第1話 ハサミ
姉のルイーザが婚約破棄された。わが家マゼッティ男爵家は大混乱にいたった。仲の悪い姉だったので内心ほくそ笑んでいた私に、父は元婚約者の実家ライネーリ伯爵邸に潜入しろと命令した。
「悪事の証拠を見つけて来るまで帰ってくるな!」と。
何で姉の婚約破棄に妹の私を巻き込むのよ!
「嫌なら結婚させる」と脅迫された。しかも相手は老人だ。ひどいわ、それでも父親なの。
そんなわけで私フィオレはライネーリ伯爵邸に侍女として潜入することになったわけ。わがまま放題やりたい放題に育った私に侍女なんて務まるのかしら。しかもめったに一族以外の人間と会わない引きこもりなのにね。そんな私の顛末をお楽しみください。
「婚約破棄されたのよ!」
姉のルイーザが屋敷に帰って来るなり泣き崩れたので、もうびっくりした。
今日は婚約者のジェラルドとのデートだったじゃない。まさかデートの最中に別れ話をされたのかしら。
「ジェラルドは『僕はまだ結婚する決意ができてない。婚約を解消しよう』って言ったのよ」
ルイーザは侍女が差し出したハンカチで涙を拭った。
「私は20歳までに結婚したかったのにこれじゃ無理だわ!」
ルイーザの前に父のヴァレンテ・マゼッテイ男爵が立った。
「詳しく話してくれ。ことの次第ではただではすませない」
「あなた……」
母のジルダが声をかけた。
父は怒っていた。そりゃそうよね。姉は気が強くて美人、いつも華やかなオーラを振りまいてる人だ。父と言うよりマゼッテイ男爵家の自慢の種だ。正直、姉ほどの美人ならばライネーリ伯爵の長男ジェラルドじゃなくて、もっと格式高い貴族の子息と結婚できそうなのに。伯爵家なんて男爵家の私のとことさほど変わらない家柄じゃない。
居間では父と母と姉が侃侃諤諤話し合っていた。私はその場をそっと抜け出して二階の自分の部屋に戻った。
部屋のドアを閉めるとニンマリした。そして腹の底から笑った。
きゃははは─────!
声が階下にまで聞こえそうだったので慌てて口元を押さえた。
やばいやばい、ただでさえ私はこの屋敷で浮いてる存在なのにこんな姿を見られたらやばすぎるだろ。
私はフィオレ18歳。姉のルイーザの二つ下の妹。
私はベッドにダイブして枕に口を当てて思いっきり笑った。これならば誰にも聞かれない。
ぐふふふふ。
私は仰向けになった。ニヤニヤはおさまらない。姉の不幸は蜜の味。嬉しくて仕方ないのよ。
そう私たち姉妹は最悪に仲が悪いの。
その原因は5歳のときの出来事だ。
母は姉を貴族のティパーティーによく連れて行ったけど、私と4歳上の兄のフランコはいつも家で留守番だった。兄はティパーティーに興味も関心もなかったけど私は行きたかった。母に私も連れてってと頼んだら姉が反対した。
「あんたみたいなブスが来るとわが家の恥だから駄目!」
姉は私が小さい頃からブスブスと言った。そりゃ姉は美人だし、私なんて連れて来て妹だと知られるのが嫌なんだろうな。
母と姉が出かけたあと、私は父にティパーティーに行きたいと駄々をこねた。
「そうか行きたいか。うん、驚かしてやろう」
父は私に甘かった。
◇
「うわー、何て可愛いんだ!」
「まるでお人形さんじゃない。なんて綺麗な子なの」
私はキョトンとした。
父と一緒に部屋へ入るなり私は注目を一身に浴びた。ティパーティーの殿方婦人たちが私を囲んだ。
あれ?
姉にはブスブス言われたけど、ここの人たちみんな褒めてくれる。
もしかして私って可愛いの?
そんなことをぼんやり思ってたら姉のルイーザがものすごい剣幕でやって来た。
「ちょっと来て!」
私の手首を掴んだ。群がった人の輪を割って廊下に出た。
「誰もあんたなんか呼んでないのに何で来たのよ!」
「ごめんなさい」
「いい、フィオレはブスだからみんな気を使って褒めてたのよ、分かる?」
「?」
「だから綺麗になるように化粧してあげる」
姉は控え室で化粧道具を探って私の顔に化粧をほどこした。
「これで大丈夫。まだやることあるから先にみんなのところに行ってね」
「ぷっ、何だありゃ?」
「うわー、ひどい!」
「おいおい、仮装大会じゃないぞ」
私が部屋に入ると再びみんなの視線を釘付けにした。
しかし、さっきのような賞賛の眼差しではなく、真逆の嘲笑と憐れみに満ちた表情だった。
「フィオレったら自分で化粧できると言ったけど、まだ早かったみたい」
私の背後に立った姉が言った。
「おバカなのよ、フィオレは」
私は何かおかしいと思った。壁に大型鏡が立てかけてあったので見に行った。
げっ、眉毛が1本の線でつながっていた。ほっぺたは真っ赤にそして鼻下には眉墨で髭が描かれていた。
私は振り返って姉を睨みつけた。
姉はそっぽを向いた
「お嬢様、こちらへ」
声をかけたのはこの屋敷の侍女だった。女主人から目配せされてすぐに動いた。私は再び控え室に連れていかれた。
侍女は私の化粧を丁寧に拭ってくれた。そして素顔を見て感嘆の声をあげた。
「目がくりくりしてお人形さんみたいに可愛い子ね! お姉さんが嫉妬するのもわかるわ」
私はこの時姉ルイーザの悪意にはじめて気づいた。姉は私のことが嫌いなのだ。だからこんなイタズラをした。私はふつふつと怒りが込み上げてきた。絶対に許さない。
その日の夜、隣のベッドでいびきをかいてる姉の髪の毛をハサミでバッサリ切った。
朝、姉が起きると枕元の髪の毛の束に気づいた。両手で頭を触ると悲鳴をあげた。
うぎゃぁぁぁぁああああ!!
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