11話「貴女より」
地獄を抱え、
焼かれる炎に身を預ける。
その先に待つ君に会うために。
「起きて!ヴィルヘルム!」
「ん…?」
「今日は二人で出かける約束でしょ?また約束破るつもり??」
目を開けるとそこにはティアナがいた。
そうか、今日は二人でデート…だったっけ。
「すまない、すぐに支度する。」
クヴィディタス大国の都市部にやってきた俺たちは街で時間を余すことなく楽しんだ。
二人で決めた衣服、
二人で行った店、
二人で見た演劇、
どれもが俺の持つ最高の[[rb:記憶 > おくりもの]]だ。
「も~う、タバコはダメ!」
「お、おい…」
いつもの癖が出た。
母さんが亡くなってから俺は毎日タバコを吸うようになった。
特級テロス鎮静化の任務。
そこで俺は鵺型の特級テロスを使役することに成功した。
鵺型は生態系の異なったテロス同士で交配を重ねて生まれた天然の特級テロス。
故に人語も介さず、自我もほとんどない危険極まりないテロス。
純粋な戦闘能力であれば最強のテロスである竜型に次ぐとされていた。
それを使役下に置いた俺は将軍に昇格され、今では俺と交えた者は皆生存していなことから”冥帝”なんて大層な異名までつけられている。
だが、あの任務の夜、母さんは息を引き取った。
その場に俺はいなかったが、母さんは懸命に動かないはずの手を動かし、数年かけて俺宛てのメッセージを綴っていたらしい。
”いつもありがとう”
”幸せに生きてね”
たったこれだけの文でも母さんの想いは十分理解できた。
母さんはいつも俺を気にかけていた。
それこそ、俺のことを忘れてしまっていてもそれは変わらなかった。
たしかタバコを吸っていたことも注意されたっけか…
今のティアナのように。
「タバコは身体によくないよ!」
「そんなことは…」
「長生きして、私を守ってくれるんでしょ?」
「…あぁ。」
今では俺の守る者は一人になってしまった。
だが、この笑顔は失わせやしない。
絶対に。
「なぁなぁ、」
「なんだ。」
「この大国の王ってよ、かなりやばくね?」
そう俺に訪ねてきたのはヴァレンティーンだ。
あいつは俺とほぼ同時期に将軍になった男。
大国の忠誠心は微塵たりともなく、ただ強い者と闘いたいだけの自己中心的な男だ。
そんなあいつは俺の部屋に入ってくるや否や他愛のない会話や王の愚痴をよく口にしていた。
「…俺はそうは思わん、今の俺がいるのは王のおかげでもある。」
「王のおかげねー、俺も王に迎え入れられた側だけどよ、それがホントに忠誠心に繋がんのか?」
「…。」
王の忠誠、
たしかに母さんを待遇しただけで俺は王に忠誠を誓ってはいなかった。
王は父さんをテロスにした。
その事実は変えられない。
だが…
「王って偉大だよね~」
「そうか?」
「もしかしてヴィルヘルムは将軍になっておきながら王に忠誠心持ってないの?」
「それは…」
「たしかに冷酷なこともしてるよ、欲深くて、罪人はテロスにしちゃうし…
けど、そんな王がああやって私たちの王として役目を担っているから私たちはこうやって暮らせていけるんだよ?」
「たしかに…そうだな。」
「きっと、みんながみんな善人じゃこの世界はダメなんだと思う。
冷酷なことを下せる人がいないと世界って動かないんじゃないかな~」
「ティアナ…」
「私はそんな地獄を背負う人の肩が少しでも軽くなれるような世界がいいなとは思ってるけどね!」
ティアナは王に忠誠を誓っていた。
クヴィディタス大国の民として。
それはごく当たり前のことなのかもしれない。
だが、俺には長らく忘れていたものだ。
「…いいからお前はさっさと仕事に戻れ。」
「ったく、生真面目なやつだなーほんと。」
なら俺も忠誠を誓おう。
王に、そしてティアナ、君に。
「ケホッ…ケホッ…」
「ティアナ、大丈夫か?」
「うん、風邪ひいたかも。でもすぐ治るよ。」
「そうか。」
「もう!風邪ぐらいで心配しないの!それでもクヴィディタス大国の誇る将軍?」
「わかっている。」
この日もいつもと変わらず俺は軍の仕事をしに行く。
何の変哲もない日常。
帰りの道中で花屋を見つける。
「そろそろ、伝えなきゃだな。」
俺は軍服の内に仕舞われた一つの手紙に手を当てながら呟いた。
その手紙はかつて特級テロス鎮静化の任務の際に、俺が渡しそびれたティアナに向けて書いた手紙だった。
俺とティアナが出会ってもう2年になる。
そろそろ自分の気持ちをティアナに言ってもいい頃だろうと思っていた。
「すみません、この花一ついただけますか。」
花を受け取ると俺はもう一店ある店に向かった。
「この間、お願いした者です。」
「はい、お待ちしておりました。」
店員からある品を二つ受け取り、俺は帰宅する。
「帰ったぞ、ティアナ。」
普段ならすぐに顔を出すはずが今日はやけに静かだった。
俺は部屋の扉を開ける。
そこには椅子に座り、目を閉じるティアナの姿があった。
「なんだ、寝てたのか。」
俺は荷物を片付け、ティアナをもう一度見る。
どうやら何かを書いている途中で眠ってしまったみたいだった。
テーブルに向かってまだペンを持ったままだ。
「全く…風邪を引いているというのに。」
俺はティアナに毛布を掛け、書き途中のものに視線を向ける。
「…ティアナ?…おい、起きろ、ティアナ!!」
その内容を読んですぐに理解した。
だからティアナに声をかけた。
すでに彼女の手は冷たく、返事をしなかった。
「おい、ダメだダメだダメだ…!!
頼む!目を開けてくれ!ティアナ!
お前がいなかったら…俺は…どうすれば…いいんだ…」
嘘でもいい。
夢なら覚めてくれ。
どんなにそう願ったか。
だが、ティアナは目を開けなかった。
医師が言うにはティアナは不治の病を患っていたみたいだった。
それがいつからなのか、
そしていつから彼女は苦しみ続けていたのか、
それは医師にもわからないそうだ。
でも…
「あの笑顔は作り物なんかじゃなかった。」
安らかに安心したような笑みを浮かべ目を閉じているティアナ。
そんな彼女の遺体の指に俺は指輪をつける。
手にはヴィルヘルムが綴った手紙を握らせ、ティアナの頬をそっと撫でる。
「覚えてるか、今日は俺と君にとって大事な日なんだ。」
しばらくティアナを見つめているとこれまでの彼女の笑顔が脳裏に蘇る。
それを思い出すたびに涙が零れる。
「どうして…もっと早くっ…!…言ってくれなかったんだ…!!」
守ると言ったのに、
愛すと決めたのに、
君は俺のもとを去って行ってしまった。
君の手の感触も、
君の髪の香りも、
君の笑顔も、
全て俺にとっては儚くも生涯においてこれほど美しいものはないよ。
だから…
「起きて…ヴィルヘルム…」
~十四日目~
10:00 レヴァリィ世界
アロガンティア大国・平原地帯
「うっ…」
ヴィルヘルムが目を開ける。
あたりには大きなクレーター跡が複数あり、戦いの痕跡を残す。
ヴィルヘルムも血を流し、隆起した岩にもたれ掛かったまま倒れていた。
「(…意識を…失っていたのか…)」
朧げな意識の中、ヴィルヘルムは自分の剣を手に取り前を向く。
「ティアナ…君は俺にとって全てだったんだ…
…また、その笑顔を俺に…」
そう言うヴィルヘルムの目の前にはティアナの幻影が見えていた。
ティアナはヴィルヘルムに満面の笑みを返す。
「なるほど…大切な人がいたんですね…」
「…。」
するとティアナの幻影が消え、そこにはアドルフが立っていた。
アドルフはすでに身体中血と傷だらけで、髪も崩れ普段身に着けているメガネもかけていなかった。
「あの特級テロスを相手に…凌いだと言うのか…?」
「凌いだ…というには少々雑な対応ですが…」
そう言うアドルフの背後には周囲のテロスとまとめて鋼線によって縛られ身動きが取れなくなっている特級テロスがいた。
だが、それを見たヴィルヘルムは今のアドルフが鋼線を全てテロスの動きを封じることに使い果たしているのだと理解した。
「フッ…互いに満身創痍…か?」
「あなたは手持ちのテロスを使い果たし、私もまた鋼線術は使用できない…だが…」
ヴィルヘルムとアドルフは互いを見つめ、今もなお緊迫した空気が二人に漂っていた。
「使命を果たすまで私たちは止まれない。」
アドルフの言葉を聞き、ヴィルヘルムの剣を握る力が強まる。
そして同時に二人の短刀と剣がぶつかり合う。
膝を着いた姿勢からヴィルヘルムは態勢を変え、アドルフの重心をずらす。
その隙にヴィルヘルムは負傷したアドルフの腹部に強烈な打撃を与えようと試みる。
だが、その攻撃は突如、空を切る。
「!?(位置の入れ替えか!)」
ヴィルヘルムが特級テロスを放つ前の戦闘であらかじめヴィルヘルムに触れていたアドルフは自身の能力を使用し、互いの位置を入れ替えた。
ヴィルヘルムの背後をとったアドルフは短刀でヴィルヘルムの背中を斬りつける。
「クッ!!」
痛みに耐えながらヴィルヘルムはアドルフを蹴り、距離を離す。
「(だが!入れ替え後は再び触れなければ発動できない!)」
「!?」
アドルフは拘束していたテロスの方に目を向ける。
ヴィルヘルムの指示でテロスが無理にでも拘束を解こうともがいていたのだ。
その僅かな隙にヴィルヘルムはアドルフの懐に入り込み剣で斬りつける。
胸に大きな傷を負うアドルフにヴィルヘルムはさらなる追撃を繰り出し、吹き飛ばされるアドルフ。
「!!」
だが、咄嗟に背後の気配に気が付き反射的にヴィルヘルムが姿勢を低くする。
すると頭上に鋼線を括りつけたナイフが通過した。
「まだ、鋼線を残していたか…!」
「これで奇襲をかけようとしたんですがね…」
息を切らしながら発言するアドルフ。
鋼線を括りつけたナイフはアドルフの周囲を漂うように動く。
アドルフが自身の鋼線術で操作しているのだ。
すでに鋼線も自身から僅か数mほどしか展開できないが、アドルフは手数を増やす手段として用いる。
「奇襲とは…なかなか卑劣な真似を…」
「生憎、私は暗殺を生業としていたので。」
「暗殺に生きた者が今や他者を守るために動く…か。
お前をそう変えたのは…何だ…」
その問いを聞いたアドルフの表情が僅かだが緩む。
それをヴィルヘルムは見逃さなかった。
「…約束なんです…
もう私の命は私一人のものではない…
私の背中には多くの仲間の想いによって支えられている。」
「…互いに荷が…重たいな。」
「フッ…ですね。」
二人は短い対話を交えた後、再びぶつかり合う。
すでに互いに息は切れ、万全の状態ではない。
だが、二人は互いに果たすべき使命、
そして守らなければならない約束を胸に戦い続ける。
自身の周囲にナイフを括りつけた鋼線を操作することで予測困難な攻撃を行うアドルフ。
それに対しヴィルヘルムはアクロバティックに回避しながら攻防を繰り返す。
僅かに圧され始めるヴィルヘルムだったが、ついに鋼線を引き千切りこちらに向かってくる特級テロス。
特級テロスはヴィルヘルムの指示に従うべく、自身の羽や足を犠牲にしてでも鋼線による拘束から抜け出しアドルフに襲い掛かる。
特級テロスがアドルフに攻撃を仕掛けるがなんとか鋼線と自身の能力で回避するアドルフ。
しかし、その隙にヴィルヘルムが剣による攻撃を仕掛ける。
剣のぶつかり合う音がさらに加速されていく。
アドルフの鋼線と短刀による攻撃で身体の至る箇所に切り傷を負い、少しずつ体力に差が出るヴィルヘルム。
だが、ヴィルヘルムはその差を埋めるべく特級テロスとの連携でアドルフを追い詰めていく。
「(今の体力でこのテロスを倒すのはおそらく無理だな…)」
「(あちらも徐々にだが俺とテロスの攻撃を捌ききれなくなっている…)」
そう確信したヴィルヘルムは次の一手に出た。
特級テロスが口から大量の水を吐き出す。
それは津波の如くアドルフに襲い掛かる。
平原地帯であった戦地が一瞬にして水辺と化す。
「ッ!!(こんな広範囲の質量攻撃、相手もただでは済まないはず…!)」
アドルフの目測通り、特級テロスから放たれた津波はヴィルヘルムにもダメージを与えていた。
しかしヴィルヘルムは特級テロスの尾に剣を突き刺すことで、テロスの背中に飛び乗り難を逃れる。
あまりの広範囲攻撃でアドルフは能力を使用することができず津波に飲み込まれる。
「形勢逆転だな。」
「クッ…ソ……」
津波に飲み込まれ意識が混濁する中でアドルフは現実世界でクリスが最期に自身に託したデータチップに内蔵されていた”あるもの”を思い出す。
「これが本当なのだとしたら…」
アドルフはレヴァリィ世界に入る前、アウトエリアでクリスが最期に託したデータチップの記録を見ていた。
そこにはT.Z.E.Lの者たちが所持していた古代人についての情報やアウトエリアに存在するREVERIEに繋がれた者たちの座標が内蔵されていた。
アドルフはそれらの情報からこれまでにハイドだけに起こる現象を結論付けた。
なぜ現実世界で目覚めると任意の場所に姿を現わせるのか、
なぜ”Code”と呼ばれる夢を見るのか、
なぜ過去跳躍といった他のパラフィシカーとは常軌を逸した特異な能力を持つのか。
「ハイド君は古代人の生まれ変わりなのか…?」
アドルフがデータチップを記録を閉じようとする。
「ん?」
すると突如データチップがアドルフの瞳をスキャンし出す。
スキャンが完了するとデータチップに映された記録がとある映像に移り変わる。
そこにはとある黒髪の女性が椅子に座りながらカメラの位置調整している様子が映されていた。
アドルフはその映像を見つめる。
えーっと…これで映ってるかな……よし、これでいっか。
あーえーっと…これを見ている頃には多分私はもうこの世にいない…
私の名前はアルヴァ・ヴァルデンストレーム。
アドルフ、あなたの…お母さんだよ。
「!?」
アドルフはそれを聞いて驚愕する。
この映像はもしあなたの手にこのチップが届いた時に再生されるように設定した。
クリスの奴とかに見られても恥ずかしいし。
私はじきにウィザースプーン一族によって追われる身になる。
だから、その前にアドルフ、あなたに伝えたいことがある。
「母さん…」
あなたを授かった日、私は正直言って困惑した。
旦那もいないし、自分の夢半ばで子供を授かるなんて思いもしなかったからね。
けど…決して望まない子なんかじゃなかった。
するとアルヴァは静かに涙を流し始めた。
無表情な彼女も心の内では激しい感情に駆られているのだとアドルフは理解した。
今の私が一番悔しいのは…
アドルフの成長を見れないこと、
アドルフの大人になった姿を見れないこと、
アドルフと…一緒にッ…暮らせないことっ…!
そう言うアルヴァは悔しさ故か悲しさ故か言葉を詰まらせながら続ける。
ごめんね…!!
怒ってるよね、寂しいよね、一人にさせて…!!
でも、これだけは理解して…!
母さんは…あなたのことをいつまでも愛してるよ。
もしかしたら今も一人で孤独かもしれない、
けど、いつかきっとあなたを救ってくれる人は必ずいる!!
だから決して一人で追い込まないで、
あなたは一人じゃない、
この気持ちがどうかアドルフに届きますように。
映像が終了する。
映像を終えたデータチップを握りしめながらアドルフは涙する。
「!!」
津波に飲み込まれるアドルフが目を見開く。
その頃、特級テロスの背中の上で負傷した胸の傷を押さえながら水辺を見つめるヴィルヘルム。
そんな時、突如ヴィルヘルムの周囲に鋼線が出現し襲い掛かる。
「!?」
ヴィルヘルムは特級テロスを操作することで襲い掛かる鋼線を回避する。
するとヴィルヘルムの背後にはアドルフが攻撃を繰り出そうとしていた。
間一髪で防御するヴィルヘルム。
そしてヴィルヘルムは先ほどまで周囲に拘束されていたテロスたちの拘束を解かれていたことに気が付く。
「(テロスの拘束に利用していた鋼線を手元に戻したのか!?)」
だが…!!
「それは愚策だぞ!流浪人!!」
拘束を解かれたテロス達が一斉にアドルフに向かう。
しかし…
「なに…?」
突如水辺から出現した鋼線によってテロス達が貫かれていく。
テロス達に突き刺さった鋼線の上に立つアドルフ。
それは満身創痍ながらも空に浮かぶ暗殺者のよう。
「津波に飲み込まれた際に鋼線を仕込んでいたのか…!」
「…。」
黙ってヴィルヘルムを見下ろすアドルフ。
その目は前髪によってヴィルヘルムの目には見えなかった。
だが、
「…?(なぜ…)」
その隠れた目元から流れ落ちる涙を見るヴィルヘルム。
なぜ、[[rb:流浪人 > おまえ]]は泣いているのだ?
「一人なんかじゃないさ。」
「!?」
アドルフはヴィルヘルムに向かう。
テロスたちを支柱に鋼線を張り巡らせたことで空中に足場を作り、高速で移動しつつヴィルヘルムを襲う。
一人じゃない、
今の私には母さん、クリス、仲間たちがいる…!!
孤独なんかじゃなかったさ…!
だから安心してくれ、
母さんの想いは届いたよ…!!
アドルフは特級テロスとヴィルヘルムの位置を入れ替える。
「!!」
位置の入れ替えによってほんの僅かに動きが止まるヴィルヘルムにアドルフの蹴りが直撃する。
ヴィルヘルムは蹴りを受けようとも攻撃を受け切り、特級テロスをアドルフに向ける。
しかし、ヴィルヘルムが特級テロスの方を向いた時、
そこには特級テロスではなくアドルフがこちらに迫っていた…!!
「なッ…!?(テロスには触れていないはず…!)」
アドルフは先ほどヴィルヘルムと特級テロスの位置を入れ替えた。
再び能力を使用するには対象に触れないとならない。
ヴィルヘルムはアドルフの能力の欠点を理解し、戦闘では常にアドルフに触れられないよう細心の注意を払ってきた。
それは自身が使役するテロスにも同様に行っていた。
だが…たった今アドルフはテロスとの位置を入れ替えた。
それが意味すること…
「空間の位置替え…!!」
そう、アドルフの能力対象は生物や無生物だけでなく…
空間ですら対象となる…!!
僅かでもアドルフがその場の空間に触れていれば空間同士を入れ替えることができる。
その空間に存在している生物も含めて入れ替えは生じる。
しかし、空間という不安定な存在を入れ替え対象とするのは容易なことではない。
触れた空間内の存在がその場に滞留していない限り、入れ替えが起こらないためだ。
戦闘では常に双方が動き続ける。
戦闘において空間の位置替えは非常にタイミングが困難であるためアドルフは多用しない。
「(だから、通常の入れ替え後の僅かな怯み、そこを狙った…!!)」
アドルフはヴィルヘルムに向かう中で周囲の鋼線を操作し特級テロスたちを串刺しにして動きを封じる。
そしてアドルフは自身の拳に鋼線を巻き付ける。
「来い、流浪人!!」
お前は先ほどの蹴りで俺に密かに触れていた。
つまりお前は俺との入れ替えを残している。
空間の位置替え、それを理解した今、お前は同じ手を俺に見せるのは得策ではないだろう…!
入れ替えても対応して見せる…!!
互いに満身創痍…!!
次の一撃が決着のときだ…!!
迫りくるアドルフに対しヴィルヘルムが構える。
「…??」
ヴィルヘルムが瞬きをしたその時、
目の前にいたのは”自分”だった。
幻覚…?
いや、違う。
状況に理解が追い付かないヴィルヘルム。
だが、自身の手を見ると、そこには先ほど自身が構えていた剣ではなく…
”鋼線を巻き付けた拳”が映っていた。
それを見たヴィルヘルムは理解した。
そうか…
この男の能力は”位置の入れ替え”ではなかったのか…
次に瞼を開けると目の前にはアドルフが自身を短刀で胸から腹にかけて斬りつけていた。
「ヴィルヘルム将軍、どうした。」
「何でもない、将軍。先に行っててくれ。」
それはティアナと出会ったあの街を襲った1級テロスを鎮静化した時のことだった。
市民の救助のために後から駆け付けたヴォルフガング将軍をその場から退けた後、俺は1級テロスを街の外に解き放った。
「お前は森へ行くんだ。
俺らクヴィディタス帝国軍の目が届かない場所へ。」
使役下においたことでテロスは俺の言葉の意味を理解し森へ向かった。
俺が”生物使役”の能力に目覚めてからジャック王は罪人を処刑ではなくテロスにすることが頻繁になった。
俺の手持ちにあるテロスは全て罪人がテロス化したものだ。
王の独善による罪のない者、あるいはテロス同士が交配したことで生まれたテロスは全て今のように被害を鎮静化した後、森や人気のない場所に向かわせ自身の使役下から外した。
俺の望み、
それはこれ以上皆に地獄を見てほしくないこと。
それだけだ。
多くの地獄を見てきた。
それを…
俺のように何も知らなかった者、
平凡に人生を歩む者、
そして次の世代を生きる者に同様の経験をさせるのは間違っている。
地獄に生き、地獄を見るのは俺だけでいい。
だが…
”父さんたちのことだけじゃなく自分の人生を歩むんだ”
”幸せに生きてね”
”冷酷なことを下せる人がいないと世界って動かないんじゃないかな~”
俺の脳裏に残り続ける愛する者たちへの言葉。
その想いを受け継ぐと同時に俺は俺の中の矛盾に葛藤し続ける。
一体、何人もの罪なき者をこの手で殺めただろうか?
敵国の兵や市民、
そして聖騎士団のロクア、サムエル…
彼らは己の命を賭しても使命を果たした。
だが、彼らの命を奪ったのは紛れもなくこの俺の手だ。
教えてくれ、ティアナ。
俺の行動は正しかったのか?
アドルフによって胸から腹を大きく切り裂かれるヴィルヘルム。
そしてアドルフは鋼線を纏った強烈な拳をヴィルヘルムにぶつける。
「ウグッ…ハァッ…!!」
鋼線によってヴィルヘルムの腹部が切り刻まれる。
ヴィルヘルムはそのまま吹き飛ばされ鋼線によって串刺しにされた特級テロスにもたれ掛かる様に倒れる。
大きく空いた腹部から流れる血が周囲の水辺を赤色に染める。
そこにアドルフがヴィルヘルムに歩いて向かう。
ヴィルヘルムがゆっくりとアドルフの方を見る。
「ま…さか…互いの”意識”を入れ替える…なんてな…」
「…”事象置換”…それが私の能力ですから。」
アドルフの能力は生物や無生物、空間だけでなく意識といった事象にも適応できた。
意識の入れ替えはほんの僅かな時間でしか持続できないが、アドルフはヴィルヘルムを倒すための切り札として温存していたのだ。
そして冥帝に打ち勝つことに成功したアドルフだったが、
彼の表情はどこか悲しげであった。
「ヴィルヘルム、あなたの意識を入れ替えた時、あなたの抱える葛藤が、記憶が、僅かですが投影されたんです。」
「…フッ…俺もだ…」
「あなたの過去にとやかく言うつもりはない、だが…どうして…」
アドルフは言葉を詰まらせながらも続けた。
「どうして最後のテロスを私に向けなかった…?」
そう、ヴィルヘルムはまだテロスを1体だけ使役下に残していたのだ。
「それを出せば、今ここに立っているのは私ではなく、あなただったでしょう。」
それを聞いたヴィルヘルムが俯きながら小さな声で呟く。
「重たかったんだ…背負ったものが……もう…腰を下ろして……楽になりたかった…」
そう言うとヴィルヘルムは最後のテロスを放った。
「これは…」
「俺の…家族だ…」
ヴィルヘルムが最後まで戦闘で使用しなかったテロスは、かつてジャック王にテロスにされた自身の父親だった。
テロスと化した父親は弱々しくもヴィルヘルムを優しく包む。
まるで自身の子をアドルフから守るかのように。
「俺が死ねば…俺の…使役下においた…テロスは全て…消失する…」
「!!…ヴィルヘルム、まさか…」
「…地獄を俺一人で引き受けるつもりだった…
だが…皮肉だな……地獄を広げぬよう…テロスを取り込み続けた結果、自分が…冥帝と呼ばれるとは…」
ヴィルヘルムは罪人であるテロスを取り込み、これ以上大国の者たちに地獄を味わわせないために地獄を己の身に受け止めていた。
アドルフがこの戦いでヴィルヘルムを倒さなくともヴィルヘルムはいずれテロスを巻き込み己の命を投げ打つ覚悟だったのだ。
「ヴィルヘルム、あなたは敵として戦うには優しすぎた…あまりにも。」
「優しいか…敵に……それを言うか…?」
少し呆れるように言い放つヴィルヘルム。
「誇りに思うよ、敵として。
あなたの家族や大切な人もそう思っているはずです。」
「バカ言うな…俺の手は地獄の大火で焼かれた…
死んでも…ティアナのもとには行かれないだろう…」
「これまで地獄を一人で引き受けたんだ、きっと最期くらいはあなたを待つ人たちに会えるさ。」
「……。」
ヴィルヘルムがもたれ掛かる特級テロスや周囲のテロス達が徐々に消失していく。
周囲のテロスが消失するのを見て、アドルフはヴィルヘルムに自身がかつて使用していたタバコを渡す。
「お互い違う形で出会っていたら…どんなに良かったか…
これほどまでに戦いづらい相手はいないよ、ヴィルヘルム。」
アドルフからタバコを受け取り火をつけてもらい、震える手でタバコを持つヴィルヘルム。
「いい味だ…懐かしさを覚える…」
タバコを咥えながら消えゆく意識の中で背を向けるアドルフに礼を言うヴィルヘルム。
「それは思い出の味です。」
アドルフ自身もタバコを咥えながら自身の故郷やこれまでの[[rb:生い立ち > ものがたり]]を思い浮かべながらその場を去る。
ヴィルヘルムはタバコの味を噛み締めながら目を閉じる。
「あの…すみません…!」
「?」
「さっきはこの街を救ってくれてありがとうございます!!」
「いえ…別に…」
「あ、私ティアナって言います…!えっと…」
「ヴィルヘルムだ。」
「後で街のみんなと食事があるのでよかったらどうですか?お礼しなきゃと思って!」
「いや、俺は…」
「もしかして私の料理の腕疑ってます??
大丈夫ですよ!こう見えて料理得意なんです!」
「…わ、わかった行くよ。」
「ホントですか!?嬉しい!!」
「フッ…素敵な笑顔だ。」
「…?…ウフッ…そっちだって素敵な笑顔ですよ?
この街のヒーローさん。」
一歩違えば、両者ともに同じ道にいた。
己の使命をその身一つで引き受けたヴィルヘルム、
己の使命を仲間と共に歩むことを決めたアドルフ、
どちらも心に願うことは同じだった。
平和を望み、心優しき男の僅かな選択、
それが今の二人を形作ったのだ。
アドルフの背後で朽ち果て消失するテロスたち。
その中心にタバコを咥え、かつて愛する者に見せた笑みを浮かべるヴィルヘルム。
そんなヴィルヘルムの切り裂かれた軍服から落ちるひとつの手紙には…
”親愛なる貴方へ”
今日は私たちが出会ってちょうど2年目になる日だね。
初めて会った日のこと、覚えてる?
君は私たちの暮らす街をテロスの脅威から守ってくれたよね。
でもそんな君の顔はどこか悲しげで、苦しんでいるように見えたの。
だから話しかけた、君に振り向いてほしくて、笑ってもらいたくて。
けど、君が無理をして大国のために動いてきたように私も少し無理をしちゃった。
これを読む頃には私はもう君と一緒にはいられないかもしれない。
けど、落ち込まないで、泣かないで。
私の分まで長く生きて。
そしていつか天国で君の物語を聞かせてね。
君を愛する___
11話「貴女より」




