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第2話 潜入

 姉のルイーザが婚約破棄された。わが家マゼッティ男爵家は大混乱にいたった。仲の悪い姉だったので内心ほくそ笑んでいた私に、父は元婚約者の実家ライネーリ伯爵邸に潜入しろと命令した。

「悪事の証拠を見つけて来るまで帰ってくるな!」と。

 何で姉の婚約破棄に妹の私を巻き込むのよ! 

「嫌なら結婚させる」と脅迫された。しかも相手は老人だ。ひどいわ、それでも父親なの。

 そんなわけで私フィオレはライネーリ伯爵邸に侍女として潜入することになったわけ。わがまま放題やりたい放題に育った私に侍女なんて務まるのかしら。しかもめったに一族以外の人間と会わない引きこもりなのにね。そんな私の顛末をお楽しみください。

 その出来事以来、私と姉は仲が悪くなった。

 だから、姉が婚約破棄されたって聞いたとき胸がスカッとした。いい気味だわ。私は嬉しくて机の引き出しを開けて葉巻を取り出した。


 これは父の書斎から拝借したものだけど一級品なのよ。普段は紙巻きタバコを隠れて吸ってんだけど、今日は特別にこれを吸うわ。


 携帯の種火箱の蓋を開けて、中を覗いた。火種があった。毎日侍女のアンナが料理人から火種を手に入れて渡してくれる。彼女もタバコを吸う仲間よ。


 葉巻の先端をシガーカッターで切って火をつけた。


 煙を吸った、吐いた。


 うーん、やはりキューヴァ産の葉巻は最高にうまい。

 出窓の窓を開けた。部屋の中がタバコ臭くならないように、出窓の縁に腰を降ろして一服した。外に目をやると庭師たちが働いていた。



「前から葉巻を吸ってたのか? どうりで数が少ないと……」


 振り返ると父が仁王立ちしていた。

 そんなー、娘の部屋に入るときはノックぐらいしてよ。ほんとデリカシーがないんだから。


「ルイーザが婚約破棄されたってのに何だその態度は!」


 父は私の指から葉巻を取り上げた。いまいましそうに出窓の柵に置いた花瓶の花をむしり取って外に放り投げた。葉巻は花瓶の中に突っ込んだ。


「落ち着いてくださいお父様」

 私は興奮した馬を鎮めるように穏やかに言った。


 父は私の顔をじっと見た。


「こうなったら、フィオレに手助けしてもらう」



     ◇



「皆さん、今日から一緒に働いてもらう新人さんです」

 侍女長のナーディアが黒髪おかっぱの少女をうながした。


 私は一歩前に出た。


「モニカ・ポラーノ18歳です。よろしくお願いします」


 使用人の控室で私は挨拶した。長テーブルで座った男女15人の視線を一身に浴びた。

 うわー緊張する。普段、男爵令嬢の私フィオレと接する実家の使用人たちは笑顔だけど、ここでは違った。何だ新入りかと品定めをしている目つきだ。


 私は変装していた。ブロンドの髪は黒いおかっぱ頭のカツラの中に、黒縁の伊達メガネにそばかすの化粧。ダサい女そのものね。男爵令嬢フィオレ・マゼッティとは別人になった。





「フィオレ、侍女に化けてライネーリ伯爵邸に潜入しろ。婚約破棄したことを後悔させてやる。貴族はみんな脛に傷持つ存在だ。悪事の証拠の一つや二つは必ずある。それを手に入れるまで帰って来るな」


 父の言葉に私は反発したわよ。そもそも何で大嫌いな姉の復讐を手伝わなくちゃいけないのよ。



「嫌なら結婚させる」


 ドキッとした。


 貴族令嬢は政略結婚がマストなのよ。恋愛結婚なんて物語の中だけ。私たち貴族令嬢には結婚相手を選ぶ権利はないの。しかも父マゼッテイ男爵が押し付けようとした男性は奥さんに先立たれたよぼよぼの老人だった。


 いやいやいや!


 なんで若い身空でおじいちゃんと結婚しないといけないのよ。


 そんなの死んでもいや!


「だったら引き受けてくれるな」

 父はニンマリと笑った。





 そんないきさつで私はライネーリ伯爵邸で侍女になった。バックグラウンドは没落した商家の娘だ。仕事は一から教わった。

 自分の部屋でさえ掃除したことのない私が、一所懸命廊下をモップで拭くことになるとはね。

 テーブル、窓枠、部屋の隅々まで綺麗にした。それとゴミ出し。裏庭奥の焼却炉にゴミを運ぶ。そんな日々だった。


 臭いのかなわないなー。こんなことは下僕にやらせるべきよ。ん、侍女も下僕か?



「ご苦労さま」



 背後から声をかけたのはエプロン姿の若い男だった。手に持ったバケツの中に野菜くずや肉を削ぎ落とした骨が見えた。厨房で働いてる料理人だ。バケツの中身を焼却炉の中に放り投げた。


「……あ、はい」


 私は後ずさりした。知らない男とは口をきかないのがモットーだけど、この職場はそんなことできない。踏ん張らなくちゃ。


「あんた新入りだったな。確か名前は……」


「モニカです。モニカ・ポラーノ」


「そうだったな、よろしく。俺はウーゴ・メリーギだ」


 そう言うとウーゴはいきなり顔を近づけて来た。私の黒髪カツラに鼻先をつけた。クンクンと匂いを嗅いでる。


 やば、こいつ変質者?


 私が固まってるといきなり左手首を握られた。ウーゴは周りを見渡した。人の気配がないことを確認すると、焼却炉の後ろ側に連れ込まれた。



『た、助けて────!』



 叫ぼうにも声が出ない。ショックで体がこわばった


「ほら、あんたもこれが好きだろ?」


 彼がゴソゴソとエプロンの内側の下腹部あたりを右手で探った。



 ええええっ!!


 やだ、変態!


 取り出した。


 紙巻きタバコだった。


「吸う?」





 うまい!


 私は壁にもたれてタバコを吸った。

 ゆっくり煙を吐くと、隣に並んでウーゴも一服していた。実は私も隠れてタバコを吸っていたのだ。人気のない場所を見つけてこっそり吸っていた。タバコは火打石と金属プレートで麻の繊維に火をつけた。そりゃ手馴れたものよ。ウーゴはそんな手間かけなくても厨房の火を使って火種を作れるから楽よね。


「ここに同好の士がいるのは嬉しいよ」

 ウーゴはニコッと笑った。笑うと目尻が下がった。


 ふーん、ウーゴって悪い人じゃないみたい。

 おっと、これは屋敷のスキャンダルを知るチャンス到来かも。

 私は世間話をしながらライネーリ伯爵についてそれとなく探りを入れた。


「いい人だぞ。使用人みんなに好かれてる」

 

 あっそう。


 まっ、会ったばかりの人間に本音は晒さないわね。そのうち仲良くなったら色々と出てくるでしょ。それまで根気よく粘るか。


 ニャー


 ニャー!


 どこからか私の足元に痩せっぽちの子猫がやって来た。黒猫だ。私の足首にすりすりしてくる。


「見かけねー猫だな」

 ウーゴが言った。


 子猫を抱き上げた。私の胸の上で喉をゴロゴロ鳴らした。


 私はにっこり笑った。


「へっ、あんた笑うんだ?」


「?」


「いやさ、無愛想にしてるからそんな女かと思ってさ」


 確かに私は無表情でいることが多い。同僚とも距離を取っている。だって貴族の子弟だってバレたらやばいでしょ。


 子猫の母親をあちこち探したけど見つからなかった。


「この子どうしようかしら」


「とりあえずここで飼ってみるんだな」


「見つかったら怒られるわよ」


「何とか言いくるめたらいい。侍女が猫を飼っては駄目なんて聞いてないぜ」


お読みいただきありがとうございます。


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