表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

第3話 ルー

 姉のルイーザが婚約破棄された。わが家マゼッティ男爵家は大混乱にいたった。仲の悪い姉だったので内心ほくそ笑んでいた私に、父は元婚約者の実家ライネーリ伯爵邸に潜入しろと命令した。

「悪事の証拠を見つけて来るまで帰ってくるな!」と。

 何で姉の婚約破棄に妹の私を巻き込むのよ! 

「嫌なら結婚させる」と脅迫された。しかも相手は老人だ。ひどいわ、それでも父親なの。

 そんなわけで私フィオレはライネーリ伯爵邸に侍女として潜入することになったわけ。わがまま放題やりたい放題に育った私に侍女なんて務まるのかしら。しかもめったに一族以外の人間と会わない引きこもりなのにね。そんな私の顛末をお楽しみください。

 夜、仕事が終わると屋敷の使用人たちは自分の部屋に戻った。

 私はこっそり部屋を抜け出して裏庭に出た。暗がりのなか焼却炉の前に行くと草むらからお腹を減らした子猫が飛び出して来た。


 ニャァァァオ──


「ごめんね遅くなって」


 鍋の残飯をものすごい勢いで食べた。慌てなくてもいいよ。誰も取り上げないから。私はかがんで子猫の様子を見た。


 子猫が食べ終えると鍋を持ち上げた。背中を見せると子猫が足にしがみついた。


 ニャー、ニャー、ニャー!


 ソックスに爪が掛かった。離すとまたしがみついた。


 こら、帰さないつもりか。困ったな。どうしたらいいの……



 そっと子猫を抱えて自分の部屋に入ろうとしたら声をかけられた。


「モニカさん外出していたの?」


 振り向くと二つ向こうの扉が開いていた。先輩の侍女マリエッタがこっちを向いていた。


「ちょっと外の空気を吸いに……」


「ふーん」


 そう言って自分の部屋に戻った。

 

 

 翌朝の朝礼で侍女長のナーディアさんが言った。


「昨晩、使用人部屋から猫の鳴き声が聞こえたと苦情が入りました。誰か知りませんか?」


 私はギクッとした。

 マリエッタを見たら知らん顔された。仕方なく手を上げた。


「すみません。裏庭に子猫がいたので連れて来ました」


「……数日だけ猶予を与えます。誰か引き取り手を探すこと。もちろん、お仕事は手を抜かないように」



 昼間の休憩時間に厨房のウーゴのところに行った


「ほらよ」

 手渡された鍋に盛られた残飯は子猫の餌だ。


「ありがとう」


「いいってことよ。でどうすんだよ子猫?」


「ここで飼うのは無理みたい。実家に預けようか考えてる」


「それじゃ安心だな。ところで子猫に名前は付けたか?」


「ルー」

 思わず姉の名前ルイーザの愛称を言ってしまった。


「ルーか、いい名前だ。俺もお気に入りだ」


 

 一日の仕事が終わって部屋でくつろいでいたらナーディアさんがやって来た。


「子猫を見せてくれる?」


 部屋に入ったナーディアさんはベッドの上にいたルーを抱き上げた。


「女の子よね、かわいいわ。私、猫が大好きなの。実家にオッドアイの白猫がいるの。黒猫もいいわね」


 ルーは顎下を撫でられてご満悦だった。


「ルーもナーディアさんが好きみたい」


「子猫を飼うことを許可します。屋敷のネズミ駆除のためよ。この子が大きくなったら働いてもらうわ」


 うわっ、感激。

 ナーディアさんのこと好きになりそう。





 翌日の夕方、侍女仲間と花壇の手入れをしていると、先輩侍女のマリエッタが通り過ぎた。目で追うと屋敷の裏庭に向かってるようだ。


 こいつはチャンスだと思った。


 私は侍女アンにスコップと元肥もとごえの入ったバケツを押し付けた。


「ごめん、ちょっと……」

 モジモジすると、


「行ってらっしゃい。私もおしっこ近いのよ」

 

 

 ナーディアさんに子猫の告げ口したのはマリエッタ先輩に違いない。

 そりゃ子猫を連れ込んだのは私だけど、同じ侍女仲間じゃない。助け合うべきだわ。納得できないから直接会って話すつもり。嫌味のひとことでも言ってやろうか。


 私はマリエッタの後をつけた。

 マリエッタは裏庭から雑木林の中に入っていった。躊躇したけど後を追った。鳥のさえずりと川のせせらぎが聞こえた。


 お仕事とはまるっきり関係ない場所よね。私は首を捻った。

 彼女は伐採された木の切り株に腰を下ろした。足元の湧水に手に持った何かをつけていた。



「誰かいるんでしょ。出てきなさい!」



 マリエッタが振り返った。


 気づいたか。私は茂みから姿をあらわした。


 マリエッタの顔を見てびっくりした。


 左目の瞼が閉じていた。


 

 そして彼女の右手でつまんでいる物を見てぎょっとした。

 

 ──眼球だった。



     ◇



「本物じゃないわ。義眼よ」

 

「今までマリエッタさんが義眼だって気づかなかった……」


「いいの気にしないわ」

 マリエッタは私の目の前で義眼をはめた。よくよく見ると左右の目の色が違う。義眼の瞳の色が退色していた。


「もう限界なのよ。子どもの頃に作ったから成長して合わなくなって痛みが出るの。それで義眼を外していたの。本当なら新品に替えるべきだけど、高価だから我慢しなくちゃ」


「ごめんなさい。マリエッタさんの秘密を暴いてしまって」


 マリエッタは無言になった。そして私の髪を見た。


「あなたも取ったらいい。ここは誰も来ないから」


「……」


「その黒髪カツラなんでしょ? あなたの秘密を知りたいわ」


 私は固まった。追い詰められた気がした。でもマリエッタの話し方はやさしい口調だった。迷ったけど決心した。


 私は黒髪おかっぱのカツラを外した。黒縁の伊達メガネも取った。


 私のブロンドの髪がふわりと舞った。

 私の本当の姿を見てマリエッタはあぜんとしていた。


「綺麗だわ……美しさを隠すなんて犯罪よ」


「……」


「でも、あなたの秘密教えくれてありがとう。これで私たちは秘密を共有した仲間よ」


 仲間?

 意味がよく分からなかった。

 私には友達はいない。

 いつもひとりだ。


 あの髪の毛をバッサリ切った事件以来、姉と一緒に出かけることはなかった。貴族学校にも行かなかった。姉のいる貴族学校なんて行くつもりはさらさらなかった。

 父母は怒ったが貴族学校入学は任意で必ず行く義務はなかった。

 屋敷と親族の家が私のテリトリーだった。

  


 秘密を他人と共有することは初めてだった。なんだかほっとした。不思議だけどこれでマリエッタとは距離が縮まった気がした。


 マリエッタは子どもの頃に片目を事故で失った。眼帯を付けているのを不憫に思った村長が町の義肢装具士のとこに連れて行って作ってもらった。もちろんただではない。貴族の屋敷で奉公する約束で高価な義眼を手に入れたのだ。


「もっといい義眼を買わないとね」

 マリエッタは湧水にハンカチを濡らして左の瞼に当てた。


「こうすれば幾分楽になるわ」

 マリエッタが笑った。



 それがきっかけでマリエッタとはよく話すようになった。歳は私より二つ上だった。すぐに打ち解けた。家族一族以外で仲の良い友達は私にはいなかったから変な感じ。ありがたいと思ったのは、マリエッタは私が変装している理由を聞かなかったことだ。


 私とマリエッタが仲よさげに話し合ってる姿を、ほかの侍女たちが遠巻きに見ていた。それがきっかけで私に話しかけるようになった。なんでも私は話しかけずらいオーラが出ていたんだって。


 不思議ね。みんなと話すようになって屋敷で働くのが楽しくなった。日々の規則正しい生活と外で働くって私の性分に合ってたみたい。





 あっという間に半年がたった。


 子猫のルーは放し飼いが認められたので使用人みんなに可愛がられた。今ではみんなの人気者よ。

 ルーはときおり小さなトカゲや虫を咥えて私の元にやって来る。プレゼントらしいけど、ちょっと困ってしまう。いずれ大人になったらネズミを持って来るのかしら。ゾッとするわ。


 私が見たライネーリ伯爵家はかなり好印象だ。伯爵に奥様、長男次男双子の妹たちも育ちのせいかおっとりした感じがした。

 同じ貴族といってもわが家の男爵家とは雰囲気が違う。わが家は姉と私の折り合いが悪いので家の中がギクシャクしていた。



「ねぇ、今度の休み遊びに行かない?」


 マリエッタに誘われた。二つ上の先輩侍女は私に心を許してる。共有の秘密ってすごい。友達なんてこれまでひとりもいなかった私に親友ができたのだ。よし遊びに行くか。でも、その前にやることがあった。


お読みいただきありがとうございます。


この小説がお気に召しでしたら、ブックマークや↓の✩✩✩✩✩評価等、応援よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ