5話「怠惰の王」
進化恐れて人にあらず。
奉仕拒みて王にあらず。
探究なくして我にあらず。
イラ大国の脱出から2日の時が流れ、ハイドたちはアセティア大国の王都に向かう道中だった。
その間にハイドはアローラやアドルフから護身術として格闘術や戦闘技術を少しづつだが、教わっていたのだった。
「ほら!ハイドくん、これあげるよ」
「これ、もらっていいんですか?」
ハイドがアローラからもらったのは聖騎士団が扱う武器の1つである剣だった。
「まぁ、今すぐ戦闘で使うにはちょっと扱いにくいけど、訓練すれば自分の身くらいは守れるはずさ。」
「ありがとうございます!」
「よかったね!ハイド!」
ハイドの横から現れたリアムがハイドに飛びつく。
「お、おい!リアム!抱きつくなって!」
「そうだぞ、男はもっと男らしく肩組むとかするんだよ!」
そう言ってロクアがハイドの肩を組む。
リアムとロクアの真逆の対応に困惑するハイド。
「いいもん!じゃ僕はカニスと仲良くするし!ね!カニス!」
「カニ!カニ!」
わずか2日でハイド達は親交をさらに深めていた。
特にハイドと同い年のリアム、年が近いロクアは仲が良くなった。
そうこうしているうちにハイド達はアセティア大国の王都にたどり着いたのだった。
アセティア大国、この世界の南端にある大国。
グラ大国以上の自然豊かな景色が広がり、訪れる者の多くがアセティア大国の大地に魅了されると言われている。
「すごく美しい街ですね!」
「えぇ。人口も他の大国と比べると少ないのでその分、自然も多いのでしょう。」
「よし、じゃこの大国を統治しているジリアン王のもとへ行くか!」
ハイド達一行はジリアン王のいる王宮に向かう。
そして、ハイド達が王宮の扉を開けるとそこには…
「では、君は民の意向のもと行動に移してくれ。アラン、君には…」
「!?」
一同は王室の様子を見て異変に気が付く。
「(王なのか…な?)」
「あなたは…ジリアン王では…ないですよね…?」
そこにいたのはジリアン王本人ではなく、キリアンと呼ばれる人物だった。
状況を聞くとキリアンはジリアン王の弟だということが判明した。
「その…ジリアン王は今はどこにいるのかおわかりでしょうか?」
「すまない。私にもわからないんだ。ここ数日、兄は王宮から姿を消してしまったんだ。」
「ジリアン王がいないと同盟の件は進みそうにないですね。アローラ隊長どうします?」
アドルフが尋ねる。
「キリアン殿、あなたが今はこの大国の責任者であるなら私どもの話に耳を傾けていただくことは可能でしょうか?」
しかし、キリアンはこう言った。
兄は王としての権利を破棄はしていない。
この国が他国との同盟を得るには王である兄の許可が必要…だと。
アローラ達は王宮および王都でのジリアン王の捜索に協力することにしたのだった。
アローラとアドルフは王宮での捜索を、リアムとロクアはハイドの護衛もかねて王都での捜索を開始した。
そして、捜索から数時間が経過したとき、ハイドたちはとある酒場でジリアン王の行方を聞いて回っていた。
「そうですか。やっぱり知らないですか…」
「俺らの王は王の責務を全うしない怠惰な王だからな!いなくなるのも今回が初めてじゃねぇな!」
そう言って大胆に笑う酒場の店主。
「ま、まぁ、だからこうゆうところにいるかな~と思ったんですけど…」
すると酒場にいる酔っ払いがハイドに絡む。
「おい!そこのガキ!何しにここに来たんだぁ?」
「え、えっと、俺らアセティア大国のジリアン王の行方を探っていまして…」
「カニ!」
すると別の酔っ払いがハイドに反応する。
「ここはてめぇみたいなガキが来ていい場所じゃねぇんだよ!」
「てか、よく見たらお前、未成年だろ!3級テロスも身につけているし、変な奴だな!」
するとハイドの肩を掴んだ酔っ払いの手をどけるロクア。
「その手、どけろよ。」
「なんだとぉ!お前らは関係ないだろ!すっこんでいろ!!」
「ちょ、ちょっと待ってください!喧嘩はよくないですって!俺は大丈夫ですから…」
ハイドは慌てて二人を止める。
しかし、酔った勢いでさらに絡んでくる男達。
「ああん?ガキは黙って大人の言うことを聞くのが当たり前だろ!それにお前は3級テロスなんかと行動を共にしている!この意味分かるか!?」
さらに別の酔っ払いも話に入り込み事態は増々悪化する。
「それはわかりますけど、今はそんなことしてる場合じゃないですよ!」
「もういい、ハイド。こいつらは言葉じゃわからねぇんだよ。」
「こっちは大勢いるんだぞ!敵うと思ってるのか!」
「足のおぼつかない酔っ払いなんて何人いても変わらないだろ?」
ロクアが酔っ払いたちに挑発する。
「てめぇ!!このやろぉ!!!」
「おい!店での乱闘は御法度だぞ!お前ら!」
ロクアと酔っ払いたちは乱闘になる。
聖騎士団の兵士として日々鍛錬をしているロクアからすれば酔っ払いを攻撃の躱すのは朝飯前だ。
だが、酒場はさらに盛り上がり、次々と酔っ払いがロクアに襲いかかる。
それに対し唖然とするハイド、ハイドに降りかかる瓶やゴミを身を挺して庇うリアム。
「ちょ、ちょっと…ロクアさん…てか、リアムありがとな」
「えへへ…ちょっと離れよっか!」
リアムがハイドを店の端まで避難させる。
すると酒場の端でひとりでに飲む男がハイドたちに話しかけた
「君たち、ジリアン王を探しているんだって~?」
「あなたは……」
ハイドは男に警戒しつつ尋ねる。
男は自分の名をウォルターと名乗った。
その男は明らかに店にいる酔っ払いや他の客とは違った雰囲気だった。
三白眼に光る蛇のような鋭い眼光に常に笑みを絶やさない細くも大きな口、そして耳にはいくつかのピアス、そして少しうねった緑色の髪はどこか魅惑を感じる。
その男はこう続けた。
「僕はただの通りすがりの旅人だよ~。君たちが知っている情報…ジリアン王の居場所を教えてあげてもいいんだけど?」
「え…!?」
二人はその発言に驚愕した。
「僕もね、あの王様には少し興味があってね…。だから、君の持っている情報を僕にも教えてほしいなぁ~。交換条件ってことでどうかな~?」
「でも、俺らが知ってる情報なんてたかが知れてるし…」
するとウォルターと名乗る男は酒を一口飲んだ後にこう言った。
「へーロス・ベルモンテの居場所を教えて欲しいんだ~」
「!?」
ハイドとリアムはなぜ、この男がへーロスの居場所を自分達が知っているのか疑問に思った。
だが、リアムはすぐに平静に戻り答えた。
「へーロスさんは…今はリヴィディン大国にいるよ。多分、ジャクソン王がいる王都にいるんじゃないかな?」
「…オッケ~ じゃ君たちをジリアン王の居場所に案内するよ…」
ウォルターはリアムの発言を聞くと先ほどよりもさらに笑みを浮かべた。
ハイドとリアムは酒場を後にし、ウォルターに着いていった。
その際にリアムはハイドにこう囁いた。
「ハイド…ウォルターとかいうこの人のことは信用しないで…!」
「うん…けど、なんで着いていくことにしたの?…あそこから逃げても良かったんじゃ…」
「それも考えたけど、この人…すごく強い…おそらくアドルフさん、いやもしかしたらもっと強いかも…!」
「!!」
ハイドはリアムから聞いた驚愕の事実に驚きを隠せないでいた。
すると、ウォルターはハイドに近づき、耳元で囁いた。
「僕のことは信用しなくていいよ…信用はこの先で見るものでは意味ないからね~」
ハイドの背中がゾクッとした。
ウォルターの得体の知れない存在感がハイドとリアムにさらに不安をかき立てた。
その頃、王宮にいるアローラとアドルフはキリアンと側近のアランと共に王宮内部を探索していた。
「なるほど。では王は以前からこのような消失がわからなくなることが多々あったと。」
「はい、そしていつの間にか王宮に戻っているのです。事情を聞いても誤魔化されるばかりで…
それとこれは偶然なのかも知れないのですが、兄が行方不明の間は…」
「キリアン!それはこの者達に言っていいのか?」
口を挟んだのはキリアンの側近についていたアランと呼ばれる男だった。
本来はジリアン王の側近でこの大国で最も強い兵士だった。
そしてキリアンの親友でもあった。
「大丈夫だアラン。この人達は”あの者達”とは違う。この国の王のために尽力してくれている。」
「あの者達とは一体誰のことですか?」
「えぇ、あなた方が王都に来る2日ほど前に来た仮面を付けた素性不明の者が三人表われたのです。この国の政治的な話を兄としていたみたいなのですが…」
「!?」
アローラはキリアンが言った仮面の者たちの話を聞いて表情を一気に変えた。
「まさか…それは…」
「あぁ、”アロガンティア特務機関”だ。」
アロガンティア特務機関、アロガンティア大国にいる特殊部隊。
仮面を付け、素性含め情報のほとんどが謎に包まれているが、各国に度々姿を現わすとされている。
「いよいよ、ただの捜索とはいかなそうですね。」
「キリアン殿、先ほど言いかけた兄が行方不明の間は別の何かが起きているようですが…それは一体どんな内容で?」
キリアンはこう答えた。
「実は…兄が行方不明の間は必ず、国民の消失事件が相次いで起こるのです。それも数人程度ではありません。数百人規模です。我がアセティア大国の民が他の他国と少ない理由は実はこれが原因なのです。」
「まさか…(いや、そんなことありえない…あってはマズいことだ…!)」
アローラはキリアンの発言に何やら怪しい状況だと勘づく。
そして続けてアローラがキリアンに質問する。
「キリアン殿、この大国で所持している10の秘宝を拝見してもよろしいでしょうか?」
「10の秘宝…貪欲の華(ピーナフラワー)のことでしょうか?残念ながらそれは兄が所持しています。」
「やはり…」
「あぁ、マズいぞ。」
二人はことの重大さを理解したのだった。二人は迅速に行動に移した。
「王宮を隈無く探しましょう。絶対にあるはずです、抜け道あるいはジリアン王のみが知る部屋が…!」
「王都だけでなく、大国全域で民間の者には直ちに建物の中に避難することを指示してください。」
アドルフとアローラがそれぞれキリアンに指示する。
[い、一体何がどうしたというのですか!?]
アローラがキリアンの肩に手を置き、落ち着かせながらこう言う。
「キリアン殿…王が行方をくらました原因と民が消失する事件は関連性があります…!」
場面変わりハイドたちはウォルターに案内され、王都の隅にある廃墟となった教会に入った。
「(ここの周辺は木がめっちゃ生い茂っているな…)」
ハイドが周囲に漂う虫を煙たげながらウォルターについていく。
「この教会に王がいるの?」
リアムがウォルターに問う。
「いや違うよ~。この下だよ…」
「下?」
「カニ?」
カニスがハイドの肩から出てきたのを目にするウォルター。
「へぇ~…!3級テロスなんか持ち歩いているんだ……いいね…増々面白くなりそう……」
「こ、こいつは関係ないだろ!いいからジリアン王の居場所に連れていけよ!」
「はいはい~」
ハイドはウォルターに連れられて教会にある地下室の奥へと進む。
教会に地下があることに疑問をいだくハイドとリアムだったが、ウォルターに導かれるまま部屋に入る。
すると、薄暗い部屋のなかには巨大な樹木が数え切れないほどたくさん生えていた。
大樹のいたるところには美しい白い花が咲いていた。
「これは……?まさか植物か……?」
「もちろん~…」
「な、なんなんだここは……!なんで地下にこ、こんな大きな大樹が…!」
「これはね……」
ウォルターは怪しい薄ら笑いを浮かべながら、こう続けた。
”人間”だよ……
「…は?…」
「…え?…」
ハイドとリアムはウォルターの放った言葉の意味がまるでわからなかった。
この部屋に広がる数え切れないほど大樹が全て人間と言ったのだ。
到底、理解できる内容ではなかった。
植物と人間とでは容易に判別がつく。
なのにそれをこの男は人間と言ったのだ。
ハイドはウォルターにこう言った。
「嘘だ!お前の言ったことは信用できない!お前も俺に信用しなくていいと言ったな!俺たちを弄ぶな!ジリアン王はどこにいる!」
「あぁ~たしかに信用しなくていいといったね~。じゃこの先にあるものを見てもう一度考えてみなよ…」
ハイドはウォルターが指した先にあるところへ行った。
そこでハイドは驚くべきもの目にする。
「ひっ!」
「カ、カニ!」
そこで目にしたものは人間かも伺わしい者のなれの果てだった。
その姿は白い花を胸に突き刺され、肌は大樹のように硬くゴツゴツしたものとなり、上半身から顔にかけては身体から木が生えている。
足は茶色く変色し枝分かれして根になりかけていた。
そう、この者は先ほどの大樹になる前の人間だった。
それもまだわずかに意識が残っている。
「た……た……た…す………け……て…………」
「だ、大丈夫ですか?俺がわかりますか!?」
ハイドは怯えながらも大樹になりかけの人物に声をかける。
「無駄だよ~。これは反射的に声が出ているだけで、その人の自我はもうないよ~」
「お前!!!お前がこれをやったのか!!!」
「ハイド!落ち着いて!」
ウォルターに襲いかかろうとしたハイドを必死で止めるリアム。
それを横目にウォルターが薄気味悪い笑い声を上げる。
「ヒッヒッヒッ………怖いな~僕じゃないって~。言っただろう?ジリアン王の居場所を教えると…」
「じゃ、じゃこれはジリアン王の仕業って…こと…?」
リアムがウォルターに問う。
「いかにも。その通りだよ美しき青年。」
すると部屋の奥から出てきたのは爽やかなで物腰柔らかそうな長身細身の人物、ジリアン王だった。
その頃、アローラとアドルフたちは王宮にあるジリアン王の部屋を入り、捜索をしていたところ、アドルフがとある隠し扉を見つける。
「(これは…)アローラ隊長、これを。」
「これは…隠し扉!?」
アローラは懐から取り出した針金で鍵を開けようとする。
だが、なかなか開かない。
「くっ!なんて頑丈な作りだ!」
「私が。」
アドルフは慣れた手つきで隠し扉の鍵を開けた。
「おいおい…お前ら流浪人は一体何者なんだ…」
少し呆れた様子でアドルフに言うアローラ。
アドルフはアローラの冗談交じりの発言を無視し、隠し部屋に入る。
するとそこには想像を絶する物が置いてあった。
それは人間らしきもの…と思われるものだった。
多くが人間の部位らしきものだった。
しかし、どれも人間と植物が混じった、いや植物化した人間の部位ばかりだった。
「手遅れでしたか…。」
「くそっ…!」
そこにキリアンとアランが駆けつける。
そしてキリアンは絶句した。
兄であるジリアン王の部屋に隠し部屋があるだけでなく、そこに置いてある物のほぼ全てが異様なものだったからだ。
さらにキリアンは絶望した表情をしてこう放った。
「こ、これは…!どれも兄が行方が分からない頃に消失した者たちだ……!」
「やはり。あなたの兄…いや、ジリアン王は民を自身の秘宝の苗床としての実験を行っているようです。」
アドルフが自身のメガネを整えながら発言する。
「まずいぞ…!一刻も早く王を見つけなくては…!」
「(この部屋…空気の流れがあるな…)おそらくこの部屋のどこかに通路があるはずです!探しましょう!」
アローラたちは部屋の隠し通路を見つけ、さらに奥に進むのだった。
「君の……名前を聞かせてもらっていいかな?」
「その前になんでこんなことをするのかを教えろよ!!」
ハイドはジリアン王の問いかけに応じず、怒鳴り上げた。
するとジリアン王は何食わぬ顔でこう答えた。
「何ってそりゃ私の秘宝の可能性を確かめるためにきまっているじゃないか。」
「!?(なに…言ってやがんだ…こいつ…!)」
「ハイド……この人、話が通じるような人じゃないよ…。」
三人のやり取りを見ながらほくそ笑むウォルター。
「面白くなってきたな~…」
怠惰に潜む闇…
読んでいただきありがとうございました。
今回から少しダークな展開になってきましたね。
アセティア大国の王による狂気的な一面を知ったハイドたちはどうなるのか?
次回の6話をお楽しみに!