24話「Code-α」
享受せし者は、夢を語る。
「Codeーα」……
その文字のあとに表われる景色。
それは今までとは明らかに異なる文明の誕生、世界の創生の景色だ。
夢のようでもあり、まるで世界が望んだ姿のような気もする。
意識が遠のく…
「そういう…ことだったのか…」
ハイドがそう発言する。
目の前には血を流し倒れるラグナロク…いや、リベルがいた。
「俺の…記憶だ…俺の…………だから……俺はぁ…見なきゃ…ならな…い…」
だんだんと目から光が消えていくリベルが発言する。
リベルは涙を流しながら、自身が見たCode-αを思い返す。
世界が新たに生み出される瞬間を二人の男女が見つめている様子だ。
そんな二人の人物の背中を見つめる自分。
「世界を…いづれ壊す…お前には……」
「違うんだよ…リベル……違うんだ…」
ハイドはリベルの身体を抱きしめる。
リベルと同様に涙するハイド。
「未来じゃ…ない、過去なんだよ…もう過ぎた…結末…なんだよ…」
「お前が…死なないと……世界…は……」
リベルが息を引き取る。
ハイドは優しくリベルの瞼を閉じる。
リベルが最初に見た古代人としての記憶Code-α…
それは古代人の文明が創生される瞬間のものだった。
自身が見るCodeが未来からの記憶であると信じていたリベルはその光景を見てある感情に駆られた。
二人の人物から世界が創造される様子を見て、リベルはその光景に感動を覚えたのだ。
そしてその光景が未来にいる自身の目から見ていると信じたリベルは自分本位に生き続けた。
自身が死んでしまえばあの景色は見られない。
未来が変わってしまうのだと。
そして世界の創造を、その美しき光景を目にするには今ある世界を一度壊す必要があるのだと。
だからリベルは混沌を欲した。
だが、己が見続ける未来に起こりうる記憶はCode-αだけじゃなかった。
世界が創造された先に待つのはハイドが世界を壊す瞬間だ。
創造が故の破壊は認めても、ただの破壊を許せなかったリベルはその未来だけは阻止するために…
ハイドを必要以上に苦しめた。
「…けど…リベル、お前が見た記憶は過去のものだったんだ、未来じゃない。」
「果たして本当にそう言い切れるのか?」
ハイドに問いかける声。
それはリベルの肉体と魂から追い出されたラグナロク本体だった。
ラグナロクは己の触手で自身の疑似的な肉体を構築する。
「今まさに世界はあの光景そのものではないか。」
「……。」
「現実世界に一体どれほどの生存者がいるだろうな。」
「…。」
「死者と生者、すでにこの天秤が釣り合うことはない。それはリベルを倒そうともな。」
「あぁ、だがこの惨劇をこれ以上増やさないようにすることはできる。」
ハイドはそう言うとラグナロクの方へと歩き出す。
「私はお前たち生命とは違う。死などは存在しない。あるのは…」
「あるのは己の存在だけ。…だろ?」
ハイドが真理の神秘に力を込める。
「ラグナロク、存在しか持ち得ないお前が…己を存在たらしめるものはなんだか…自分で知っているか?」
「なんだと…?」
「それは…名だ。お前が誕生したその日から己に持つ”ラグナロク”という名が…お前の存在価値になっている。」
「…それがどうしたと言うんだ?」
「まだわからないのか…?」
ハイドが徐々にラグナロクと距離を詰めていく。
生命はたしかに肉体があり、魂がある。
そしてそれを失えば死んでしまう。
だがな、超常体。
俺たち人間はたとえ、その身が亡ぼうとも本当の意味で死ぬことはない。
そこには名があるからだ。
死した者の名が、その者の存在を語り、その者の人生を語る。
歴史は、
人の物語は、
そうやってできているんだ。
「本当の意味での死は…忘れ去られた存在。そしてそれはラグナロク、お前のような名しか持たない存在なら…なおさらだろ。」
「まさか…お前…!!」
「俺の真理の神秘に取得された最後の情報…それは…”記憶”だ…!!」
記憶、それはあらゆる生命が知識を蓄えるべく必要なもの。
ハイドはたとえリベルを倒したとしてもラグナロクは倒せないことを理解していた。
「だからずっと考えていた。どうすればお前を終わらせることができるか…!」
ラグナロクは肉体や魂すらも必要としない超常体。
だが、そんな超常体が唯一必要とするもの、それは”ラグナロク”という個を維持するために、存在するためになくてはならない”名”だった。
ハイドの発言を聞いたラグナロクは理解する。
「よせ…やめるんだ…!」
「じゃあな、超常体。お前はこの物語には…」
ラグナロクはハイドに向けて攻撃を仕掛ける。
だが、ラグナロクの触手の情報を取得しているハイドにとってもはやラグナロクの攻撃は無意味に等しかった。
「やめろぉー!!!」
「必要ない存在だ。」
ハイドがラグナロクに触れる。
すると真理の神秘が光り輝く。
ラグナロクの触手、量子、肉体、魂、そして記憶の情報を取得した真理の覇者を止める術はない。
~十四日目~
深層世界・無意識領域
「よくも…こんな…」
「お前は目覚めるべきじゃなかった。」
徐々に姿が消失していくラグナロク。
自身の名を記憶から抹消されたことでラグナロクは己の存在を保てなくなる。
世界を脅かした超常体はまるで一時の夢物語のようにあっけなく消え去る。
それを見届けるハイド。
「あとは…」
ハイドが自身の手の中にあるものを見つめる。
「ハイド。」
その声を聞いたハイドが振り向く。
そこにはアダムとイヴが立っていた。
「終わったんだね。」
イヴの発言を聞きハイドは優しい目で二人を見つめる。
ハイドはかつて古代人であった自分の記憶から自身とR-07と目の前にいるアダムとイヴを重ねる。
「そうか…叶ったんだね、イヴ。」
「うん。これもハイド、君たちのおかげだよ。」
「俺は…」
ハイドの肩に手をやるアダム。
「俺にイヴを会わせてくれてありがとう…」
「私にアダムを出合わせてくれてありがとう。」
その言葉にハイドはこれまでの行いが間違いではなかったと感じ、自然と涙が零れた。
「だけど…まだ終わりじゃないんだ。」
涙を拭くハイド。
「え…?」
「もう敵はいないはずだろ?」
「この物語は俺とリベルから始まった。終わらせるのも俺の責任だ。」
「もしかして…」
「あぁ。」
ハイドは心に誓ったように少し間を開けてから続けた。
”俺たちの秘宝を葬る”
その言葉を聞いてアダムとイヴは察した表情を浮かべる。
ハイドの手には超越せし指輪、内在せし指輪の両方が握られていた。
ハイドはアドルフとの別れの際、そしてへーロスの元へ向かう道中でレオンハルトにそれぞれ秘宝を託されていた。
それが意味することをハイドは深層世界で決着つける前から心に決めていた。
超越せし指輪、内在せし指輪、この二つの指輪、そしてそれを生み出した二人の兄弟から始まった。
この指輪は可能性と同時に危険性を秘め、この世界に大きな影響を及ぼした。
「俺は過去跳躍を使って過去に戻れる。それを…利用するつもりだ。」
「でも…それだとハイド。君は…」
「わかってる。」
戻ってこれないことくらい。
「過去は改変しないさ。けど、この秘宝はここにあるべきじゃない。」
秘宝を破壊する術はない。
それは古代人であった自分自身が一番理解している。
だが、この秘宝が存在する限り世界はまた同じことを繰り返すに違いない。
そうハイドは確信していた。
「俺が持ち帰るよ、そうすれば少なくとも未来に秘宝は現れないから。」
「…ダメだよ、君を待つ人が現実世界にはいるんだよ?」
イヴはハイドに現実世界で帰りを待つヴァイオレットのことを案じながら言う。
それを聞いてハイドは俯く。
「…ってる…」
「え?」
「わかってる。…けど…みんなが…ヴァイオレットが平和に暮らせるために俺一人の犠牲なら安いもんだろ。」
「秘宝を深層世界に置いていくことだって…!」
「ダメだ、それじゃいずれ世界がかつての古代人レベルの技術を確立してしまった時にまたグリーンのようなやつに…」
「ハイド…」
「どう言っても変えるつもりはないんだね。」
イヴの発言に静かに頷くハイド。
アダムとイヴは互いにハイドの覚悟を理解する。
「君の覚悟はわかった。」
「ありがとう。イヴ、アダム。」
「けど、その事情は私たちだけに伝えるのは間違ってると思うよ。」
「え…」
「まだ穴は閉じていない。」
アダムはそう言うと現実世界へと続く穴を指差す。
現実世界と深層世界、両方の境界が崩れた状態をこれ以上維持し続けるのは世界の崩壊を招く。
アダムとイヴは穴を閉じる前にハイドにある人物に最後の時間を過ごすために協力する。
17:00 現実世界
アウトエリア:地区Ⅲ
上空に空いた深層世界へと繋がる穴。
それを見上げ祈るようにある人物の帰りを待つヴァイオレット。
「ハイド…」
すると穴から一人の人物が出てくるのを目撃するヴァイオレット。
「あれは…」
「よかった!ハイドだ~!!」
リアムがハイドの存在に気が付き声をあげる。
ハイドは現実世界に降り立つとヴァイオレットの方へ向かう。
歓喜極まるヴァイオレットだったが、ハイドを見たソフィアやダニーがハイドの異変に気が付く。
「これは…(もしかして…)」
「(どういうことだ…)」
ハイドの異変に気が付いたソフィアは自身のパソコンを操作し始める。
ハイドの異変に気が付いていないヴァイオレットとリアム。
二人はハイドのもとへ向かう。
「終わったんだね!ハイド!」
「あぁ。」
「酷いケガだよ、はやくあっちで…」
「ごめん…ヴァイオレット、リアム。」
「え…?」
俯くハイド。
それを見たリアムはようやくハイドの様子に気が付く。
だが、ヴァイオレットはいまだハイドの異変に気が付いていない。
「な、なにを言ってんの…そんな状態で…」
「俺は…もうそっちにはいけない…」
「ハイド…?」
「戦いは終わった。けど俺にはまだ残った役目があるんだ。…だから……そっちには…行けない…」
それを聞いてハイドの状況をなんとなく察したヴァイオレット。
だが頭で理解できていても信じることなどできない。
目の前に自分が愛する人物が立っているのだから。
「い、いいから…!はや…く…」
ヴァイオレットがハイドの腕を無理やり掴もうとする。
だが、ヴァイオレットの手はハイドの腕をすり抜けてしまう。
「ヴァイオレットちゃん…」
ヴァイオレットとハイドの様子を見つめるリアムは涙を流す。
そして少し離れた場所で自身のパソコンを用いてハイドを解析していたソフィアも今のハイドの状況を完全に理解する。
「ハイド…そっか、君はもう…」
ソフィアは深層世界へと続く穴の方を見上げる。
深層世界ではアダムとイヴが目を閉じるハイドの身体を支えている。
「ハイド、そろそろ時間だ」
「これ以上は世界の境界が壊れちゃうよ」
「わかってる…」
ハイドは真理の神秘に取得された自身の魂の情報を利用して現実世界に自身の魂のみを実体化させて現実世界に降り立っていた。
そう、つまりヴァイオレットやリアムたちが現実世界で見ているハイドは魂のみの姿を見ているのだ。
肉体を深層世界にとどめていることで現実世界の者は今の魂の状態であるハイドを触れることはできない。
「時間だ、ヴァイオレット。」
「嫌だ…嫌だよ…そんなの…」
「聞いてくれ、俺は…」
「嫌だ!言ってくれたじゃん…!一緒にうちの夢を叶えてくれるって…!」
ハイドはかつてヴァイオレットから聞いた発言を思い出す。
この世界にもね、北側には広大な自然が広がる景色がまだあるんだって…!そこで…ハイドと…その景色を眺めたいんだ…
いい夢じゃん!叶えよう!その夢はヴァイオレットだけじゃなくて俺の夢にもなるし!
涙を流すヴァイオレットを見てハイドは必死に自身のあふれる感情を抑える。
彼女の前で悲しい表情を見せられない。
だからこそ別れの際は笑顔で。
「一緒にいられなくてごめんな、ヴァイオレット。」
ハイドの魂が徐々に薄くなる。
現実世界に実体化していられるのも限界にきていたのだ。
「待って!行かないで!!」
徐々に消えゆくハイドを見ながらヴァイオレットが叫ぶ。
「リアム、ヴァイオレットを、みんなをよろしくな。」
「ハイド…」
涙を流すリアムに対しても笑顔をみせるハイド。
「ヴァイオレットが…みんなが平和に暮らせていけるよう祈ってるよ。」
ハイドの魂が現実世界から消えゆく。
~十四日目~
深層世界・無意識領域
目を覚ますハイド。
「終わったよ。」
「いいの?こんな形で。」
「…あぁ。」
イヴの問いに少し間を開けてから答えるハイド。
ハイドの脳裏には自身が、ヴァイオレットが望む理想が浮かんでいた。
それはヴァイオレットとイーストエリアに広がる景色を見る自分、
レヴァリィ世界で仲睦まじくカニスと暮らす自分…
全て、今の自分には叶わない夢。
だが、それを捨てたことで救われる世界があるというのなら喜んでハイドは自分の理想を捨て去る覚悟があった。
アダムとイヴは現実世界へと続く穴、そしてレヴァリィ世界へと続く穴それぞれを閉じていく。
「二人はこの後どうするんだ?」
ハイドがアダムとイヴに問う。
「俺たちは…残りの僅かな時間を好きに過ごすよ。」
「ここにいた時、不思議なことが起きてね。」
イヴが発言した不思議なこと、それは深層世界のここ無意識領域で次々と現れた現実世界やレヴァリィ世界とは別の世界のことだった。
現実世界でラグナロクやグリーンと対峙したヘーロスの空間崩壊からさらにグリーンが引き起こした次元の崩壊。
それによりこの世界とは異なる世界が存在していることが判明した。
「私たちはそこで最期の時を過ごそうかなってね。」
アダムを見つめるイヴ。
アダムはグリーンの能力で生まれた存在。
いずれ朽ち果てる運命にある。
たとえ無意識領域で時間の概念が曖昧になっていたとしてもその運命は避けられない。
さらにはアダムもイヴもハイドの肉体を修復すべく自身を構成している量子を損傷している。
アダムに限らずイヴも残された時間は少なかったのだ。
無意識領域を歩き続けるハイドたち。
そしてアダムとイヴが立ち止まる。
そこには次元を超えたはるか先、別世界へと続く穴が小さく空いていた。
「ここだ。」
「短い間だったけどありがとうハイド。」
「あぁ、コッチも二人がいなかったら俺はみんなを救うことすらできなかった。ありがとう。」
アダムとイヴはハイドにそれぞれ感謝をする。
ハイドは二人の背中を見つめながら別世界へと向かう様子を見守る。
「これは…」
ハイドは驚愕した。
それと同時に自然と涙が零れる。
「…これが……」
ハイドが見た景色。
それは偶然か、それとも必然か。
自身の目に映る景色にはアダムとイヴ、二人の男女の背中、そしてその向こう側に広がる壮大な景色。
ハイドは理解した。
これこそが…
「これが…リベルの望んでいた景色だったんだね。」
それはリベルの記憶から覗いたCode-αで見た景色と瓜二つだった。
ハイドはアダムとイヴ、二人が創生していくであろう新たな世界に希望を抱きながら次元の穴が閉じるのを見届ける。
無意識領域に一人残されたハイド。
ハイドは[[rb:真理の神秘 > ダブマ]]に取得された量子の情報を用いて小さな刃物を生み出す。
深呼吸をしながら目を閉じるハイド。
静かにハイドは刃物を自分の首に当てる。
「ここは…」
目を開けるハイド。
ハイドは自分の姿が幼体であること、そして目の前に広がる景色を見て自分の目的通り過去へと戻ることに成功したのだと理解する。
「ここから始まったんだね…」
ハイドは目の前に広がる景色を見て、先ほど深層世界で見たアダムとイヴの背中と今目の前にいる男女の姿を重ねる。
そしてその二人の男女の背中を憧れの眼差しで見つめる一人の少年。
それを見たハイドはすぐにその人物が誰なのか理解した。
「兄さん…」
ハイドはようやく兄の気持ちを理解した。
こんな光景、あるのならば再び見てみたい、
その気持ちが。
この景色から古代人の時代は始まった。
この景色を夢見て兄弟の歩みが始まった。
この記憶から物語が始まった。
人々を突き動かすのはいつだって人が作り出すものではない。
この世界が生んだ奇跡から始まるものだと。
24話「Code-α」




