすべてを打ち明けた。亡くなった妹フィオレの人格が私の中にあることを話したのだ。そして彼女の幸せのために人生を捧げていることを。そうしたらジェラルドが提案した。


「だったら、君とフィオレと一緒に結婚する。僕はふたりとも愛することができると思う」


 本物の生きてる姉妹ならば重婚になってしまう。でも心の中にいるのならば何も問題ないわけだ。

 しかし、相性というものがある。もしフィオレがジェラルドに嫌悪感を抱いたら、すべては水泡に帰すことになる。だから試用期間としてフィオレをライネーリ伯爵邸に潜り込ませたのだ。もちろん父母にも相談したうえで決めたことなの。父には役者顔負けの演技をしてもらったわ。時間をかけてジェラルドやライネーリ一族との相性をみる。もし、何も問題なければ頃合いをみてジェラルドがフィオレにプロポーズする手はずだった。すべて私ルイーザの策略よ。





「はい」


 私はジェラルドのプロポーズを受けた。



 うわあああ────!!


 やった──!


 いつのまにか、二人の周りを使用人たちが囲んでいて、歓声と拍手が起こった。


「おめでとうモニカ!」


「やっぱりあの子は貴族階級だと思ってたわ」

 

「うんうん、なにか訳ありの貴族の娘だってひと目でわかったよ」


 そんな──、私がこれまでがんばっていた変装は何なのよ。うまく紛れ込んだと思ったけど、それは私だけの思い込みなのね。


「さあ、行こう。これからフィオレにあらためて僕の家族を紹介するよ」


 


 使用人の輪の後ろに近づいたジェラルドの家族のもとに私は連れて行かれた。


 双子のルチアとミーアが私のブロンドヘアーを興味深げに見ている。弟のラウロははにかみ屋さんだ。双子より二つ年上ね。初めて見る私の本当の姿に戸惑っている。ライネーリ伯爵とビオンダ夫人がにこやかに笑っていた。


 ライネーリ伯爵が右手を差し出した。私は握手した。


「ジェラルドのプロポーズを受けてくれてありがとう。この半年間、君をじっくり見てきたがわが家にむかえるのに申し分ない人物だとわかったよ」


 何かこそばゆい。

 もしや、これって夢なのかしら。夢だとしたら覚めないでほしい。


 

     ◇



 ジェラルドとの結婚式が決まった。ジェラルドはフィオレの結婚式を挙げたかったようだけど私は断った。世間を混乱させるようなことはしたくなかった。それにヤドカリみたいな生き方は性に合わない。やはりこの体はルイーザだから好き勝手にできない。いづれルイーザに引き渡すことになるだろう。

 でも、ルイーザはあれ以来現れなかった。





 私は爽やかなウェディングドレスを身につけた。ジェラルドから指輪をはめられて幸せの絶頂にいた。教会の中に集まった貴族たちとライネーリ伯爵邸の使用人たちが歓声をあげた。


「おめでとう!」


「お幸せにね!」





 結婚式を挙げて半年がたった。ジェラルドもライネーリ伯爵家の人々は優しかった。この家族と馬が合うことは侍女だった頃からわかっていたけど、何も問題なく過ごせたのは幸いだ。双子たちの世話は私が引き受けた。侍女時代からのつきあいだからなれたものだ。


 只一つ問題があるとすれば、夜の営みだ。ジェラルドはなぜが私を抱こうとしない。いつもいい雰囲気になるけど、気がつくと朝の光をベッドで浴びている。なぜかぐったりすることもあるけど、いつも一人寝で寂しい。


 で、ジェラルドを問い詰めることにした。


 貴族院の公務から帰って来たジェラルドと話した。


「何いってんだ。昨夜だって一夜をともにしたじゃないか」


 ジェラルドが呆れたように言った。その口調に嘘は感じられない。えっ、どういうことなの?


「もう……仕方ないな」

 ジェラルドが顔を近づけた。





 ──そして気がついたときにはベッドにいた。全裸になってる。慌ててシーツを掴んで首まで上げた。


 ベッドの脇で着替え終えたジェラルドが私を見てウインクした。私の首筋にキスをして寝室から出ていった。


 首筋にキスマークができた。


 これはどういうこと? 私はジェラルドに抱かれたのか……でもそんな記憶も実感もどこにもない。


 

 何で愛し合った記憶がないのよ!


 

 すると頭の中に声が聞こえた。

 



『フィオレ、あなたが私の名前を引き継いで結婚したのだから、これぐらいいいでしょ』



 ルイーザの声だ!



『私の肉体はあなたにあげるわ。ただし、ジェラルドの夜の営みは私に譲ってもらうわね。部分的で我慢してあげるから、さああなたの人生を精一杯生きなさい』



 そういうことだったのか。姉は私に肉体を与えるかわりの条件としてそんな考えにいたったのか……

 私は涙が込み上げてきた。

 そうか。侍女だったときから首筋のあざが頻繁にできたことがあったけど、あれはキスマークだったんだ。それってルイーザがジェラルドと密会してた証拠じゃない。


 5歳のときのティーパーティーと同じで、悪意に満ちた意地悪だわ。

 

 私の気持ち感情なんてどうでもいいのよ、ルイーザは!


 私はワナワナ震えて泣いた。


「お姉ちゃん、これは酷いよ。そんなに私が嫌いなの? 私に消えてほしいの」


『そんなことないわよ、フィオレ』


 声のトーンが変わった。

 

『私は誰よりもあなたを愛してるの。これは愛情の裏返しよ。あなたの幸せのおすそ分けしてもらったのよ』


「そんなの詭弁だわ。私は傷ついた」


『……そうね、また悪い癖が出たみたい。フィオレが可愛いから意地悪したくなるのよ。これは私の性質でもうどうにもできないのよ。だから、今回が最後よ』


「最後? どういうこと」


『一つの体に二つの人格はいらないでしょ。だから私が消えるわ』


「そんなの駄目よ。この体はそもそもルイーザじゃない。私の体は……すでにない。もし消えなければいけないとしたら私の方よ」


『……私の望みはフィオレがこの世に蘇って生きること幸せになることよ。私の妹でいてくれて本当にありがとう』


「待って、行かないで! 私、本当は……お姉ちゃんのことが好きなの大好きなのよ!!」



『……知ってたわ。さようなら』






 何かが体から抜けた。


 胸の中にポッカリ穴が空いたような空虚な感覚。


 私には分かった。


 姉の人格が消滅したのだ。



 姉が完全にいなくなって私は一人なんだと実感した。


 とてつもなく寂しくなった。

 姉は私の為に自ら自我を消滅させたのだ。残ったのはフィオレの人格だけ。

 姉のいない人生なんて考えられない。とめどなく涙が流れた。

 




「ルイーザ様、旦那様がお待ちです」

 扉の向こうでマリエッタの声がした。マリエッタは私付きの侍女になった。


「今から着替えるからジェラルドに急かさないように言っといてくれる」


「手伝いましょうか?」


「ううん、自分でやるわ」



 そうだ。マリエッタがいる。


 マリエッタは侍女という垣根をこえた親友なのだ。私はこの屋敷に来てから変わった。以前のわがまま放題やりたい放題のお嬢様ではなくなった。マリエッタやナーディアさん、ウーゴたち屋敷のみんなのおかげだ。いつまでもめそめそ泣いていてはいけない。前を向こう。


 ベットから降りて下着を身につけた。ドレスを着て姿見に全身をさらした。

 ひどい顔。鏡台の前の椅子に座って化粧直しをした。首のキスマークは白粉でごまかして最後に紅を唇に差した。



「どうお姉ちゃん? お化粧うまくなったでしょ。5歳のときティーパーティーで顔にイタズラされてからずっと根に持っていたけど、もう許してあげるわ」


 鏡の向こうのルイーザは微笑んでいた。


お読みいただきありがとうございます。


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