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第6話 異変

 姉のルイーザが婚約破棄された。わが家マゼッティ男爵家は大混乱にいたった。仲の悪い姉だったので内心ほくそ笑んでいた私に、父は元婚約者の実家ライネーリ伯爵邸に潜入しろと命令した。

「悪事の証拠を見つけて来るまで帰ってくるな!」と。

 何で姉の婚約破棄に妹の私を巻き込むのよ! 

「嫌なら結婚させる」と脅迫された。しかも相手は老人だ。ひどいわ、それでも父親なの。

 そんなわけで私フィオレはライネーリ伯爵邸に侍女として潜入することになったわけ。わがまま放題やりたい放題に育った私に侍女なんて務まるのかしら。しかもめったに一族以外の人間と会わない引きこもりなのにね。そんな私の顛末をお楽しみください。

 7歳の私は怒り狂っていた。寝ている間にフィオレが私の髪の毛をバッサリ切るなんて! そんな馬鹿なことをする子には思えなかったからショックだった。

 いつも私の後をべったり引っ付いていた子が初めて反抗した。私はフィオレをぶん殴ってやろうと思ったけどやめた。


 だって……フィオレは可愛いんだもん。私がこの世で一番好きな妹なのよ。


 あのティパーティーでフィオレの顔に落書きしたのは愛情の裏返しよ。5歳のフィオレは天使のように可愛かった。ティパーティーで人気を独り占めした。私はフィオレの可愛さがみんなに知れ渡るのが嫌だった。あの可愛さは私だけのものにしたい。独占したかった。


 だからフィオレの顔に無茶苦茶な化粧をほどこしたの。もちろんフィオレは私の悪意に取ったけど、それは間違いなのよ。



 私はフィオレを誰よりも愛していた。



 私が黒髪おかっぱのカツラを被って一週間後、フィオレは病気になった。流行りの伝染病だ。

 あの子はベッドで息絶え絶えの状態で私に声をかけた。


「お姉ちゃん……ごめんなさい。カツラ早く取れるといいね」


 フィオレが言った。私はハンカチでフィオレの顔の汗を拭いた。

 朝方、フィオレはあっけなく息を引き取った。





 葬儀が終わってから、私はフィオレのベッドで寝た。たぶんフィオレの体温を感じたかったのだと思う。かわいそうなフィオレ、あなたの変わりに私が死んだらよかったのよ。枕を涙で濡らして眠りについた。


 翌朝、私の異変に気づいたのはお母様のジルダだった。朝食のテーブルで座ってる私を見て驚いていた。


「そこはフィオレの席でしょ。自分の席に付きなさい」


「ここが私の席よ」


「どういうことだ。お前の席は隣じゃないか」

 対面の父マゼッティ男爵が不快そうに言った。


「何で? 隣はお姉ちゃんの席じゃない。フィオレの席はいつも真ん中よ。そうよね、お姉ちゃん」

 私は隣の席の姉に話しかけた。実際、そこには誰も座っていなかった。


「ほら、お姉ちゃんもそうだって言ってる」


 父は執事のパガーニに目配せした。困ったことがあると頼りになる男だ。


「フィオレ様、今喋ってらっしゃったのはルイーザ様ですか?」


「うん、お姉ちゃんだよ。なんでそんなこと聞くの?」


 父と母がお互いの顔を見合わせた。



 私はフィオレを“取り込んだ”つもりだった。もちろん、そんなことできないことは百も承知。フィオレの肉体が無くなって魂がさまよっているのなら私の体を捧げるつもりでフィオレの振りをしてみせた。7歳の子どもが考えた精一杯の行動だった。

 もちろん大人たちにはふざけているようにしか見えなかった。父や母はろこつに嫌な顔をして私を叱った。

 しかし、私はフィオレの振りをやめなかった。やめたら本当にフィオレはこの世から消えてしまうじゃない。私がフィオレを演じることで妹がこの世に存在していた爪痕を残すのよ。それが私が生かされてる使命だと思った。


 家ではフィオレ、外ではルイーザと役割ができた。変なものだ、ルイーザでいなければなならない場面ではルイーザになるし、フィオレが必要な場面ではフィオレになった。喋り方、性格までフィオレそっくりになった。もはや演技の域を超えていた。私自身もフィオレと共存してるような気になった。



 修道女がやって来た。父がツテを頼って見つけた人物だと言う。


「おぬしは妹の霊に取り憑かれておる!」


 その言葉に父マゼッティ男爵が蒼白になった。母のジルダは涙を流した。



 やれやれ、こんなお婆さん呼んでどうするのよ。除霊? 好きにしたらいいわ。


 私は丸テーブルを挟んで椅子に座らされた。対面のお婆さんは物凄く怖い顔で私を睨んだ。テーブルに置いた聖書の上に右手の手のひらを置いてごちょごちょ喋ってる。額から汗が吹き出た。  


「むむむっ、手ごわいぞ。この女の子の霊はお姉さんに執着しておる!」


 嘘よ、そんなの。 

 執着してるのは私の方なのに、この修道女はデタラメを言ってる。


「ええい! 妹よ、おぬしのいる場所はそこではない。天国の扉は開いておる。早く行くがよい」


 修道女が私に向かって叫んだ。


 何言ってるの。

 私は呆れた顔で修道女を見つめた。


「──よせ、わしはおぬしの為に……」


 突如、修道女の様子がおかしくなった。小刻みに体を震わせたのち、口から泡を吹き出した。

 椅子から転げ落ちた。白目をむいて気絶した。


 

 しばらくして気がついた修道女はこう言った。


「マゼッティ男爵、姉から妹の魂を無理に引き離すことは諦めるのじゃな。二人の絆は強烈だ。無理やり別れさせると姉は死を選ぶであろうぞ」



 それからは私の行いはアンタッチャブルになった。私の妹ごっこが公認されたのだ。

 13歳になって貴族学校に入学した。二つ上の先輩にジェラルドがいた。ジェラルドは入学したときから私に目をつけていたらしく、私の教室の周りをよくうろついていた。貴族の子弟の恋愛は自由、ただし結婚相手は家が決める。政略結婚ありきだった。

 私はジェラルドと交際することになった。フィオレに話すとなぜか賛成してくれた。私のこと大嫌いなくせにやはり女の子らしく恋愛には関心があるみたい。

 18歳で貴族学校を卒業した。ジェラルドは待ちかねていたようですぐにプロポーズしてくれた。私は自分一人が幸せになっていいのか悩んだ。家に引きこもってるフィオレをそのままにしておけない。だから返事は引き伸ばした。二年がすぎるとさすがにジェラルドは我慢の限界だった。デート先の町の広場で問い詰められた。


「ジェラルド、あなたのことは好きだけど結婚はできない。もし強引には政略結婚にもってくるなら命を絶ちます」


 私はジェラルドを愛してる。でもフィオレのことを考えると結婚には踏み切れない。


 ジェラルドはあぜんとしていた。まさか私がそんな口を聞くなんて思わなかったのね。私たちは恋人同士、はためからも相思相愛のお似合いのカップルだった。


 こうして私の結婚話は無くなった。私はジェラルドに提案した。付き合った女から振られたなんてプライドが許さないでしょ。ジェラルド本人が私を振ったことにしましょうと。ジェラルドは力なくうなずいた。


お読みいただきありがとうございます。


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