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第5話 恩返し

 姉のルイーザが婚約破棄された。わが家マゼッティ男爵家は大混乱にいたった。仲の悪い姉だったので内心ほくそ笑んでいた私に、父は元婚約者の実家ライネーリ伯爵邸に潜入しろと命令した。

「悪事の証拠を見つけて来るまで帰ってくるな!」と。

 何で姉の婚約破棄に妹の私を巻き込むのよ! 

「嫌なら結婚させる」と脅迫された。しかも相手は老人だ。ひどいわ、それでも父親なの。

 そんなわけで私フィオレはライネーリ伯爵邸に侍女として潜入することになったわけ。わがまま放題やりたい放題に育った私に侍女なんて務まるのかしら。しかもめったに一族以外の人間と会わない引きこもりなのにね。そんな私の顛末をお楽しみください。

「お暇を取らせてください」



 私は侍女長の部屋に入って、机に向かっていたナーディアさんの背中に言った。

 ナーディアさんのペンの動きが止まった。椅子を下げて振り返った。


「ここをやめてどうするの?」


「縁談がありまして受けてみようと思います」


「縁談? 結婚するの」


「はい。以前から父に勧められていました」


「寂しくなるわね……でもあなたが幸せになるなら」

 ナーディアさんは立ち上がって私にハグをした。


「仕方ないわね」



 私はここら辺が潮時だと思った。

 ライネーリ伯爵の悪事を暴こうとしたけど、そんなものは見つからなかった。使用人の扱いも文句なしだ。不満を言う下僕はいない。執事や侍女長も厳しいが人柄よく私によくしてくれた。もうここにいる理由はない。





「聞いたぜ、ここを辞めるってな」

 焼却炉の前にウーゴがいた。紙巻きタバコを吸っていた。私は1本受け取って火をもらった。


 ふぅ──


「結婚するって本当なのか?」


「本当」


「相手は例の爺さんなんだろ? やめちまえそんなの。何だったら俺と駆け落ちするか?」


「私のこと好きじゃないのに」


「何言ってんだ。そんなことないさ」


「アンの前で言える? 無理でしょ」 


「まいったなー。アンより先に出会ってさえいればな……」


 私は黙って右手に握ったリボンのついた小箱を手渡した。


「何だこりゃ?」


「葉巻。キューヴァ産の最高級品よ」


「へー、ありがたくもらっとくぜ」





 マリエッタが左目から義眼を取り出した。それを義肢装具士のアゴストが右手の手のひらで受け取った。それをしげしげ見て言った。


「これは子ども用の大きさだ。幾分大きめに作られているが成人の物じゃないから動いてしまって目の奥に炎症がおきたわけだ。じゃがピッタリのサイズの義眼を使えばじきに治る。安心しなさい」


 マリエッタが破顔した。隣に立った私を見た。


 良かったわね。

 首都で名医・名義肢装具士と言われるアゴストさんをこの町に連れてくるのは大変だったのよ。お金もかかったの。でも安心してもちろん支払いは私がするわ。


「モニカさんの手紙に目の色のことが丁寧に書かれていました。とび色の虹彩の義眼を複数用意してきましたので見てもらいましょう」


 アゴスト義肢装具士は机の上に置いた木箱の留め金を外した。開けると義眼が10個並んでいた。元の義眼のサイズから一段階大きめの義眼を手に取った。


「まずこのサイズをはめて見ましょう」





 町外れにナーディアさんの実家があった。私が荷馬車で持ち込んだ車椅子にナーディアさんのお母様が妹さんの手伝いで座ってくれた。


「ありがとう。ナーディアにお礼を言ってね」


 私はこの車椅子はナーディアさんからのプレゼントだと言ったのだ。

 すっかり信じ込んだお母様の嬉しそうな顔。私はこれで良かったと思った。





 町に父マゼッティ男爵の経営する商会があった。地元の特産品を買い付けする店を国の要所に置いていた。私はその店の奥で父と密かに会った。

 父はライネーリ伯爵の悪事スキャンダルを探してる。それを見つけるために私を屋敷に送り込んたのだ。でも、使用人たちの評判もよく悪事の噂話さえもなかった。ついに書斎に忍び込むようなことまでやらかしたけど、結局何も見つからなかった。


 マリエッタと分かれるのはつらいし、私がいなくなると子猫のルーの世話は誰がするのか気になっちゃう。実家に連れて帰ってもいいけど、私以外にもなついてるのよね。とくにルーはナーディアさんが大好きだから置いとくべきか悩む。



「悪事の証拠はなかっただと、お前は子どもの使いか。半年間も屋敷におって何の手がかりもないと言うのか!」

 

「深夜に書斎をあら捜ししましたけど、何も見つかりませんでした。お父様、姉の婚約破棄の復讐なんてやめませんか。敵を作りすぎるのはよくありません」


「わかったような口を聞くじゃないか。一人前になったつもりか」


 やれやれ、これじゃ堂々巡りだ。


「結婚の話を進めてください。私はどこでも嫁ぎます」


「本気か? お前は老人の貴族との縁談は毛嫌いしていたじゃないか」


「もうあの屋敷にいるのがつらくなって来ました。みんないい人ばかりで……この人たちとはいづれ別れないといけない。今ならまだ悲しみが小さいから離れるべきだと思いました」

 

「情に流されおって、その決断を後悔しても知らんぞ」


「ただし条件があります」


「何だ言ってみろ」


「持参金の前借りをお願いしたいです」



 そう。私は屋敷を出る前にお世話になった人々に何かしてやりたいと思った。その為にお金が必要よ。


 何となく持参金で自分を売ったみたいに思えるけど、貴族の娘なんて政略結婚の道具に過ぎないから、使えるお金ぐらいは好きにさせてよ。


「わかった。使いみちは聞かないでおこう」





 屋敷を出る日が来た。

 部屋の片付けをした。トランクケースに入らない物はこのまま置いておくことにした。新たな侍女が使ってくれたらいいな。朝礼で別れの挨拶はすましていた。あとは屋敷を出るだけだ。

 


「待ってくれ、話がある!」

 

 屋敷の門の手前で背後から声をかけられた。振り返るとライネーリ伯爵の長男ジェラルドが走って来た。息を切らせていた。


「お別れの挨拶は昨日しましたよね」


「そうじゃない。君に行ってほしくないんだ!」


 やはりそうだったか……

 私が双子と一緒にいると必ずジェラルドが様子を見にやって来た。最初は妹思いの優しい兄さんだなと思ったけど、ちょっと頻繁すぎないと感じた。もしや私に気があるのかと勘ぐった。

 ジェラルドの評判はすこぶるいい。とくに若い侍女に人気がある。私は姉の元婚約者だし、あまり近づきたくないと思った。私の正体がバレる恐れもあるので距離を保っていた。なのにジェラルドはお構いなしに私に話しかける。私はぶっきらぼうに返事をして距離を保とうとしたけどそんなの一切気にしないのだ。


 私はいつの頃からジェラルドに会って話すのがつらくなってきた。最初その理由が分からなかった。


 もしかして、ジェラルドのことが好きになった?



 駄目よ駄目、絶対に駄目!



 彼は姉の元婚約者じゃない。そんな人を好きになるなんて反則だわ!

 私はそんなモラルに反することなんかできないわ。一番やってはいけないことよ。


 でも、私の心はザワつくの。ジェラルドに会ってお話すると心臓が高鳴るのよ。




 ジェラルドが私のトランクケースを取り上げた。そして私の右手首を掴んだ。



 その様子を庭師や侍女たちが怪訝そうに見ていた。ウーゴ、マリエッタやナーディア侍女長の姿もあった。見送りに来てくれたんだ。

 屋敷の玄関先にライネーリ伯爵と奥様、次男のラウロ双子のルチアとミーアがいた。一家総出でこっちの様子を伺っていた。


お読みいただきありがとうございます。


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